37 / 80
第21話 フラッシュバック
しおりを挟む
七月二週目の木曜日。
祖母の葬儀が終わり、参列者は帰り、通夜の準備が整った。
翌日は告別式と火葬。
棺が葬儀場の祭壇から通夜の大広間に移されると、棺の蓋の、顔にあたる部分は常に開けられていた。
そこで思い出話に花が咲く親戚たちもいたが、どうしてもことみには顔を覗き込むことができなかった。
冷たいやつ。
頭の中であの声が繰り返される。世界をまたぎ、文献調査で鏡に閉じ込められた空間で聞こえた声。
否定したかったが、祖母と昔どんなことをしたのか、今更思い出せる自信がなかった。
大広間の簡易的な祭壇に葬儀場で使われていた遺影も移され、その笑っている写真が最近のものではないのはことみにもすぐにわかった。
祖母は入院してからすっかり痩せてしまったが、写真ではふっくらとした頬をしている。ことみが覚えている中で一番印象に残っている顔だった。痩せてしまったのはここ数年のことなので、皆が一番覚えている顔、という理由から、母親が過去の写真から選んだらしい。
通夜の間、話のネタになればと言って、母親が家から古いアルバムを持ってきていた。
親戚一同、十人ほどが集まってわいわいしたが、ことみが見てもアルバムに知っている顔はいなかった。元々今ここにいる親戚たちは遠方から来ていて交流が少ない。写真を見てもピンと来ず、わかるのは母親と、祖母は若い頃こうだったんだな、ということくらいだった。
それにしても、両親の若い頃の写真は何かと見ることはあったが、祖母の昔の写真を見るのはほとんどが初めてだ。意外にたくさんある。
「おじいちゃんが昔カメラに凝ってたからね~」
母親がそう言いながらアルバムのページをめくる。
言われてみれば、写真にはモデルさながらの祖母ばかりが写っていた。野良猫を手懐けようとしていたり、どこかの橋の欄干に寄りかかって遠くを見ていたり、喫茶店でコーヒーを片手にしているのもあった。
だが、ことみが生まれた頃や、その後のアルバムは母親が持ってくる巻数を間違えたらしく、家に置いて来てしまったそうだ。
祖母の若い頃は美人だったんだな、ということはわかったが、思い出は蘇らなかった。
◇
翌日は午前から告別式と火葬が控えていた。
前日の葬儀のような流れをもう一度繰り返し、火葬場に向かう準備が始まる。
「最後のお別れとなりますので、献花でいただいたお花を棺に入れてあげて下さい」
司会の女性がそう言うと、葬儀屋のスタッフが祭壇から棺を運んだり、壁一面に飾られた献花の花を抜いて茎を切り離し、盆に乗せ始めた。
参列者は立ち上がってその花を受け取り、会場の中央にストレッチャーごと据えられた棺に向かう。棺は花をたくさん入れられるよう、蓋が全て外されていた。
母親に促され、スタッフの持つ盆から白くて大きな菊の花を取った。
「お孫さんですか? せっかくなので、お顔の近くに入れてあげてください」
「は、はい……」
スタッフにそう言われると、相反する行動は取れない。
菊の花を持ったまま、棺の側まで行く。
そこでようやく、亡くなって以来、遺影以外の祖母の顔を見た。
「え……?」
生前、お見舞いに行った時の祖母は頬がこけるほど痩せていた。そのせいで昔遊んだ頃の祖母を思い出せなかったのに、棺の中で眠る祖母は、遺影と同じ、ふっくらした、自分がよく知っている祖母だった。
「びっくりしたでしょ、せっかく遺影があるならって、死化粧を遺影に近くなるようにしてくれたの」
隣で母親が教えてくれた。
どうしよう。
これは、あたしのおばあちゃんだ。
でも死んでしまった。もう目を覚まさない。
体はここにあるのに空っぽ。
おばあちゃんはもういないんだ。
もうすぐこの体も燃やされてしまう。
ねえ思い出したよ。
小さい頃、一緒に裏庭できれいな石を拾ったり、
