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二章 襲いかかる光と闇

第54話 アクアの領主

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 領主様の葬儀が終わり約二週間。
 本来の後継であるフィルと、私の後見人を名乗り出てくださったガーネット様のお陰もあり、書類上の手続きは問題なく完了。
 その後も商会の代表を正式に引き受ける事になったり、近隣の村や取引先から届いたお祝いの手紙や品物への対応、中には私に対してのお見合い話なんてものも届いたりと、ようやく落ち着きを取り戻せたのは就任後から一週間もたった後だった。

「それにしても疲れたわね。商会の方は問題ない?」
「うん、こっちの方は全然問題ないよ。寧ろみんなのやる気が上がったぐらいだよ」
 私にとっては二週間ぶりの出勤。
 ヴィスタの話では私が居ない間でもアレクとヴィルが頑張ってくれていたそうで、現場の雰囲気は私が代表(仮)の時より随分士気が上がっているのだという。

「それは良かったわ」
 問題がない事は素直に嬉しいが、うらを返せば私はヴィルやヴィスタ、そしてアレクに頼り切ってしまっている。
 だけどヴィルとヴィスタは間も無く国へと帰らなければいけないし、アレクだっていつまでも商会にいてくれるとは限らない。
 現場のスタッフ達も成長してくれてはいるものの、現状では抜きん出た人材がいないのが実情だ。

「そういえばリネアちゃんの領主就任パーティーっていつになったの?」
「来年よ。流石に亡くなった領主様の喪が明けないと失礼でしょ?」
 これがただの代替わりならいいのだが、前当主が亡くなっての引き継ぎでは期間を空けるのが礼儀とされている。
 中には戦時中で軍の士気を上げるために急遽式を行う場合もあるのだが、私の場合書類上はアクアの領主になっているものの、正式に領主の座に着くのは就任式を終えた後となる。

「そうなんだ。それなのにお祝いの手紙や品物が届くって、リネアちゃんって人気者だね」
 一瞬送られてきた大量の手紙やら贈り物やらが目に浮かび、内心げっそりとした気分が蘇る。
 当初こそ、簡単なお祝いの手紙が届くだろうとは思っていたが、ふたを開ければ我先にと届けられるお祝いの手紙や高価品物の数々。
 中には何を血迷ったのか、自分の息子を婿入りさせるというお見合いの写真やら、どこぞの商家が主催するパーティーの招待状なんてものも入っていた。
 まったく何を勘違いしているのかしらね。

「残念だけど私が人気者って理由じゃないわよ。むしろご機嫌取りやお近づきになりたいってところじゃないかしら?」
 小さな村の領主といっても、立場上はトワイライトで認められた貴族の一員。
 そのうえ正式に代表の座に就くこと決まった私に近づき、少しでも甘い汁を吸いたいとでも思っているのだろう。
 だが残念な事に私に結婚する意思はないし、いずれフィルが求めるのなら領主の座を返してもいいとさえ思っている。

 コンコン
「失礼します」
 雑談をしならが溜まっていた書類に目を通していると、やってきたのはアレクと見慣れた三人のスタッフ。
 その腕の中にはそれぞれ山のような書類が抱かれている。

「すみません、こちらの書類にも目を通してもらえますか?」
「ははは、そうよね。二週間も離れていたのに積まれた書類が少ないとは思っていたのよ」
 どうやら私が居ない間、アレクの方で処理出来るものは対応してくれていたようだ。
 まぁ贅沢を言ってはダメよね。
 それでも目に見えるだけでもウンザリしそうな量に、このまま仕事放棄したい衝動を必死に抑え、まずは一番気になっていた書類に目を通す。

「うーん、やっぱり厳しいわね」
 アレクもやはり気遣ってくれていたのだろう、カーネリンの街道使用料の資料を一番上にしてくれているところを見ると、既にいくつもの問題が浮上している様子。
 アクアから出荷する野菜や畜産はいわば時間が命。その上、空の馬車をそのまま戻すのも芸がないということで、トワイライトの内陸部で仕入れた果実や、不足分の各種調味料の原材料などを仕入れている。
 これが鮮度に関係のない雑貨や保存のきく食材ならいざ知らず、鮮度が命の食材はどうしても最短距離を走らなければならない。
 つまりそれらの輸送をするためには、どうしてもカーネリンとアクアを繋ぐ
街道を使わなければならないのだ。

