254 / 384
4、奪還のベリル
251、大人たちの世界は、怖いですね。エリオット殿下?
しおりを挟む
「それは毒ですよ、世話が焼けますね」
と、空気から染み出たように姿を現した『自称・紅国の預言者』少年魔法使いは、本日はローブ姿であった。
「ど、毒……っ?」
恐々とコーヒーカップを置くと、リッチモンド・ノーウィッチ外交官があわてて警備兵を呼びつけた。
「陛下のカップに、毒が!」
ジーナが真っ青になって「私は毒なんて盛っていません!」と叫ぶ。
まさか、ジーナに限ってフィロシュネーのカップに毒などは盛らないだろう。
「大丈夫よ、ジーナ。わたくしはあなたを疑いません。……でも、カップやコーヒー豆に誰かがなにかをしたかどうかを調べたりするときに、あなたにもお話を聞く必要が出てくることは、あるかも」
「はい、フィロシュネー様……。も、申し訳ございません。私が毒に気付かず、大変なことになるところでした……っ」
顔色を失い、涙ぐむジーナを休ませて、フィロシュネーは「もしかしたら、わたくしは死ぬかもしれないところだったのかしら」とどきどきした。
「お兄様も、こんな風に暗殺されそうになっていたのかしら?」
「さあ。姫の場合は、やはり女王というのが気に入らない方々がいらっしゃるのでしょうね」
少年魔法使いはそう言って、手に持っていた荷袋からいくつかの道具を取り出し、テーブルに並べた。
「ご要望通りに、入手いたしました」
少年魔法使いが並べてくれたのは、多神教文化である紅国の神殿が、それぞれの神の入信者に与える聖印だ。
月や本の形をした聖印は、石や珍しいエルフの森の霊木を素材にしている。
……フィロシュネーは、それが『魔導具』だと知っている。
「どれがどの神の聖印で、修行を積んだ入信者がどのような『奇跡の魔法』を行使できるかをご説明しましょうか」
「奇跡の魔法の行使のときに唱える、聖句もわかるかしら」
「報告書にまとめてあります」
少年魔法使いは、淡々とした口調で教えてくれた。
「月神ヴィニュエスは『月光の加護』という暗視の魔法。月神ルエトリーは『月舟の影』……白昼夢、幻を魅せる魔法です。
太陽神ソルスティスは『太陽の炎』、灼熱の炎を生み出す魔法。
自然神ナチュラは『緑の友』、亜人エルフ族のように植物と会話ができる魔法ですね。
天空神アエロカエルスは『揺籠の雲』、紅都を守っている霧のように、守護の力を持つ結界を張る魔法。
知識神トールは『知識の共振』、知識の共振 - 知識を共有するだけでなく、周囲の人々と知識を共有することができます。
商業神ルートは『神聖な契約』、契約書をつくり、破ったものに神罰を与える魔法ですね。死の神コルテは……」
ひととおり説明を聞き、フィロシュネーは聖印をいただいた。
「活用いたしますわ。ありがとうございます。紅国は、国内が穏やかではないご様子ね。わたくし、女王派に情報提供をして、お役立ていただけて決着するものとばかり思ったのですけれど。違うのかしら」
先ほどリッチモンド・ノーウィッチ外交官がもたらした情報を伝えれば、少年魔法使いは腕を組んで背を向けた。
「エリオット殿下には政治がわからず、感情的です。あの殿下がいつアルメイダ侯爵に手懐けられたかは知りませんが、悪い大人とはいつも物事の良しあしがわからない子どもを甘い飴玉でたぶらかすのですよ」
『歳も離れている俺があまり姫に愛を囁いて誘惑するのも、悪い大人になった気分で好ましく思えません』
――いつかサイラスに言われた言葉が、そのときの声色と一緒に脳裏に蘇る。
フィロシュネーはその言葉に、「この魔法使いはやはりサイラスに違いない」と思った。
「あなたも、わたくし相手に自分がそうだと思っていらっしゃるわね」
「……」
少年魔法使いは、なにも言わなかった。
フィロシュネーは独り言でも言うように、言葉を続けた。
「わたくしも、お姫さまには政治がわからず、感情的だと言われていますわ。そう考えるとエリオット殿下に親近感が湧きますわね」
ぎょっとした様子で少年魔法使いが振り返るので、フィロシュネーは笑った。
「もちろん、青王フィロシュネーはアリアンナ・ローズ女王陛下の味方です。……ご安心くださいな」
しかし、青国は自国のことで精一杯だ。
それに、情報提供以上の支援は内政干渉とも受け取られかねない。
「具体的な支援ができるかどうかはわかりませんが、女王陛下が健康を取り戻されて、政争が落ち着き、貴国がはやく落ち着くように祈っていますわ」
