放課後はファンタジー

リエ馨

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第32話 呪詛神の呪い・後編

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 フェレナードが解読を終えた、王家の教育係をしながら呪いの調査をしていたトリ・ネルロスの最後の文献には、希望を絶たれる内容もあった。


 ・呪いは即位中の王と、次の王位継承者に何らかの影響を与えるものであるという推測
 ・その発祥は不明
 ・どんなまじないも魔法でも解くことはできなかった


「じゃあ、ぼくはやっぱり死んじゃうってこと……?」

 朝食後、王子はその話を聞くと、不安そうな眼差しをフェレナードに向けた。
 王子の正面で膝をついたまま、フェレナードが静かに返す。

「……文献には、まだ誰も試したことがない方法が一つだけ載っていました」

 その内容は、最後の文献が遺されていた階の下に最深部が隠されていて、そこに収められている記章を入手するというものだった。

「その……きしょうを手に入れれば、呪いはとけるの?」
「これは、手にする者に王位を継ぐ心構えがあるかを問う仕掛けです。王位を継ぐ資格はあっても、心構えがなければ呪いに負けてしまうからです」

 森の国の王家は八百年以上続く家系だ。世界に彩りをもたらした英雄たちの神話は九百年前なので、ほぼ神話がかった血筋とも言える。
 他国の侵略を受けないまま現在まで存続しているのには、様々な歴史があるはずだ。そして、心が弱い者はその歴史に飲み込まれてしまう。

「…………」

 王子は視線を落とした。確かに、この国を継いで治めていけるかと問われれば、答えに迷ってしまう。
 これまで呪いとその先の死ばかり考えていたし、父親である現国王が体調を崩すところを何度も見ているからだ。
 だが、それでも父親が今生きているのも、また事実である。

「……呪いがとければ、元のすがたにもどれるかな」
「成功例どころか、試した者自体がいないようなので何とも言えませんが……恐らく」

 なぜ試した者がいないのか。試そうとして仕掛けを考えたところで、分家から妨害を受けたからだ。
 分家を恨み、そのせいで呪詛神が引き寄せられた。
 呪詛神はトリに、恨みを果たしてやることと、文献に暗号を混ぜ、誰にも解読されないようにする約束をした。トリは自身の墓を作らせ、その地下に記章の仕掛けや文献を隠した。
 せっかく調査したのにわざわざ難解な暗号を入れるほど恨みが強かったのだろう。内容は誰にも見せてやるもんか、子供の意地のようにすら見えた。

「……わかった。いく」

 王子はしっかり頷いた。今はもう、自ら命を絶つことなど考えていない。
 花火を見に行く約束や、守ってくれる人に応えるために、生きたいのだ。

「では、明日にでも最深部へ向かえるよう準備します。インティス、手伝ってくれ」
「ん」
「明日のお昼前にはお迎えに上がります」
「わかった」

 王子が返すとフェレナードは立ち上がり、インティスを伴って部屋を出た。

「……大丈夫?」

 部屋の扉が閉まったのを確認してから、インティスが小声でフェレナードに問いかける。
 フェレナードは黙っていたが、二人で薬屋の建物を出てからようやく口を開いた。

「……正直、上手くいくかは本当にわからないんだ。記章は王位継承者としての自覚を促すきっかけにすぎないと文献にあったし、そう説明もしたけど……」

 呪いとは、心が弱いまま成長した者が感じ取る負の圧力だろうと文献では推測されていた。
 王位を継ぐ者としての自覚が持てれば、呪いからも解放されることにはなる。
 フェレナードの足が貴族たちの住まいが並ぶ一画へ向かっていることにインティスは気付いた。未踏の最深部で何が起こるかわからないから、ローザに同行を要請するのだろう。

「でも、やらないよりはいいと思う。方法があるんだったら、それに賭けるしかない」
「……そうだね」

 フェレナードの静かな相槌の後、少しの間を置いて、インティスがもう一つ話を切り出した。

「明日最深部に行くこと、後でダグラスにも報告しとく」
「ダグラスに?」
「王子の勉強を教えに来るやつに休みって言わなきゃ。王子が塔に来ないから、警護の配置も変わると思う。あそこの警護はダグラスの師団だろ」
「しまった、講義のことを忘れてた」
「言っとくから」
「悪い、ありがとう」

 空の真上に来ようとした太陽の下で、フェレナードは気の利く護衛に礼を言った。


    ◇


 応接室に通されて少し待つと、来訪の知らせを聞いたローザがやって来た。今日も普段着で、暖かみのある色合いの簡素なドレスだ。

「何かあったの?」

 緊張した様子で尋ねるローザに、フェレナードはあくまでも事務的に答える。

「文献が保管されていたネルロス家の墓に、どうやら最深部があるみたいなんだ」
「最深部……そこの調査に行くのね?」

 ローザの問いに、フェレナードが頷く。

「今回は王子も同行するから、できれば魔法を使える立場として一緒に来てもらえるとありがたいんだけど、どうかな」
「わかったわ、いつ?」
「ええと……明日の昼前には」
「薬屋に行けばいい?」
「それでいいよ」

