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前章 悪役令状の妹

第1話 始まりは小さな野望

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ご挨拶

初めましての方もお久しぶりの方も、本作品にお越し下さりありがとうございます。
私の作品の中で『お仕事シリーズ』となる三作品目の物語となります。
基本本作品のみで楽しめる内容となっておりますので、楽しんでいただければ幸いです。

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 あれは私が12歳の頃だっただろうか。大好きな両親が鉱山の落石にあって亡くなったと聞かされたのは。

 もともと父の両親がこの地を治める伯爵様だったということもあり、私たち家族はそれなりに裕福な生活を送っていた。
 小さいながらもお屋敷を持ち、両親は優しく妹は可愛く懐き、お手伝いさん達とも和気藹々とした暖かな生活。

 よく伯爵家の親族ならばもっと贅沢な暮らしが出来るんじゃないか? と尋ねられることもあるが、伯爵の爵位は父のお兄さんが継いでいるし、王都にあるお屋敷からは両親の結婚と同時に独立したとも聞いている。
 その上お母さんが庶民の出ということもあり、二人の結婚には多くの反対の声が上がったのだという。
 他家からしてみれば父は将来が約束された優良物件。祖父が爵位退く際に、父には鉱山の管理を託されていたわけだし、伯爵家を出たからといって親族という名前が消えるわけでもない。
 そんな父に取り入ろうとする貴族はやはり数多くいたのだという。

 伯爵家としてはより多くの貴族達と関係を築きたいと思うだろうし、親族からは父を取り込んで、より多くの富や見返りを得ようとするのは当然の流れだろう。
 外からは毎日のように送られてくる見合いの話、身内からは投資だ援助だとお金にかかわる話にウンザリし、父はある日一人で街へと繰り出したのだという。
 初めてみる街の風景、いつもは馬車の窓越しで見ていた景色が手の届くところにある。そんな風景の中、一軒の花屋で働いていたお母さんに一目惚れしたのだという。

 慎ましやかで穏やかな性格、花々と一緒にニコリと微笑むだけで胸の中が一瞬にして温かくなる。
 かしかされ、笑顔の裏に隠れたドロドロの世界にいた父には、お母さんの笑顔が天使に見えたのだと、以前顔を真っ赤にしながら教えてくれたことを良く覚えている。
 当初お母さんは、お父さんとの身分違いから誘いを断っていたらしいのだが、毎日やってくるお父さんの求愛に次第に惹かれてしまい、いつしかこの人ならばと思うようになってしまったのだとか。
 これはお父さんには内緒なのだけれど、お母さんも実は一目惚れだったのだと、笑いながらおしえてくれたことがあった。

 そんな二人がようやく結ばれたのは出会ってから二年ほど過ぎた頃。周りの猛反対に、一時は伯爵家の人間とは縁を切ろうと思っていた事もあったとのだという。
 けれど最後は二人がこれほど愛し合っているのならばと、祖父母の後押しがあって無事に結婚。その数年後に私と妹が生まれたわけなのだが、当然の如く祝福してくれたのは両親と祖父母を含めた僅か数名。
 大半の親族達は、平民の血が流れている私たち姉妹を疎ましく思っていた。


「お姉ちゃん……」
「リア……」
 両親の葬儀には鉱山関係者の人たちが多く参列してくれた。
 元々仕事熱心で、労働者さん達への配慮にも評判が良く、多くの人たちから慕われていたのだという。
 それなのに近年の採掘量の低下で伯爵領の収入が激減、ほぼ鉱山に頼りっきりだった伯爵様は父に過剰な火薬の使用を要求。十分な安全対策を取らなければという父の声を無視し、伯爵様が独自に雇われた採掘チームの火薬による爆破で鉱山の一部が崩落した。
 どうも一向に爆破許可を出さない父に、功を焦った伯爵様の採掘チームが独断で行ったらしいのだが、運の悪いことに別の場所で現場監督をしていた両親の頭上を、大きな落石が襲ったのだという。

