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日常

選択-1-A-

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 いつもと同じように看板を片付けて店を閉めた後。
 祖父とともに夕食を食べていると、不意に祖父が自分を見た。
「アルノシト」
 改まった口調。アルノシトもフォークを置いて祖父を見る。
「どうしたの?」
「儂はな……店を閉めようと思っている」
「え」
 予想もしなかった言葉に、反射的に声が出た。目を丸くしている自分を見て、祖父が少し笑う。
「儂も年だ。そろそろのんびりとするのもいいかと思ってな……ジークも」
 愛犬の名を出されて目を伏せた。最近、めっきり足腰も弱くなり、散歩の時間も短くなった。改めて言葉にされると少し戸惑う。
 先代のジークと過ごしたのは数年だったが、今のジークとは十数年の付き合いがある。子供の頃から傍に居てくれたことを思い出すと、別の感情が溢れそうになるのを抑えて祖父を見る。
「何も今日明日に店を閉める訳じゃない。お前にゆっくり考えて欲しくて、話したんだから」
 ふ、と笑みを深める祖父の表情には悲愴さは全くない。店を閉める、という選択は彼にとって負の意味はないのだろう。
「俺……爺ちゃんの跡を継ぐつもりだよ」
 子供の頃からの夢──というよりも、そうすることが当たり前だと思って来た事。逆に言えば、それ以外の選択肢があるなんて思いもしなかったということでもある。
「お前は本当にそれでいいのか?」
 祖父の問いに眉が寄る。それ以外の選択……?
「……今のお前にはルートヴィヒ君がいるだろう?」
 あ、と漸く思い至った。恋人──という言葉にはいまだに慣れないが、彼の名を出されて薄く頬が染まる。
「店を継ぐということは、彼と共に歩く道を捨てるという事になるかもしれないぞ」
 また予想外の言葉。どうして、と尋ねる前に、祖父は笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「今は儂がいるから、出かける時に留守番も出来る。が──お前一人になった時。店を閉めて出かけていては、買い物に来る人が困るだろう?配達だってある。人を雇うにしても──」
 人を雇う余裕なんてないことはアルノシトにも理解できる。家族だから売り上げを共有して暮らしていけているが、赤の他人を従業員として雇う程の売り上げはない。
 配達と店での販売と。今の経営状態を維持するためには二人は必要。とはいえ、そんな余裕もない以上一人で経営するとなれば、配達は頻度を減らすとしても、今のように時々店を空けて出歩くことは出来なくなる。
「彼に「一緒に店を経営してくれ」、なんて頼めないことはお前が一番わかっているだろう?」
 言われるまでもない。

 大財閥の総帥に、しがない雑貨店の店主になれ。

 なんて、間違っても頼めない。というより、万が一、ルートヴィヒが自分と共に雑貨店を経営したい、なんて言い出したら、何より自分がそれをとめるだろう。
 総帥という肩書の重責を少しでも軽くしたい、と思う事はあっても、逃避させたいとは思わない。
「あ……」
 そこまで考えて祖父の言おうとしていることがようやく理解出来た。
「そっか……そうだね」
 財閥の総帥という立場。運営の問題だけではない。最近、よく耳にするようになった「後継者問題」。
 自分と言う存在は公にはされていない。それはアルノシト自身が望んだことでもあり、ルートヴィヒの望んだことでもある。仮に堂々と公表したら、要らぬ騒ぎになって、店だけでなく近所に迷惑が掛かってはここに住めなくなってしまう。
 けれど──この先。もし、自分が雑貨店の店主としての道を選択したら。「恋人」としての立場は続けられるかも知れない。
だが──
「……」
 思案に詰まった。考えたくないことを考えてしまい、緩く頭を振る。
「今、結論は出さなくていい。お前だけの問題ではないのだから、きちんと相談して決めなさい」
 顔をあげる。祖父の顔はどこまでも優しく温かい。両親が亡くなった後、ずっと変わらぬ愛情を注いでくれた人。
 今も変わらないそれにアルノシトは改めて頭を下げた。
「うん。有難う、爺ちゃん……ちゃんと相談する」
 そうしなさい。
 あくまでも穏やかな祖父の言葉と表情。もう一度頭を下げた後、夕食を再開するためにフォークを手にした。
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