 一通りのやりとりが終わると、フェレナードは改めてローザに声をかけた。

「驚いた、まさかすぐに返事がもらえるなんて」
「お父様にお伺いを立てなきゃって思った?」

 気の抜けたようなフェレナードを見て、ローザがくすくすと笑う。

「貴方から正式な依頼をもらってるんだもの、大丈夫よ」

 それからね、とローザが付け加えた。

「文献調査が終わった後も、何かあったらすぐお手伝いに行けるように、魔法学院に通って訓練はしてたの」

 国同士の争いや、郊外の自治区へ行かなければ内紛もないので、実戦に見立てて訓練をするのなら学院の設備を使うしかない。

「そうだったのか……助かるよ」

 ローザはフェレナードに笑って返すと、懐かしそうに目を伏せた。

「学院を卒業したのはもう何年も前だけど、あの時貴方に教えてもらったことを思い出してたわ」
「何かあったかな」

 フェレナードはとぼけてみせたが、気にしない素振りでローザは答える。

「ほら、魔法はどこから撃つかっていう話よ」

 フェレナードが目を細める。確かに、昔学院の廊下で声をかけられ、相談されたことがあった。
 杖を使うか使わないかという論争は定期的に起こっていて、それに巻き込まれた様子だった。
 大多数が杖を使う派に対して彼女が使わない派だったので、杖を使った方がいいのか、という相談に応えたのを覚えている。



「それは、人によって違うんじゃない?」
「あなたは?」
「私は……頭かな」
「頭?」
「そう、考えてから撃つまでに、なるべく早い方がいいからね」

 彼の頭から炎や風がほとばしる光景を想像して、ローザは目をぱちぱちさせた。
 その様子に、フェレナードが笑う。

「驚いた? でも、両手が塞がってる時には便利だよ」
「まあ、確かにそうだわ」

 手から撃つこともあるけど、とフェレナードは補足したが、魔法を頭で撃つという発想はなかったらしく、当時のローザは感心していた。そして、結局自分のやりやすい方法でいいということも理解することができた。
 ローザにとっては、頭でなんて冗談めかしながら助言をくれるところが彼らしいと思う出来事だった。



「そういえばそんなこともあったね」
「あの時の私は周りの意見に流されやすかったから、とても助かってたわ。明日は昼前にそっちに行けばいいのね」
「お願いするよ。怪我を治せる人員は貴重なんだ」
「任せてよ。じゃあ明日ね」

 屋敷の門を出て、薬屋に戻る。
 道中、インティスはずっとフェレナードの言い方が気になっていた。
 怪我を治せる人員は貴重、なんて、彼も治せるのだから、ことみも来るなら三人もいる。
 王子を連れて行くから体制に慎重になっているのかもしれないが、どうにも以前彼が言っていたことを思い出してしまう。

『俺に何かあっても、無理に助けようとしなくていい』

 王子を呪いから救うことが最優先で、自分の命を二の次にする彼の考え方。
 そしてそれは、過去に一度でも王子の命を狙ってしまったことへの贖罪。
 人間は誰だって過ちを犯すものだ。生まれてから死ぬまで清廉潔白なんて、不可能だと思うのに。

「……どうした?」

 フェレナードがずっと黙ったままのインティスを振り返った。

「ずいぶん険しい顔してる」

 あんたのせいだよ、と言ってやりたかったが、面倒なので適当にはぐらかしておいた。


    ◇


 フェレナードは、高校生たちにも最深部に行くことを伝えていた。
 翌日、久しぶりに薬屋三階の自室で着替え、旅装束の高校生たちが集まった。
 ローザも戦うことを考慮した服装で現れ、王子には子供用の外套を上からはおらせた。
 二階の魔法陣で移動すると、前に訪れた最後の文献を収めていた部屋に着く。
 文献が入っていた箱をどけると、台座には小さな穴が空いていて、そこにあらかじめ用意していた鍵をはめた。それは墓からこの地下階層に入る時に使用した物だ。
 すると、部屋の隅の石畳が重苦しい音と共に動いて、更に下層へ続く階段が現れた。

「記章を取るだけだから何もないと思うけど、油断しないように」

 フェレナードの言葉に全員が頷き、最深部へ歩を進めた。


 その足音が段々遠くなり、小さくなった頃、


 もう一人分の石畳を踏む音が、部屋に響いた。
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