 両親の死は、そんな鉱山労働者から多くの悲しみの声が上がったが、親族からは『現場で指揮なんてするからだ』、『父のせいで鉱山の採掘量が減ってしまった』だとか、心ない声が多く上がった。
 しかも話はそれだけに留まらず、棺の前で泣き崩れる私たちの隣で残された鉱山をどうするか、私たちが暮らしていたお屋敷に誰が暮らすのか、更には父が残した財産をどうするかで揉め事が起こってしまう始末。
 鉱山は父が管理を任されていただけで持ち主はあくまで伯爵様。父が亡くなった事で管理者という席は空くが鉱山自体が手に入るわけでもないし、お屋敷と父が残した財産に至っては私たちの持ち物だ。
 それなのにあの人達は『あのお屋敷は私たちのだ』、『残された財産は一族全員に公平に分けるべきだ』と騒ぎ立て、肝心の私達姉妹は誰も引き取りたくないというのだから呆れてものもいえない。

 確かに鉱山はともかく、暮らしていたお屋敷もあれば父が残してくれた財産もある。そのうえ仕えてくれていた使用人さん達もいてくれたのだから、私たち姉妹だけでも暮らしていけたのかもしれない。
 けれども当時12歳の私たちがどれだけ主張しようとも、平民の血が流れている私たちにはそんな権利はない、よくもまぁそんな図々しいセリフが言えたものだと、誰一人として取り合ってはくれなかった。

 結局最後はご年齢から引退された祖父母に引き取られたわけなのだが、その祖父母も一年ほど前に私の学園入学を見届けたあとに事故に遭われてしまい、私たち姉妹は現在父の兄である伯爵様の元で、細々と肩身の狭い思いをしながら暮らしている。





「ん~~~」
 朝の目覚めの共に大きく背伸びを一つ。
 隣で眠る妹を起こさないようにそっとベットから抜け出し、昨夜のうちに用意していた水で顔を洗う。

 両親が亡くなってから約4年。叔父である伯爵様に引き取られた私たち姉妹は、ここメルヴェール王国の王都にある、アージェント伯爵王都邸で暮らしている。
 元々亡くなった祖父母や父が暮らしていたお屋敷とあって、使用人さん達とは概ね良好、だけどご当主である叔父やそのご家族様からは汚いゴミのように扱われ、祖父母が亡くなってからは部屋も本館から離れた物置へと移された。

 私たち姉妹に与えられたのはこの薄汚れた小さな部屋と、二人で眠るのがやっとのベッドと洋服ダンスが各一つ。勉強用の机だけは二人分用意されているが、それ以外は飾りっ気のない寂しい内装。
 少しでも前の家から何かを持ち出せればよかったのかもしれないが、将来の為にと残してくれていたお屋敷も、祖父母が亡くなると同時に売却され、これまでの生活費だと言われて、残っていたであろう財産と共に全てを取り上げられてしまった。

 元々それ程贅沢な生活をしていたわけでもないし、祖父母に引き取られてからも慎ましやかな生活を送ってので、今更部屋が変わったからといってそんなに不自由な事もない。
 少々勝手に売られてしまったお屋敷や、残されていたであろう財産については一言文句を言ってやりたい気分だが、どうせ私が叫んだとしても返ってくるわけでもないし、いくら残っていたのかも分からない状況では、ここはお世話になっている費用として潔く諦めるしかない。
 ただ唯一の救いは祖父母がご存命だった時に学園へと通わせてもらえた事だが、学費も既に三年間の費用が支払済だった事もあり、現在もありがたく学園へと通わせてもらっている。
 今の私に一番必要なのは、この世界がどれほどのの知識なのだから。


 ここで少し私の紹介をしてみたい。
 私の名前はリネア。一応伯爵家の血筋という立ち位置なので、リネア・アージェントというのが正式な名前。
 年齢は16歳で、現在王立学園の一年生。髪は貴族特有のブロンドに、亡くなったお父さん曰く、出会った頃のお母さんそっくりなんだそうだ。
 家族構成は三つ年下の妹が一人。私はリアと呼んでいるけれどリリア・アージェントというのが正しい名前で、亡くなった両親の血を引いたこの世でたった二人っきりの愛する家族。

