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日常
選択-2-A-
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祖父の告白を聞いた日の夜。夕食の後片付けを終えてから、アルノシトはルートヴィヒへと電話をかけた。
24時間、いつでもいい、とは言われているが、流石に深夜や早朝にかかる時間にはかけづらい。そもそも、今の時間でも彼は仕事をしている可能性が高いから、出なければ明日改めよう──と思案している間に
『もしもし?』
受話器越しに聞こえる声は少し疲れ気味ではあるが、本人。ほっと息を吐き出すと、相談したいことがあるから時間が欲しい、と伝えた。
『──明日の夜……ではどうだろうか?』
忙しい相手だから、数日はかかるかと思ったが、思いのほか早い日取りに、思わず、え、と声を出してしまった。
『都合が悪いなら──』
「い、いえ!大丈夫です!有難うございます!」
慌てて受話器を持ったまま頭を下げてしまった。ふ、と受話器越しに緩む気配。エトガルが迎えに行くから、指定する場所まで来て欲しい、と告げられた後、電話は切れる。
受話器を置いた後、アルノシトは大きく息を吐き出した。
────相談しなさい、と言われたけれど。何を言えばいいんだろうか。
言いたい事は沢山あるはずなのに。言葉が上手くまとまらない。ルートヴィヒに出会わなければ、悩んだりはしなかっただろう。
自室へと戻る前に祖父へ明日出かけることを告げた。
夕飯は──要らない。
返事の前に少し間をおいてしまったが、特に気にする様子もない。自室へと戻ったアルノシトは、ベッドに腰を下ろすとぼんやりと天井を見上げる。
祖父が引退する──いまだ現実感がない。子供の頃から後を継ぐ、と思ってはいたが、心のどこかでずっと祖父と一緒にいる──なんて考えていたのかも知れない。
同時に愛犬のことも。両親が亡くなった後、祖父母に引き取られる前から、ここには遊びに来ていた。
だから、彼らが飼う犬の名前が代々「ジーク」だという事も知っているし、代替わりする経験も初めてではない。ただ──今のジークは自分にとっては、子供の頃から一緒にいた幼馴染のような存在。
二人──正確には一人と一匹──がいなくなった後、自分はどうやって生活するのか。
どうにも思い浮かばなくて溜息をつく。
「……甘えてばっかりだな。俺」
祖父にも。愛犬にも。そして──ルートヴィヒにも。
明日、会うまでに全てまとめられるとは思わないが、もう少しきちんと現実を見て考えなければ。
そう思いながら眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日。一日の作業を終えた後、指定された場所へと。人通りが多い分、車も時々は通り過ぎる。自宅の周辺では、車そのものがあまり通らないから、こういった場所の方が目立たないのかも知れない。
なんてぼんやりと考えていると、自分の近くで止まる車。
「……あ」
運転席にはエトガルの姿。呼ばれる前に近づいて、自分でドアを開けて助手席に乗り込む。
「堪忍なぁ。ちょっと仕事忙しかってん」
運転していたエトガルがこちらを見て頭を下げてくる。柔らかい声にアルノシトも自然と表情を緩める。
「とんでもないです。俺こそすみません、急に」
普段はルートヴィヒの運転手として常に傍に居る彼が忙しいということは、ルートヴィヒも忙しいのだろう。自分のために時間を作って貰ったことが嬉しいと同時に申し訳なくもあり、自然と眉が下がる。
「それは気にせんでええて。ほな、出すで」
沈んだ表情に明るい声が返って来る。やや性急とも言える動きで車を発進させるエトガルの横顔をちらっと見る。
「……あの、エトガルさん。聞いてもいいですか?」
「うん?」
無言で続きを促されて、少し躊躇ってから口を開く。
「エトガルさんは……どうして、ルートヴィヒさんの運転手になったんですか?」
思ってもいなかった質問だったのだろう。前を見たままの彼の眼が軽く見開いた。忙しなく瞬きをした後、いつもの表情に戻る。
「俺は親父──爺さんの代から、ルーん家の運転手しとったからなぁ」
子供の頃から、将来は立派な運転手になれ、と言われて育ったし、それ以外考えなかった。
緩い口調で返って来る答えに、アルノシトは目を伏せる。
「その……別の仕事をしたいな、って思ったことは?」
「ないなぁ」
間髪入れずに返って来る答え。質問を重ねようとしてやめる。
もし。彼がルートヴィヒの運転手以外の仕事をしたいと思っていたとしても、自分には絶対に言わないだろう。
エトガルの人柄──性格も、彼の気遣いにも、普段の言動にも親しみを感じているし、信頼もしている。
でも──彼が自分に本心や本音といったの深い部分を見せた事がないことは、何となく悟っている。
ルートヴィヒの一番近くにいる人物が、何かしらの不満を抱いている──そんな噂になっては、ルートヴィヒの負担になる。
声に出した以上、どこから漏れるか分からない。そういった可能性になるかもしれない相手に、愚痴めいたことを零すことは絶対にないだろう。
同時にそれは、アルノシトに対する気遣いでもある。不要な情報を得ることで、要らぬ心配をかけぬように。多分、エトガルは自然にそれをやっているのだ。誰に対しても。
だから、エトガルに対しては不満よりも──
「……凄いなぁ」
素直な感嘆の言葉が零れた。聞き取れなかったのか、首を傾げるエトガルに何でもない、と答えてから前を見る。
