放課後はファンタジー

リエ馨

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第32話 呪詛神の呪い・前編

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「結局、暗号で書かれた最後の文献には何が書いてあったの?」

 解読が終わったと聞き、やれやれといった顔でインティスはフェレナードに尋ねた。

「新たにわかった墓の秘密と、あと……どうしてこんなことになったのか、かな」

 インティスはそれを聞いて、以前暁から、ネルロス家で黒いものが見えたと言っていたのを思い出した。

「あの黒いの、何か関係ある?」
「ないとは言えないかもね。解読した経緯を読むと、トリ・ネルロスは大きな恨みを抱えてたみたいだから……それが表面化してる可能性はある」
「恨み?」

 インティスの聞き返しにフェレナードは頷く。

「王家から呪いの調査を依頼されたのに、分家に妨害されて報告できなかったそうだ」
「妨害……」

 王家からの依頼というのは納得できた。自分たちに降りかかる呪いを何とかしたいと思うのは当たり前のことだ。
 フェレナードは話を事の発端の前置きに戻す。

「そもそも文献を遺したトリの一族は、王位継承者の教育係をしてた貴族の家系なんだ」
「それは前に聞いたかも」
「覚えてた?」
「さすがにね」

 インティスの返事に、フェレナードはふふっと笑って続けた。

「トリは依頼を受けて三十年間、歴代の五人の王の側で調査を続けたんだけど、その調査結果を報告しようとした時に、王家の分家から妨害にあったみたいだ」
「……その分家って、王家と敵対する貴族ってこと?」
「当時は敵対してたと思う。そこは王家の世継ぎを輩出してるところで、今は三家あるけど当時は四家だったようだよ」
「あー……」

 王家に世継ぎが生まれなかった時に国王となる、王家に近しい貴族たち。確か今一番王位継承に躍起になっているゼラン家は、歳も自分たちと近い印象だった。偶然城内で顔を合わせた時の、ぎらぎらした黒い目が鬱陶しかったのを覚えている。

「妨害の理由は恐らく、解呪の方法がわかると困るからだろうね。今のゼラン家のように、王家の世継ぎが呪いで命を落とすのを狙ってたんだろう」
「ネルロス家は妨害に負けたってこと?」
「結果的にはそうなるな。分家とは言え、その権力には敵わないよ。調査結果を破棄しないと一族を根絶やしにすると脅されたらしい。王家には『調査したけどわからなかった』と報告するしかなかったって書いてあった」

 卑怯な手口に、インティスは思わず眉を顰めた。華やかな貴族の社交界の裏では、いつもこうした水面下のやり取りがなされているものだ。
 フェレナードは一息ついて視線を落とす。
 ネルロス家の存在は、王子にかかる呪いについてフェレナードが国王にしつこく聞いた結果、得た情報だった。呪いについては口外できないとなかなか答えてくれなかったのを、散々問い詰めた成果だ。なので、国王がネルロス家のことをどうやって知ったのかまではさすがに聞けなかった。

「三十年で五人もの王を調査しながら見送って、なのに結果を報告させてもらえないなんて……確かに恨みたくなる気持ちもわかる」

 そう言ってフェレナードはテーブルの隅に寄せた歴代の王たちの遺品の小箱に目をやった。それらはかつて自害に使われたナイフの他にも、両親が健康を願って贈った食器や、愛用していた髪飾りなど、当時を思うと痛々しい物ばかりだ。

『おお……この無念さ、わかってくれるか……』

「何……!」

 フェレナードがはっとして辺りを見回した。
 部屋を丸ごと包むように聞こえる低い男の声と同時に、遺産の文献の内の一冊が勢いよく開かれ、そこから黒い吐息のようなものが湧き出した。
 それは老人の節くれだった指のように形を変えると、フェレナードの袖をぐっと掴んだ。

「……っ!」

 まさか実体があるとは思わず、咄嗟に振り払おうとしたが、その力は予想以上に強くて離れない。

「フェレ!」

 狭い部屋の中、インティスがフェレナードの体を片腕で強く引き寄せると、黒い指はもやのようにぼやけてようやく離れた。だが、それは新たに次々と煙のように吹き出してきた。

「何だこれっ……!」

 瘴気が充満するように、黒い吐息は部屋の上部を埋め尽くしていく。扉を開けたいが、これが部屋から流れ出るのは危険だと思うと開けられない。

「インティス、開けなくていい」
「でも……」

 フェレナードが戸惑うインティスの一歩前に出た。元凶の書物に集中すると、フェレナードと契約している風の精霊が吐息を掻き分け、奥に初老の男の姿が見えた。知的な雰囲気から、研究にあたったトリ本人だろうか。

