放課後はファンタジー

リエ馨

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第2話 選ばれた理由・前編

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 衝撃的な異世界トリップの翌日、優貴はあらかじめインティスから渡されていた専用の端末で、再度世界をまたいだ。
 スマートフォンはまだ折り畳み式が主流だが、まさにそれだ。
 端末を開いて画面に触れると、魔法陣が起動して空間に直立して現れる。それをくぐれば、端末ごと向こうの世界に行けるのだ。
 仕組みを聞いてみたがインティスも魔法のことは詳しくないらしく、色々な技術や魔法を組み合わせた転移装置ということだった。
 街にある拠点、薬屋の三階にある自分の部屋に着くと、ドアの向こうのラウンジで話し声が聞こえた。
 昨日慌てて帰ったので、机の上に無造作に置いたままだった石のついたワイヤーと翻訳機を着けて、恐る恐るドアを開ける。
 ラウンジのテーブル付近で話していたインティスと、制服を来た女子が優貴の方を向いた。

「あ」
「え?」

 女子の方は優貴を知っている様子だったが、こちらは全く心当たりがない。
 いや、全くないわけではないかもしれない。同級生のような気がする。思い出せ。そもそも同じ高校の制服だ。

「あっ!」

 思い出した。隣のクラスの武村ことみだ。
 だが、たまたま顔と名前が一致しただけで特に接点はない。一致した理由も、元々中学が同じだったからだ。そして、当時からクラスは違ったので他人も同然である。

「……やっぱりあんたなの」
「えっと……その……」

 何も言えない。自分だってどうしてこうなっているかわからないからだ。

「……この人で大丈夫?」

 ことみは怪訝な顔でインティスを睨んだ。

「それはフェレに聞けよ。選んだのはあいつ」
「……ふん」

 インティスの答えに、ことみは不満そうにそっぽを向いた。長い黒髪が揺れ、よく見ると水色のインナーカラーが入っている。

「コトミ、アカツキは?」
「取り込み中だって。まだこっちには来られないみたい」
「そうか……じゃあ今日はこの三人で行くか」
「……着替えてくる」

 思いっきり溜息をついて、ことみは向かいの部屋に消えた。

「あ、そうだ。ユウキ、着替えを置いといた」
「着替え?」
「そう、コトミが服を汚したくないっていうから。そこに入ってる」

 答えながら、インティスが優貴を部屋にもう一度連れて行く。
 クローゼットには確かにそれっぽい服がかけられていた。ますますファンタジー感が増す。

「昨日はいきなりあっちに呼んだけど、普通はこの部屋に着くから。着替えたら出発する」
「はあ……」

 インティスが出て行って、改めてクローゼットの服と剣を出してみた。
 いたってシンプルだ。シャツは普通に白で、上着はくすんだ青。マントは厚手の布で、色は薄い茶色。ブーツは膝下で折り返すタイプの、軽めの革でできていた。サイズは合っている。ライトノベルと呼ばれる小説の表紙で見るような鮮やかな配色ではないところがリアルだ。
 着替えて部屋を出ると、ことみもすでにラウンジにいた。緑をベースにした服で、ぎりぎり膝上のスカートだがブーツも膝上だ。多分レギンス付き。ファンタジーに出てくる女の子の服装って大体露出が多いけど、彼女は一切そういうのはなく、実用に即している。マントはお揃いのようなので、市販品なんだろうな。目は合わせてくれない。

「行くぞ」

 ベルトがついた剣を腰に着ける方法を優貴に教えてやると、インティスは先を歩いて二階に下りた。ことみが続き、優貴がその後をついていく。
 大部屋のドアを開け、何やらごちゃごちゃと物が置かれている祭壇の向こう、一番奥の床に敷かれている魔法陣を踏んだ。昨日は余裕がなくて気付かなかったけど、ここで移動していたのだ。
 この世界に来て初めて踏んだ石畳を、もう一度踏んだ。
 昨日文献を手に入れた部屋には、奥にまだ開けていない扉があったようだ。
 開けると、蛇と戦った時のような大きな部屋が広がっていた。嫌な予感がする。