おやつにはいつもあたしが好きなチョコを用意してくれてたり、
たまにお母さんには内緒でおこづかいくれたり、
一緒にトランプしたり、
あやとりを教えてくれたり、
家回りを散歩しながら、色んな虫や花や木の名前を教えてくれたり、
裁縫が得意だからって、着なくなった服からあたしに新しい服を作ってくれたりした。
覚えてるよ、覚えてる。
それなのに、おばあちゃんは死んでしまった。
あんなに優しかったのに。
おばあちゃんは
もういないんだ
◇
当初の予定では、ことみからは十一日まで休むということだったが、その翌日になっても薬屋のラウンジに顔を出さなかった。
メッセージで連絡は来ていたものの、優貴は心配で隣のクラスを覗いてみたが、どうやら学校も休んでいるようだ。
だから、その次の日になってラウンジに現れたのを見て、その場にいた優貴は思わず声をかけてしまった。
「た、武村……大丈夫……?」
「……まあね」
ことみは短くそれだけ答えてラウンジを見渡した。奥の壁際にインティスがいて、暁の姿は見当たらなかったが、恐らく自室にいるのだろう。
本来なら昨日のうちに守護獣を倒して、今日には次の部屋の様子を見に行くのだが、ことみの祖母の葬式や次の部屋に行くことの憂鬱さが予定を大幅に遅らせてしまっていた。
次の部屋に出てきた鏡の壁は、思い出すだけでも気分が悪くなる。
まるで自分の嫌なところを見透かすような。
冷たいやつ、とことみの頭に響く声。
お見舞いの時にかけられた「えらいね」という言葉。
息が苦しくなる。
「……インティス、お願いがあるの」
「何?」
ことみに呼ばれ、インティスが壁から背中を離した。
誰かに話を聞いてほしい。でも身内には話せない。
クラスの友達は、以前優貴といたのをからかわれて以来すっかり疎遠になってしまった。
もうこの世界にしか頼れない。
「ローザと話したいの……お願い」
祖母の葬儀が終わり、参列者は帰り、通夜の準備が整った。
翌日は告別式と火葬。
棺が葬儀場の祭壇から通夜の大広間に移されると、棺の蓋の、顔にあたる部分は常に開けられていた。
そこで思い出話に花が咲く親戚たちもいたが、どうしてもことみには顔を覗き込むことができなかった。
冷たいやつ。
頭の中であの声が繰り返される。世界をまたぎ、文献調査で鏡に閉じ込められた空間で聞こえた声。
否定したかったが、祖母と昔どんなことをしたのか、今更思い出せる自信がなかった。
大広間の簡易的な祭壇に葬儀場で使われていた遺影も移され、その笑っている写真が最近のものではないのはことみにもすぐにわかった。
祖母は入院してからすっかり痩せてしまったが、写真ではふっくらとした頬をしている。ことみが覚えている中で一番印象に残っている顔だった。痩せてしまったのはここ数年のことなので、皆が一番覚えている顔、という理由から、母親が過去の写真から選んだらしい。
通夜の間、話のネタになればと言って、母親が家から古いアルバムを持ってきていた。
親戚一同、十人ほどが集まってわいわいしたが、ことみが見てもアルバムに知っている顔はいなかった。元々今ここにいる親戚たちは遠方から来ていて交流が少ない。写真を見てもピンと来ず、わかるのは母親と、祖母は若い頃こうだったんだな、ということくらいだった。
それにしても、両親の若い頃の写真は何かと見ることはあったが、祖母の昔の写真を見るのはほとんどが初めてだ。意外にたくさんある。
「おじいちゃんが昔カメラに凝ってたからね~」
母親がそう言いながらアルバムのページをめくる。
言われてみれば、写真にはモデルさながらの祖母ばかりが写っていた。野良猫を手懐けようとしていたり、どこかの橋の欄干に寄りかかって遠くを見ていたり、喫茶店でコーヒーを片手にしているのもあった。