「えぇ、更に問題はヘリオドールや近隣の村から輸送される馬車にも通行税がかけられ、それぞれの商会でも問題になっているようなのです」
 アレクの話ではカーネリンとアクアとの国境沿いに検問所を作り、そこを通る馬車すべてに通行税を求められているのだという。

「やっぱり対象は街道を使用する全てというわけね」
 もしかしてアクア商会だけに対してかと淡い期待はしたものの、アクアに入ってくる輸送馬車も対象となると、ますます問題が深刻化してしまう。
 流石に取引先にメルヴェール王国に入って遠回りをしてください、というわけにも行かないし、幾つもの取引を交わしている関係、今更品物が入りませんというわけにいかない。
 恐らくそれは取引先も同じ事を考えている筈なので、近いうちに品物の値上げ交渉を迫られる事だろう

「困ったわね。原材料の値上げは覚悟しなければいけないうえ、こちらの商品は値上げするわけにもいかないなんて」
 まさかこんな事態になるとは考えてもいなかったので、不足分の原材料を輸入に頼ってしまった事が裏目に出た。
 しかもこちらとしては仕入れるしか方法がなく、売るにしてもリスクを負わなければならない。
 アクア商会はいわば新参者の弱小商会。そんな商会が登場したことで少なからず泣いている店もあるだろうし、売り上げが下がったと嘆いている商会もあることだろう。
 そんな中、値上げなんてしてみれば取引先との信頼を無くす上、よく思わぬ人たちからすれば『ほら見た事か』と、良からぬ噂が囁かれるともかぎらないのだ。

「リネアちゃん、どうするの? やっぱり商品の値上げを」
「ヴィスタ、それだけは絶対ダメよ。商売はいわば信頼で成り立っているの。これが何年もの付き合いがあって、仕方なくの値上げならともかく、取引を開始したばかりの状況では、相手に不信感を抱かせてしまうわ」
 築き始めた信頼を無くす事は簡単だが、無くした信頼を取り戻すには新規で勝ち取る事よりも難しい。
 いずれヘリオドールとの街道がつながれば、一気に状況は変わってくるのだろうが、それはまだまだ当分先の事となってしまう。
 それまでに耐え忍ぶだけの解決策を考えなければ、アクアのリゾート化どころの話ではなくなってしまう。
 
「いずれにせよ、何か対策を打たなければならないわね」
 正直今の問題を打開させるだけの妙案が浮かばないが、ただ見ているだけというわけにもいかないだろう。

「この件に関してはもう少し時間を頂戴」
「わかりました。それでは引き続き書類整理を進めておきますね」
「えぇ、おねがい……って、まだあるの!?」
 立ち去ろうとするアレクの言葉に思わず突っ込みを入れてしまう。

「今ので丁度半分くらいですね。私の方で処理出来るものはやっておきますので、整理ができたらお持ちしますね」
 はぁ……。
 問題が山済みだというのに書類の山から解放されない。
 これでアレクが居なければと思うとゾッとするわね。

「それじゃ後ほど……」
「あっ、ちょっとまって」
 再び立ち去ろうとするアレクを慌てて止めに入る。

「アレク、悪いんだけれどあなたに調べて欲しい人物がいるの」
「調べて欲しい人物……ですか?」
「えぇ」
 一瞬アレクの眉が『人物』という言葉に反応する。
 今までアレクに調べて貰った事案はいっぱいあるが、その対象はいずれも商会や街の事情といった大まかなものだった。
 それが今回初めて、たった一人の人物に対して調べて欲しいとお願いしたのだ。アレクではなくとも不審に思うのは当然であろう。

「……」
 アレクはしばし考える素振りを見せ、視線だけで書類を運んで来てくれた三人のスタッフを部屋から退出させる。
「わかりました。それで調べて欲しいというその人物は?」
「名前はシリウス、カーネリンの街でどこかの商会に勤めているという話なんだけれど、私じゃ見つけられなくて」
 もともと名前しか知らない上に私自身会ったことすらない人物。そのうえ情報といえばカーネリンの街で商会に勤めているという内容だけ。
 カーネリンの街とはほとんど貿易がなく、また知り合いと呼べるような人物もいない為、私の情報網だけでは見つけることができなかったのだ。