「あれ? 昨日いた……えっと、フェレナードさんは?」

 優貴の素朴な疑問に、既に剣を抜いたインティスが答える。

「さんはいらないしフェレでいい。あいつは文献の解読があるから基本的にこっちに来ない。昨日はお前を呼んだから」
「えっ?」

 アシストがいないのは聞いてない。昨日は彼の指示があったら動けたのだ。優貴の顔色が途端に真っ青になった。

「あれだけやれば感覚で覚えてるだろ」
「覚えてないよ!」
「インティス、誰でも運動神経がいいわけじゃないのよ」
「ぐっ……」

 悔しいが言い返せない。こちとら体育と名の付くもの全てを苦手とする人間だ。
 言っている側から、砂煙と共に石造りの大きな馬が部屋の中央に姿を現した。

「昨日と同じやつじゃないじゃん!」
「できないなら下がってて」

 ことみはそう言うと、部屋の壁に沿って馬の方へ走り出した。

「は、速い……」

 走り方が女子じゃない。全然速い。

「コトミはチュウガクでリクジョウブって言ってた」
「マジかよ……」

 こういう時、女子ってヒロイン枠だと思ってたのに、完全に裏切られた。

「昨日と同じ、核を壊す。あいつの動きを止められそうならやっていい。何かあれば助ける」

 インティスは優貴にそれだけ言い、ことみとは反対側の壁沿いに走った。当然彼も速い。

「え~……」

 核を壊す、そのためには動きが止まればやりやすい、恐らくインティスはそう言いたいのだろう。
 動きを止めるためにはこの剣で何をすればいいだろう。
 無駄に動くわけにもいかない、考えを巡らせることにした。できるだけ早く結論を探す。
 足に切りつける? 四本もあるのに。
 いっそ心臓を一突きにする? そもそも馬の心臓ってどこだっけ。
 昨日の様子からも、インティスは相当強そうだ。きっとずっと動きを止めなくても、一瞬生まれる隙を活かせるのだと思う。
 ことみが馬の足下へ向けて炎の魔法を放っている。確かに、魔法なら効果範囲を広げて仕掛けられる。実際に馬の動きは鈍くなっていた。
 インティスがタイミングを計っているように見えた。昨日の蛇のように、首を落とそうとしているのだろうか。馬は炎のせいで暴れていて近づけない。

「そうか!」

 優貴は閃いた。こういう時に隙を作るなら、頭か目が良さそうな気がする。ちょうど馬は今、二人に気を取られている。
 早速実行しようと思い、でも走りながら抜刀はできないのであらかじめ剣を抜いておき、小走りで馬に近寄った。魔法とはいえ、炎の海が熱い。

「ちょっと牧野! 何しに来たの!」
「~~っ!!」

 身長の倍以上もある馬を正面に、我ながら渾身の大ジャンプだった。

「コトミ! 炎を払え!」

 ぴよーんと飛び上がった優貴の作戦を察し、インティスが瞬時に指示を出す。
 飛んだはいいが、そこからの制御はできないことに飛んでから気付いた。

「わーーーー刺され!!」

 反射的に炎を引っ込めたことみと、優貴の構えた剣がちょうど馬の右目に刺さったのは同時だった。

「やった! うわ!」

 大きくいなないたせいで、剣が刺さったままの馬の上半身が上下に激しく揺れる。

「ユウキ! 手を離せ! 着地させろ!」

 後ろの方はことみに向けたものだった。
 インティスはその隙に馬の背後から飛びかかり、一振りでその首を切り落としてみせた。ことみが風を走らせ、優貴が背中から落ちる衝撃をやわらげる。おかげでそれほど痛くなかった。
 胴体側の断面から赤い光が漏れているのを確認すると、インティスは昨日と同じように一瞬で場所を特定し、もう一度飛んだ。断面すら身長以上の高さにあったが、首の根本部分に上から剣を突き刺すと、核が壊れた音と共に、切り落とされた首も本体も砂に変わった。

「や、やった!」

 討伐の一助になったことが嬉しくて、優貴は思わずガッツポーズで喜んだ。

「それ、初心者セットのおかげだから。過信しないで」

 すかさずことみからツッコミが飛ぶ。
 初心者セットとは手首足首につけた、石のついたワイヤーのことだろう。

「でも、思ったより早く片付いた」

 剣を鞘に収めたインティスがことみに声をかけた。

「フェレが言ってたろ。やっぱり一人増えた方が効率はいい」
「~~~~……」

 どうにも納得してなさそうなことみの唸り声が聞こえる。
 このままではお礼を言うタイミングを逃してしまうと思い、優貴は思い切ってことみの方を向いた。

「あ、あの……武村、ありがとう……その……」

 助けてくれて、と続けようと思ったが、ことみの怒号にかき消された。

「ちゃんと着地ぐらいしてよね! あたしはあんたのお守りじゃないのよ!」
「ご、ごめん……」
「見ててはらはらするから! 動くならちゃんと動いて!」
「は、はい……」

 やりとりを苦笑しながら聞いていたインティスが、思い出したように二人に言った。

「そうだ。ぱっと聞いてどっちがどっちかわからないから、お互い名前で呼んで」
「えっ……」
「やだ」
「やだじゃない。わかったな」
「……はぁ……」

 優貴は単純に戸惑い、ことみは瞬時に拒絶したが、インティスの念押しに二人は同時に溜息をついた。
 それに構わず、インティスは続ける。

「次行く?」
「守護獣だったら暁が来てからでいいわ。遺産ならとっとともらってく」

 ことみの判断で奥の扉が開けられると、昨日見た部屋と同じ、台座に木箱が乗っていた。
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