だが、ことみが生まれた頃や、その後のアルバムは母親が持ってくる巻数を間違えたらしく、家に置いて来てしまったそうだ。
祖母の若い頃は美人だったんだな、ということはわかったが、思い出は蘇らなかった。
◇
翌日は午前から告別式と火葬が控えていた。
前日の葬儀のような流れをもう一度繰り返し、火葬場に向かう準備が始まる。
「最後のお別れとなりますので、献花でいただいたお花を棺に入れてあげて下さい」
司会の女性がそう言うと、葬儀屋のスタッフが祭壇から棺を運んだり、壁一面に飾られた献花の花を抜いて茎を切り離し、盆に乗せ始めた。
参列者は立ち上がってその花を受け取り、会場の中央にストレッチャーごと据えられた棺に向かう。棺は花をたくさん入れられるよう、蓋が全て外されていた。
母親に促され、スタッフの持つ盆から白くて大きな菊の花を取った。
「お孫さんですか? せっかくなので、お顔の近くに入れてあげてください」
「は、はい……」
スタッフにそう言われると、相反する行動は取れない。
菊の花を持ったまま、棺の側まで行く。
そこでようやく、亡くなって以来、遺影以外の祖母の顔を見た。
「え……?」
生前、お見舞いに行った時の祖母は頬がこけるほど痩せていた。そのせいで昔遊んだ頃の祖母を思い出せなかったのに、棺の中で眠る祖母は、遺影と同じ、ふっくらした、自分がよく知っている祖母だった。
「びっくりしたでしょ、せっかく遺影があるならって、死化粧を遺影に近くなるようにしてくれたの」
隣で母親が教えてくれた。
どうしよう。
これは、あたしのおばあちゃんだ。
でも死んでしまった。もう目を覚まさない。
体はここにあるのに空っぽ。
おばあちゃんはもういないんだ。
もうすぐこの体も燃やされてしまう。
ねえ思い出したよ。
小さい頃、一緒に裏庭できれいな石を拾ったり、
おやつにはいつもあたしが好きなチョコを用意してくれてたり、
たまにお母さんには内緒でおこづかいくれたり、
一緒にトランプしたり、
あやとりを教えてくれたり、
家回りを散歩しながら、色んな虫や花や木の名前を教えてくれたり、
裁縫が得意だからって、着なくなった服からあたしに新しい服を作ってくれたりした。
覚えてるよ、覚えてる。
それなのに、おばあちゃんは死んでしまった。
あんなに優しかったのに。
おばあちゃんは
もういないんだ
◇
当初の予定では、ことみからは十一日まで休むということだったが、その翌日になっても薬屋のラウンジに顔を出さなかった。
メッセージで連絡は来ていたものの、優貴は心配で隣のクラスを覗いてみたが、どうやら学校も休んでいるようだ。
だから、その次の日になってラウンジに現れたのを見て、その場にいた優貴は思わず声をかけてしまった。
「た、武村……大丈夫……?」
「……まあね」
ことみは短くそれだけ答えてラウンジを見渡した。奥の壁際にインティスがいて、暁の姿は見当たらなかったが、恐らく自室にいるのだろう。
本来なら昨日のうちに守護獣を倒して、今日には次の部屋の様子を見に行くのだが、ことみの祖母の葬式や次の部屋に行くことの憂鬱さが予定を大幅に遅らせてしまっていた。
次の部屋に出てきた鏡の壁は、思い出すだけでも気分が悪くなる。
まるで自分の嫌なところを見透かすような。
冷たいやつ、とことみの頭に響く声。
お見舞いの時にかけられた「えらいね」という言葉。
息が苦しくなる。
「……インティス、お願いがあるの」
「何?」
ことみに呼ばれ、インティスが壁から背中を離した。
誰かに話を聞いてほしい。でも身内には話せない。
クラスの友達は、以前優貴といたのをからかわれて以来すっかり疎遠になってしまった。
もうこの世界にしか頼れない。
「ローザと話したいの……お願い」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる