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エイダン様は辺境伯のご子息らしい。

実は自己紹介をされたわけではない。
ユートさんが『エイダン様』と呼んでいたので、『エイダン様とお呼びしても?』と聞いただけだ。
ユートさんは『様付けされるような柄じゃない』と言うのでユートさんと呼んでいた。

なので、敢えて家名を確認することもせずにここまで来た。
 

「エイダン様は辺境伯様のご子息だったのですね。こちらは実家ということなのですね。」

「………言ってなかったか?俺は三男だ。だから客として遠慮することはない。あなたの生活基盤の目途が立つまで面倒を見る。助けた者の責任として。」

「ありがとうございます。お世話になります。」


平民であれば、平民同士で助け合ったり、平民なりの生きる術が身についている。
教会に連れて行かれれば、お世話になる代わりに掃除や食事作りなどを手伝うだろう。

しかし、貴族から平民になる者は、そのほとんどが生活環境の違いに戸惑い、何をすればいいのかもわからず、悪者に金目の物を奪われ、途方に暮れるという。
世話をされていることに慣れているので、自分でできないのだ。

しかも、若い綺麗な女性など、あっという間に売られてしまうだろう。

エイダンがそんなことを考えて保護してくれているなどリリィはわかっていない。
要するに、そういうところも含めて、貴族から平民になる女性というのは危ういのだ。

助けた者の責任ということもあるが、行く末が目に見えるようでエイダンは助けただけでは立ち去れなかったのだ。


リリィがエイダンに運ばれて連れて行かれたのは、辺境伯の執務室の隣にある応接室だった。

ソファに下ろされるとすぐに、50歳過ぎくらいの男性が入ってきた。辺境伯だろう。


「エイダン、手紙にあった戸籍登録をしたい女性とは…………こちらの女性だな。
訳ありと書いてあったが、これはとんでもない訳ありなんじゃないのか?」


エイダンは手紙で概要は知らせても詳細は書かなかったらしい。
辺境伯は、リリィの顔を見て訳ありの意味を理解したようだ。

 
「辺境でもね、王都の情報や新聞などは割と早く届くんだ。最近の大きな話題は、ある若い公爵夫人の死に関してなのだが、どう思う?」

「お気の毒なことです。攫われるなど、よほど気に食わないと思われていたのでしょう。元子爵令嬢に味方してくれる者など誰一人として周りにいなかったでしょうから。
記事によると、生き地獄を選ぶより自ら死を選んだようですね。」


リリィは他人事のように辺境伯の問いにしれっと答えた。


「誇り高き死、だったか?綺麗な幕引きに家名を穢さないための意図を感じるな。夫は妻を溺愛していたという噂も聞いたが、この結末に納得しているだろうか?」

 
そう。そこが問題ではある。
ジョーダンは、私が死んだと思っているのか、いないのか。
 
義母に遺体を見ないほうがいいと言われて、私が死んだと納得している可能性はある。
棺の中が別人でも空っぽでも、気づかないまま死んだと思っているはず。
 
だが、穢された嫁など生きていても醜聞になると義母に言われ、ジョーダンも納得の上で私の死を偽装して葬儀を行っていた場合はどうだろう。

実際にリアンヌが死んだかどうかわからない状態で、ジョーダンはどうするだろうか。

穢されているであろう私はもう不要だと思うだろうか。
それとも、穢されていても構わないと密かに探すだろうか。私らしき遺体が見つかるまで。

正直、ジョーダンの心を図り切れないところではあるが、葬儀を終えては大っぴらに探せない。

 
「どうでしょうか。一方的な愛も目の前に妻がいてこそ。同じ愛を捜すのは困難なことです。」


ジョーダンの中で、リアンヌは死んでいるだろうと思いたい。

まさか、辺境にまで探しに来ることはあり得ない。そう答えた。


 

 
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