既に目的地であるルートヴィヒの屋敷の壁は見えている。到着までに、もう一度自分の考えをまとめておこうと深呼吸をした。
24時間、いつでもいい、とは言われているが、流石に深夜や早朝にかかる時間にはかけづらい。そもそも、今の時間でも彼は仕事をしている可能性が高いから、出なければ明日改めよう──と思案している間に
『もしもし?』
受話器越しに聞こえる声は少し疲れ気味ではあるが、本人。ほっと息を吐き出すと、相談したいことがあるから時間が欲しい、と伝えた。
『──明日の夜……ではどうだろうか?』
忙しい相手だから、数日はかかるかと思ったが、思いのほか早い日取りに、思わず、え、と声を出してしまった。
『都合が悪いなら──』
「い、いえ!大丈夫です!有難うございます!」
慌てて受話器を持ったまま頭を下げてしまった。ふ、と受話器越しに緩む気配。エトガルが迎えに行くから、指定する場所まで来て欲しい、と告げられた後、電話は切れる。
受話器を置いた後、アルノシトは大きく息を吐き出した。
────相談しなさい、と言われたけれど。何を言えばいいんだろうか。
言いたい事は沢山あるはずなのに。言葉が上手くまとまらない。ルートヴィヒに出会わなければ、悩んだりはしなかっただろう。
自室へと戻る前に祖父へ明日出かけることを告げた。
夕飯は──要らない。
返事の前に少し間をおいてしまったが、特に気にする様子もない。自室へと戻ったアルノシトは、ベッドに腰を下ろすとぼんやりと天井を見上げる。
祖父が引退する──いまだ現実感がない。子供の頃から後を継ぐ、と思ってはいたが、心のどこかでずっと祖父と一緒にいる──なんて考えていたのかも知れない。
同時に愛犬のことも。両親が亡くなった後、祖父母に引き取られる前から、ここには遊びに来ていた。
だから、彼らが飼う犬の名前が代々「ジーク」だという事も知っているし、代替わりする経験も初めてではない。ただ──今のジークは自分にとっては、子供の頃から一緒にいた幼馴染のような存在。
二人──正確には一人と一匹──がいなくなった後、自分はどうやって生活するのか。
どうにも思い浮かばなくて溜息をつく。
「……甘えてばっかりだな。俺」
祖父にも。愛犬にも。そして──ルートヴィヒにも。
明日、会うまでに全てまとめられるとは思わないが、もう少しきちんと現実を見て考えなければ。
そう思いながら眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日。一日の作業を終えた後、指定された場所へと。人通りが多い分、車も時々は通り過ぎる。自宅の周辺では、車そのものがあまり通らないから、こういった場所の方が目立たないのかも知れない。
なんてぼんやりと考えていると、自分の近くで止まる車。
「……あ」
運転席にはエトガルの姿。呼ばれる前に近づいて、自分でドアを開けて助手席に乗り込む。
「堪忍なぁ。ちょっと仕事忙しかってん」
運転していたエトガルがこちらを見て頭を下げてくる。柔らかい声にアルノシトも自然と表情を緩める。
「とんでもないです。俺こそすみません、急に」
普段はルートヴィヒの運転手として常に傍に居る彼が忙しいということは、ルートヴィヒも忙しいのだろう。自分のために時間を作って貰ったことが嬉しいと同時に申し訳なくもあり、自然と眉が下がる。
「それは気にせんでええて。ほな、出すで」
沈んだ表情に明るい声が返って来る。やや性急とも言える動きで車を発進させるエトガルの横顔をちらっと見る。
「……あの、エトガルさん。聞いてもいいですか?」
「うん?」
無言で続きを促されて、少し躊躇ってから口を開く。
「エトガルさんは……どうして、ルートヴィヒさんの運転手になったんですか?」
思ってもいなかった質問だったのだろう。前を見たままの彼の眼が軽く見開いた。忙しなく瞬きをした後、いつもの表情に戻る。
「俺は親父──爺さんの代から、ルーん家の運転手しとったからなぁ」
子供の頃から、将来は立派な運転手になれ、と言われて育ったし、それ以外考えなかった。
緩い口調で返って来る答えに、アルノシトは目を伏せる。
「その……別の仕事をしたいな、って思ったことは?」
「ないなぁ」
間髪入れずに返って来る答え。質問を重ねようとしてやめる。
もし。彼がルートヴィヒの運転手以外の仕事をしたいと思っていたとしても、自分には絶対に言わないだろう。
エトガルの人柄──性格も、彼の気遣いにも、普段の言動にも親しみを感じているし、信頼もしている。
でも──彼が自分に本心や本音といったの深い部分を見せた事がないことは、何となく悟っている。
ルートヴィヒの一番近くにいる人物が、何かしらの不満を抱いている──そんな噂になっては、ルートヴィヒの負担になる。
声に出した以上、どこから漏れるか分からない。そういった可能性になるかもしれない相手に、愚痴めいたことを零すことは絶対にないだろう。
同時にそれは、アルノシトに対する気遣いでもある。不要な情報を得ることで、要らぬ心配をかけぬように。多分、エトガルは自然にそれをやっているのだ。誰に対しても。
だから、エトガルに対しては不満よりも──
「……凄いなぁ」
素直な感嘆の言葉が零れた。聞き取れなかったのか、首を傾げるエトガルに何でもない、と答えてから前を見る。
既に目的地であるルートヴィヒの屋敷の壁は見えている。到着までに、もう一度自分の考えをまとめておこうと深呼吸をした。
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