上 下
5 / 32

5.

しおりを挟む
 
 
そして数日間一緒に過ごす間に、貴族であろう男の名前がエイダン、部下の男の名前がユートだと聞いた。
リアンヌのことは、医療院でエイダンが名付けたリリィということになった。
別の名前にしてもいいと言われたが、リリィがしっくりときた気がしたのだ。

辺境で新たに登録する名前もリリィ。リアンヌは死んだのだから。
 
辺境に着くまで、移動はエイダンが抱き上げてくれた。相変わらず荷物のように。
ユートに任せないのは、おそらく代わる代わる男が触れることを避けているのだろう。
リアンヌを発見した二人はおそらく、陵辱されて裸に近いリアンヌの姿を見たに違いないから。
彼らは一切、そのことに触れない。お互いに知らないフリして旅を続けた。



東の辺境、オードリック辺境伯領に到着した。

リアンヌではない。リリィとして生きていく覚悟で馬車から降りた、いや降ろしてもらった。

エイダンはリリィを抱きかかえたまま砦のような要塞のような大きな建物に入っていく。


「あの、エイダン様?ここは?」

「ここは辺境伯の屋敷だ。戸籍登録を済ませた後、歩けるようになるまで住めばいい。客室も多くあるし使用人が大勢いるから困ることはない。」

「えぇ?辺境伯のお屋敷に住まわせてもらうことなどできません。私は平民になるのですから。」

「だが、金もなく住まいもなく頼れる者もいないあなたがどこで暮らす?宿や医療院は金がいる。教会で世話になるにしても動けないあなたは介助が必要だ。騎士団の寮に連れて行けば男ばかりだ。
この屋敷で足が治るまで俺の客として面倒見てもらえばいい。その間に住まいと仕事のことも相談に乗ってもらえるように頼んでおく。それとも平民の戸籍を手に入れたら実家の領地にでも移るか?」


実家の領地に住めるものなら住みたい。
だが、領地には顔見知りの者たちが大勢いる。
幼い頃からそんなに広くない領地を父と一緒に視察していたから、気づかれないわけがない。
死んだことになっているのに生きていたと知られたら、今度こそ確実に殺されるだろう。

だからポマド子爵領には戻れない。両親にも二度と会えない。もう生存を知らせる気はなくなった。

辺境の地では、リアンヌの顔を知っている人はほとんどいない。
あれ?と思われても他人の空似で誤魔化すことは可能なはず。

そして、言われた通り、思い通りに動けない私はどこにいても邪魔。
仕事もない身としては人を雇うお金もなく、衣食住をお世話になるしかないのだ。
 
戸籍の登録を終えて、『じゃあ、さよなら』とエイダン様と別れてしまえば、右も左もわからない。
動けなくて浮浪者のように路地にうずくまるか、甘い言葉に騙されて娼館に売られることになる。
せっかく新しい人生を生きようと辺境に来たというのに、それでは意味がない。


「すみません。エイダン様のおっしゃる通り、今の私は誰かのお世話にならないと生きていけません。
ご親切に連れてきていただいたのに、口答えをして申し訳ありませんでした。」

「いや、構わない。俺も説明不足だった。住まいを借りてやることはできるが、一人では食事や洗濯にも困るだろう?足のことだけでなく、平民としての暮らしに慣れる必要もあると思ったんだ。自分のために自分でしなければならないことは多くある。それを学んでからの方がいいだろう。」 

「はい。ありがとうございます。あの、辺境伯様には私の事情は伝えるのでしょうか?」

「両親や兄夫婦はあなたの顔を知っている可能性が高い。話しておいた方がいいだろう。あなたのことを知っていそうな貴族の客が来た時には伝えてくれるだろうから。」


自分が思っている以上に顔は知られているのかもしれない。
 
ん?

両親と兄夫婦?

まさか、エイダン様は辺境伯のご子息なの?



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?

藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。 目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。 前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。 前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない! そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

婚約者は王女殿下のほうがお好きなようなので、私はお手紙を書くことにしました。

豆狸
恋愛
「リュドミーラ嬢、お前との婚約解消するってよ」 なろう様でも公開中です。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

処理中です...