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しおりを挟むそして数日間一緒に過ごす間に、貴族であろう男の名前がエイダン、部下の男の名前がユートだと聞いた。
リアンヌのことは、医療院でエイダンが名付けたリリィということになった。
別の名前にしてもいいと言われたが、リリィがしっくりときた気がしたのだ。
辺境で新たに登録する名前もリリィ。リアンヌは死んだのだから。
辺境に着くまで、移動はエイダンが抱き上げてくれた。相変わらず荷物のように。
ユートに任せないのは、おそらく代わる代わる男が触れることを避けているのだろう。
リアンヌを発見した二人はおそらく、陵辱されて裸に近いリアンヌの姿を見たに違いないから。
彼らは一切、そのことに触れない。お互いに知らないフリして旅を続けた。
東の辺境、オードリック辺境伯領に到着した。
リアンヌではない。リリィとして生きていく覚悟で馬車から降りた、いや降ろしてもらった。
エイダンはリリィを抱きかかえたまま砦のような要塞のような大きな建物に入っていく。
「あの、エイダン様?ここは?」
「ここは辺境伯の屋敷だ。戸籍登録を済ませた後、歩けるようになるまで住めばいい。客室も多くあるし使用人が大勢いるから困ることはない。」
「えぇ?辺境伯のお屋敷に住まわせてもらうことなどできません。私は平民になるのですから。」
「だが、金もなく住まいもなく頼れる者もいないあなたがどこで暮らす?宿や医療院は金がいる。教会で世話になるにしても動けないあなたは介助が必要だ。騎士団の寮に連れて行けば男ばかりだ。
この屋敷で足が治るまで俺の客として面倒見てもらえばいい。その間に住まいと仕事のことも相談に乗ってもらえるように頼んでおく。それとも平民の戸籍を手に入れたら実家の領地にでも移るか?」
実家の領地に住めるものなら住みたい。
だが、領地には顔見知りの者たちが大勢いる。
幼い頃からそんなに広くない領地を父と一緒に視察していたから、気づかれないわけがない。
死んだことになっているのに生きていたと知られたら、今度こそ確実に殺されるだろう。
だからポマド子爵領には戻れない。両親にも二度と会えない。もう生存を知らせる気はなくなった。
辺境の地では、リアンヌの顔を知っている人はほとんどいない。
あれ?と思われても他人の空似で誤魔化すことは可能なはず。
そして、言われた通り、思い通りに動けない私はどこにいても邪魔。
仕事もない身としては人を雇うお金もなく、衣食住をお世話になるしかないのだ。
戸籍の登録を終えて、『じゃあ、さよなら』とエイダン様と別れてしまえば、右も左もわからない。
動けなくて浮浪者のように路地にうずくまるか、甘い言葉に騙されて娼館に売られることになる。
せっかく新しい人生を生きようと辺境に来たというのに、それでは意味がない。
「すみません。エイダン様のおっしゃる通り、今の私は誰かのお世話にならないと生きていけません。
ご親切に連れてきていただいたのに、口答えをして申し訳ありませんでした。」
「いや、構わない。俺も説明不足だった。住まいを借りてやることはできるが、一人では食事や洗濯にも困るだろう?足のことだけでなく、平民としての暮らしに慣れる必要もあると思ったんだ。自分のために自分でしなければならないことは多くある。それを学んでからの方がいいだろう。」
「はい。ありがとうございます。あの、辺境伯様には私の事情は伝えるのでしょうか?」
「両親や兄夫婦はあなたの顔を知っている可能性が高い。話しておいた方がいいだろう。あなたのことを知っていそうな貴族の客が来た時には伝えてくれるだろうから。」
自分が思っている以上に顔は知られているのかもしれない。
ん?
両親と兄夫婦?
まさか、エイダン様は辺境伯のご子息なの?
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