「あれは……」

 フェレナードはトリの向こうの黒い気配に眉を顰めた。トリの背後に真っ黒な布をかぶった白い仮面が見えるのだ。体幹を持たない仮面は嘲るような表情で、視認できる薄い手のひらと細く長い指を泳がせている。
 それはトリを操っているようにも見えた。仮面は子供の頃に読んだ神話の本に見覚えがある。

『許せぬ……断じて許すことなどできぬ……』

 虚ろなトリの声の後、仮面が両手のひらをゆっくりと前に出すと、黒い吐息が一層溢れ出た。それはとうとう部屋の上部を完全に覆い尽くし、フェレナードたちの頭上に迫っている。少しでも吸い込んでしまえば、同じ思考に支配されてしまいそうだ。こういう相手には、インティスの剣は敵わない。
 フェレナードは向かわせていた風の精霊を手元に戻し、近付いてくる黒いもやを片手で払い除けた。

「研究の成果を闇に葬られた、貴方の無念さには共感する。……だが」

 散らされてもなお集まってくる吐息に、フェレナードは怯まなかった。

「だが、俺は……王家を、この国を恨んでいるわけではない!」

 そう言い放った瞬間、黒い吐息が咆哮を上げた。思わずインティスが耳を塞いだほどだ。フェレナードはインティスの体を自分の背後に寄せると、吐息の発生源に向けて、手元に戻したばかりの風の精霊を思い切り叩きつけた。
 中心の仮面と目が合った瞬間、その奥の闇に引きずり込まれそうになって、フェレナードは反射的に抵抗を試みた。煙を風で打ち消すように、そいつに大量の風の精霊を送り込むと、部屋に置いてあった源石のいくつかが続けざまに音を立てて割れた。
 思わず視界を腕で遮ったが、顔を上げると黒い吐息や仮面は跡形もなく無くなっていた。どうやら打ち消しに成功したようだ。
 気が抜けて崩れそうになるのをインティスが後ろから支えると、フェレナードは軽く礼を言った。そして、改めて部屋を見渡す。
 咄嗟のこととは言え、風を操る力の源を側にあった源石に切り替えたのは正解だったようだ。限界を超えて割れた石がいくつもあったから、自分自身の力を使っていたら命も危なかったかもしれない。

「今の何」

 その問いに、フェレナードは大きく息を吐いて答えた。

「あれは……呪詛神だ。昔読んだ本で見たことがある」
「呪詛神? ネルロスと何の関係が……って、まさか」

 フェレナードを椅子に座らせたインティスは、言いながらはっとした。フェレナードが頷く。

「トリの分家への強い恨みが、呪詛神を引き寄せたんだ。書物の暗号も呪詛神の仕業に違いない」
「そいつが文献を暗号にしたってこと?」
「そう、余程誰にも解かせたくなかったんだろうね。じゃないと、異世界である日本まで絡めたこんな複雑な暗号、一人でなんてできないよ」

 何故墓の中では自分たちの力が制限されたのか、これまで理由はわからなかったが、恐らく墓を暴こうとする人間に対する抵抗だったのだろう。結果的に、力の均衡を保つために地球側の人間の力が底上げされ、皮肉にも墓を暴くことに成功してしまったが、トリに地球側の人間が関わった記録はなかったことから、力の均衡の存在自体知らなかったはずだ。
 更に、その代償という意味合いで、ネルロス家全体が呪詛神の呪いに巻き込まれていたのだろうとフェレナードは付け加えた。
 そして当時四つあった分家が今三つになっているのも、恐らくこの呪いによって分家がトリの報復に遭ったのだと推測できる。

「今ので呪詛神の呪いが解けたから、ネルロス家を取り巻く影響はなくなったみたいだ。アカツキが見た嫌な気配も消えてる」
「王子は?」

 インティスの質問に、フェレナードは小さく溜息をついた。

「あいにく、今解いたのはあくまでも呪詛神の呪いであって、王子にかかってる王家の呪いじゃない……王子とこれとは別問題だ」
「王子はどうなっちゃうの」
「解読した中に、まだ誰も試したことがない解呪方法が書いてあったよ。今のところ、王家の呪いをどうにかするにはこれしかない」

 夜が明けたら王子に説明しに行くと言って、フェレナードは呪いによって開かれた書物を一通り閉じた。
 元々立ち聞き防止の魔法を部屋にかけていたおかげで、大きな物音を立てたはずなのに誰も気付くことはなかったようだった。
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