「シリウスですか……。差し支えがなければ理由をお伺いしても?」
 まぁ理由を尋ねられても仕方がないわね。
 別に隠す必要もないし調べて欲しいと頼んでいる立場上、説明しておいた方がいいだろう。
 私は『ふぅ』っと、一息吐き、説明を始める。

「亡くなった領主様にはね、二人のお子様がいらっしゃったそうなの」
 一人は言わずとしれたフィルのお父さん。
 本来ならばこの方が時期アクアの領主となっていたと思われる方だったのだが、残念なことに数年前に海の事故で亡くなっている。
 そしてもう一人は十数年前、ちょうどカーネリンの街に街道が通り、アクアから大勢の商店や人が移り始めた頃、このアクアをいち早く見限り移住されたという人物。

 当時の様子は詳しく聞かされてはいないが、亡くなった領主様の話ではアクアを飛び出してからは音信不通、兄であるフィルのご両親が亡くなった時でさえ葬儀に顔を出さなかったという話だ。
 もしこのシリウスという人物が今尚アクアに留まり、亡くなった領主様の元でアクアの為に尽くしていたなら、恐らく私でもフィルでもなく、このシリウスがこの地の領主になっていたことだろう。

「なるほど、つまりは継承権問題というわけですね」
「早い話がそういうことよ」
 私としては別に領主になりたいわけではないので、そのシリウスという方が自分が領主だと名乗るなら、無条件で領主の座を引き渡してもいいが、それにはこのアクアの地を愛し成長させてくれる人物でないといけない。
 だが亡くなった領主様の話を聞く限りどうもキナ臭い香りが漂っているのだ。

「つまりリネアさんはその人物がどの様な方かを見定めたいと?」
「そんな大そうな話ではないわ。私は他人に評価をつけられるほど偉いとは思っていないし、自分がこのアクアの領主に相応しいとは未だに思ってもいない。だけどね、この地で暮らしている人たちが笑って過ごせる様な村にしたいとは、本気で思っているわ」
 それが亡くなった領主様から私に託された最後の願いなのだから。

「どうかしら? これで答えになっているかしら?」
「十分です。いえ、改めて貴女がこの地の領主になって良かったと本気で思えます」
「ありがとう。アレクにそう言ってもらえるのは最高の褒め言葉よ」
 願わくば、その言葉が貴方自身から出た言葉であることを願いたいが……。

「それじゃ調査の方をお願いできるかしら?」
「いえ、それには及びません。私はそのシリウスという人物に心当たりがあります」
「えっ、知っているの?」
 予想だにしていなかった言葉に、思わず驚きの声が飛び出してしまう。

 カーネリンの街は、統制がとれていない言わば商会と店との集合体。例えばヘリオドールの様に歴史ある巨大な都市ならば、代表とされる大手商会が幅を利かせ、その下に幾つもの小さな商会が支えているのだが、カーネリンの街の様に歴史が浅く、幾つもの地方から集まってきた商会達には、結束というものがまるでない。
 そのため私が調べようとしても商会同士が繋がっていないため、連鎖的に調べる事が出来ないでいた。
 それがアレクに心当たりがあるというのだから、これは相当偶然のつながりといえよう。

「それでアレクが知るシリウスという人物は?」
「シリウス・オヴェイル、商会同士ではオヴェイルという名で通っております」
「オヴェイル!? オヴェイルってあのオヴェイル商会? しかもその代表ってこと?」
「はい」
 オヴェイル商会、カーネリンの街で一番巨大だと言われている大商会。
 その理由は領主様の息がかかった唯一の商会で、領地内外で取引されている品物を一手に担った、いわば領主様ご用達の商会だ。

 例えばアクアでいうアクア商会の位置付けと説明すればわかりやすいだろうか。
 このアクア商会も中身をみれば領地運営の延長上。
 その地、その地の領主達が、自身の領土で生産される特産物を主軸に、商会や商売をするのは別段不思議な事ではない。

「本当なの? いままでそんな話なんて一度も聞いた事がないのだけれど」
 オヴェイル商会に勤めていたという事でも驚きなのに、そのうえ商会の代表って……。

「おそらく当人で間違いありません。そしてカーネリンの領主であるマルクス・カーネリンの義息子にして、次期カーネリンの領主だと囁かれている人物です」
 更ななる驚愕の事実をアレクから告げられるのだった。
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