 あとは現在私たち姉妹を引き取ってくださっている叔父と叔母、そしてお二人の娘でもあるエレオノーラという義理の姉がおり、一応身元引き受け人とはなってもらっているが、こちらはあくまでも世間体を気にしてのものであって、戸籍上の養子縁組はもちろん愛情やら同情といった感情は一切存在ない。
 まぁ、私としても養子縁組を組まれて余計な騒動には巻き込まれたくないし、伯爵という爵位に興味があるわけでもないので、アージェント家の継承から姉妹揃って全てを放棄するという条件と共に、現在こちらでお世話になっている。

 そんな私が唯一の趣味としているのがお料理作り。一応前世では某有名レストランで働いていた経験もあるので、簡単なお菓子作りからお魚やお肉を使ったものまでお手の物。
 少々ミーハーなところもあって、若かりし頃はアイドルの追っかけや、出演するドラマやバラエティー番組まで網羅していたのはいい想い出だ。

 突然の告白で少々驚かれたかもしれないが、実は私には前世で日本人として過ごした記憶が残っている。
 あの日、両親が落石で亡くなったと聞かさられた時、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けて気を失った。そして次に目覚めた時には私の中にもう一人の私がうまれていたというわけだ。
 よく前世では転生ものだとかの小説を読んだ事もあるが、まさか自分が当事者になる日が来るとは思わなかった。

 これでもし前世の私がリネアの体を乗っ取っただとか、浮遊霊だった私がこの体に乗り移ったのならば、私は潔くリネアに体をお返しするが、幸いな事にリネアとして過ごして来た記憶の中に、前世の記憶が蘇ったという状態なので、わりかしすんなりとこの状況を受け入れる事が出来た。

 そんな私が抱いている小さな野望。
 それはこんなお屋敷を飛び出し、妹と一緒に静かに暮らす事。

 貴族だとか格式だとかには興味もないし、こんな窮屈で嫌な思いをしながら暮らすなんてまっぴら御免。さらに頭を抱えたくなる問題が私の嫁ぎ先が既に決まっているという点だ。
 これがまだ歳近い殿方なら諦めもつくが、齢70歳というお祖父さんの相手で、しかも愛人という何とも将来性の見えない悲しい立ち位置となれば、逃げ出したくもなる私の気持ちというのも、多少は分かってもらえるのではないだろうか。
 よくもまぁ、こんな最低な婚姻見つけてきたものだとある意味感心もするが、それが当事者となってしまえば話は変わる。

 流石にこの何ともしがたい年齢差に、相手側のご家族様がやんわりと説得してくれたそうなのだが、結局当事者が頑なに拒み続けてきたことと、叔父がこの婚姻に積極的だったという点から、最後は『せめて私の卒業を待ってあげよう』という話しで落ち着いたらしい。
 
 叔父からしてみれば私たち姉妹の事など政略結婚の道具としか見ていないだろうし、常に伯爵家という名前で守られてきた私たちが、今更一市民として暮らせるわけがないとも思っているはず。
 よく物語などで何処ぞのご令嬢が街で暮らしていくなんて話しがあるが、お恥ずかしながら私は今まで屋敷の外へと出かけた記憶も殆どなく、このお屋敷に来るまでろくに体を動かした事すらなかった。
 なので仕方がなく今のこの状況を受け入れてしまったのだけれど、こんな非常識な婚姻を推し進めてくるとなれば、私はともかく残される妹のことが心配になるのは当然の事ではないだろうか。

 これが4年前ならば年齢的にも知識的にも難しかっただろうが、今の私には来るべく日の為に色々準備を進めている。
 もし叔父がこのような人でなければ、もし叔母が少しでも愛情を向けてくれれば、私はこの伯爵家の為に身を捧げても良かったのだ。だけど妹の未来に暗雲が立ち込めるとなれば話は変わる。
 後は卒業までに可能な限りの蓄えと、出来るだけ多くこの世界の状況と知識を学ぶ事ができれば、妹の面倒を見ながら細々とは暮らしていけるだろう。
 できれば叔父に見つからないよう、王都からは逃げ出したいところではあるのだが、この世界に電車やバスがあるはずもなく、街から街へと移動する手段は非常に限られてしまっている。

 さて、卒業までの残り二年間、果たして私は自由を手に入れられるのか。
 とりあえずは学園に通うために制服へと袖を通すのだった。
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