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終章 未来への道筋

第91話 少女の正体

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「女の子?」
 突然壁の一部が不自然に崩れたかと思えば、そこからひょっこり顔を出したのは、顔に埃が張り付いた可愛らしい女の子。
 猫かネズミかと構えていたのに、返ってこちらの方が拍子抜けしてしまう。

「えっと……誰?」
 見た感じ歳は妹のリアぐらいで、髪色は貴族特有の綺麗なブロンド。
 今は四つん這いになっているせいか、ここからじゃ顔しか見えないが、それでもこの女の子が普通の庶民でない事ぐらいは私にもわかる。
 すると可能性があるのは、母親違いである第二公子様の妹ぐらいなのだが、さすがに公女様が埃を被りながら、四つん這いで顔だけ出してくる事などないだろう。

 ゴソゴソ、パンパン。
 女の子は小さく出来た穴から出てくると、その場でドレスに付いた埃をパンパンと払い、何事もなかったかのように私に優雅にカテーシーで挨拶を向けてくる。
 ドレス……って事はやっぱり貴族の女の子よね?

「初めまして、セレスティアル・トワイライトでございます」
 あちゃー、まさかの第一公女様だったよ!
 私の記憶が確かならば、第一公女様がいらっしゃるのは確か西棟と呼ばれるここからは少し離れたエリア。その二つには直接繋がるような廊下はなく、また外から回ったとしても門番付きの門で仕切られており、簡単には行き来できないのだと聞かされていた。
 このトライライト公国は、現在第一公子様と第二公子様とで派閥争い中なので、第二公子派でもある公女様はこの東棟に立ち入る事も出来ないだろう。
 それが現在私の目の前におられるのだから、軽く混乱する私の気持ちを察して欲しい。

「えっと、とりあえず公女……さま? 部屋を間違えられておられませんか?」
 ただでさせ、私はいま非常ややこしい立場にいるのだ。このうえ継承権争いの相手側の妹と接触したとなれば、この後どんな展開に巻き込まれるか分かったもんじゃない。
 そもそも良く分からない道を辿って来られたのだから、単純に道に迷われただけで、偶然この部屋にたどり着いたと考えた方が正しいだろう。
 うん、きっとうそう。

「あれ、リネア様ですよね?」
 ズバリ私が目的だったぁーーー!!
 挨拶も返さず、思わずその場に崩れて頭を抱えてしまう私は絶対に悪くない。
「いや、そんなあからさまに頭を抱えなくても……」
 この公女様、いま自分が何をしているのか分かっていないようね。
 私はいま公妃様の客人としてこのトライライト公国に来ている。しかも不本意ながら第一公子様のお見合い相手としてここにいるのだ。そんな状況の私と会っているなんて知れたら、どんな疑いの目を向けられるかもわからない。最悪スパイ扱いでそのまま幽閉何て事もありえる。
 たとえ誤解だ、相手が勝手に『沸いて出てきた』と言ったとしても、その時点で継承権争いに巻き込まれてしまったようなものだろう。

「えっと、さすがにボウフラみたいに沸いて出てきたとか言われるのはちょっと……」
 どうやらメンタル的には弱いようね。
 はぁ……。
「とりあえずちょっとこっちへいらっしゃい」
 どんな理由にせよ、来ちゃったものは仕方がない。
 幸い部屋の扉らは大声を出さない限り漏れるような作りではないし、部屋の外で待機されているメイドさんは、私が呼ぶまで部屋には入っては来られない。
 たとえ向こうの用事がある場合でも、必ずノックのうえで私の返事があるまで入っては来られないので、いきなりバッタリという事はないだろう。
 すると私がまず取るべき行動はお説教でもなく、私の無実を訴えることでもなく、埃で汚れたこの子をなんとかするのが先決。
 まぁ、帰りに同じルートを通れば再び埃まみれにはなるのだろうが、そこまで私が気にする事でもない。

「ちょっと動かないでね」
「???」
 私は公女様の前に立ち、両手を前に出して軽く意識を集中する。
「えっと、何を? って、えぇーーーー!!!???」
 以前アレクと再会した時、私は二人一緒に川へとダイブしてしまった。
 その時の反省を生かし、水を操って服を洗ったり乾かしたり出来ないかと研究していたのだが、それが初めて役に立つ時がやってきた。
「なな、なんですかこれ!?」
「水で洗って水分を吹き飛ばしただけの、ちょっとした手品みないなもの……かな? あ、洗剤は用意していないから頑固なシミ汚れは見逃してね」
「なんで疑問系なんですか! っていうか頑固なシミ汚れなんてありませんよ!」
 中々にツッコミが鋭い子ね。
 やっておいて今更なのだが、一応精霊のことや私が魔法みたいな現象を起こせる事は、わざわざこちらから教える必要はないと思っている。
 アクアの地に戻れば割りかし知っている人は多いのだが、精霊自体の事が信じられないのか、はたまた精霊伝説が眠る地としての信仰の類かと、誤解されているかは分からないが、何故かアクア達精霊の噂は他の街まで広まってはいないのだ。
 まぁ、私だって実際目にしていなければ何かの宗教かと、信じる事はないだろう。

「ま、まぁいいです。余り追求して嫌われてしまうのは嫌ですので」
 案外物分りがいい子ね。
「それで私に一体何のご用かしら?」
「えっ? 暇だったので会いに来ただけですけど?」
 ブフッ
 コラコラコラ、どこの世界に公女様が暇だからといって、秘密の道を辿ってこんば場所まで来ると言うのよ。
「っていうのは冗談で」
「怒るわよ!」
「あわわ、ごめんなさい! ちょっと悪ふざけが過ぎました!」
 まったくもう、こちらは継承権問題に巻き込まれそうでドギマギしているというのに、これでつまらない理由だったら本気で怒ってしまいそうだ。

「えっとですね、実はお兄様の想い人がどのような方なのかと、前々から気になっていまして、それがご本人が近くにいるとお聞きしましたので、いても経ってもいられなく、それで来ちゃいました」
「……………………はぁ?」
 この際公女様がなぜ敬語なのかはさておき、私はそのお兄様という人物には心当たりがない。っていうか、想い人?
「公女様のお兄様と言うと第二公子様ですよね? 私は第二公子様どころか、まだ第一公子様すらお会いした事はないですよ?」
「えっ、だってそのペンダント」
「ペンダント?」
「私のお母様の形見の品ですよね?」
 私がいま首から掛けているのはアレクから預かっている手作りのペンダント。
 普段は服の下に仕舞っているのだけれど、今は用意されたドレスを着ているので、そのまま剥き身のままで身につけている。
 何でもアレクの話ではお父さんが不器用ながらも手作りで作ったものらしく、それをアレクのお母さんに送ったと言う、いわば想い出と形見を一緒にしたような大切な物。
 確か妹がいるはずなのに、当時の私がアレクと別れるのに駄々をこねて、このペンダントを預けてくれたのよね。その時、私が付けていたお気に入りのリボンと交換する形で。
 それが何故、公女様のお母様の形見の品になるのだろう? 第二公子様の名前って確かアレクシシス様、だったわよね……あれ?

「……」
「もしかして私、言ってはダメな事いっちゃいました?」
「出来れば聴きたくありませんでした」
 どうやら私は既に継承権問題にドップリと浸かっていたようです。
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