少年魔法使いは、その言葉に微笑んだ。
褐色の手が目元を覆う仮面にかかり、フィロシュネーはどきりとしながら言葉を待った。
「俺はその祈りを移ろいの石に捧げましょう。ですから、姫が心配することはありません」
これは、間違いなくサイラスだ。
フィロシュネーは、その声に奇妙な違和感を感じてぞくりと肌を粟立たせた。
いつもの不遜な感じに、傲慢さを足して。
なんだか自分が神様にでもなったような、世の中のすべてを見下しているような、よくない――怖い感じがしたのだ。
「やだ」
ぽつりと素直な声が出る。
自分でも、幼いと思ってしまうような声だった。
「は?」
少年魔法使いも、首をかしげている。
「……いかがなさいましたか。姫」
少年の声色が、すこしだけ優しく人間味を増したように思えて、フィロシュネーは少しだけ安堵した。
「わたくし、祈りません。だから、あなたは石に祈りを捧げるのをやめて」
自分がなにを言っているのか、よくわからないまま、感情的に言い放つ。
ああ、これではエリオットと同じでは? そう思い、フィロシュネーはエリオットへの親近感をますます強めた。
(お手紙でも書いてみようかしら)
――大人たちの世界は、怖いですね。エリオット殿下。
わたくしたちも、大人になっていくのですね。エリオット殿下……。
「……毒殺騒動などがあって休憩を多く取ってしまいましたけれど、わたくしは青王として政務に励まないといけません。紅国の預言者さん、お話はまたあとで」
休憩を切り上げて、フィロシュネーは机に向かった。
――そして後日、青国は空国と合同で『騎士たちの崇高なる人道と騎士道を観覧する会』を開催した。
長い会の名前を省略すると、『騎士道観覧会』――という名の、模擬戦大会である。
と、空気から染み出たように姿を現した『自称・紅国の預言者』少年魔法使いは、本日はローブ姿であった。
「ど、毒……っ?」
恐々とコーヒーカップを置くと、リッチモンド・ノーウィッチ外交官があわてて警備兵を呼びつけた。
「陛下のカップに、毒が!」
ジーナが真っ青になって「私は毒なんて盛っていません!」と叫ぶ。
まさか、ジーナに限ってフィロシュネーのカップに毒などは盛らないだろう。
「大丈夫よ、ジーナ。わたくしはあなたを疑いません。……でも、カップやコーヒー豆に誰かがなにかをしたかどうかを調べたりするときに、あなたにもお話を聞く必要が出てくることは、あるかも」
「はい、フィロシュネー様……。も、申し訳ございません。私が毒に気付かず、大変なことになるところでした……っ」
顔色を失い、涙ぐむジーナを休ませて、フィロシュネーは「もしかしたら、わたくしは死ぬかもしれないところだったのかしら」とどきどきした。
「お兄様も、こんな風に暗殺されそうになっていたのかしら?」
「さあ。姫の場合は、やはり女王というのが気に入らない方々がいらっしゃるのでしょうね」
少年魔法使いはそう言って、手に持っていた荷袋からいくつかの道具を取り出し、テーブルに並べた。
「ご要望通りに、入手いたしました」
少年魔法使いが並べてくれたのは、多神教文化である紅国の神殿が、それぞれの神の入信者に与える聖印だ。
月や本の形をした聖印は、石や珍しいエルフの森の霊木を素材にしている。
……フィロシュネーは、それが『魔導具』だと知っている。
「どれがどの神の聖印で、修行を積んだ入信者がどのような『奇跡の魔法』を行使できるかをご説明しましょうか」
「奇跡の魔法の行使のときに唱える、聖句もわかるかしら」
「報告書にまとめてあります」
少年魔法使いは、淡々とした口調で教えてくれた。
「月神ヴィニュエスは『月光の加護』という暗視の魔法。月神ルエトリーは『月舟の影』……白昼夢、幻を魅せる魔法です。
太陽神ソルスティスは『太陽の炎』、灼熱の炎を生み出す魔法。
自然神ナチュラは『緑の友』、亜人エルフ族のように植物と会話ができる魔法ですね。
天空神アエロカエルスは『揺籠の雲』、紅都を守っている霧のように、守護の力を持つ結界を張る魔法。
知識神トールは『知識の共振』、知識の共振 - 知識を共有するだけでなく、周囲の人々と知識を共有することができます。
商業神ルートは『神聖な契約』、契約書をつくり、破ったものに神罰を与える魔法ですね。死の神コルテは……」
ひととおり説明を聞き、フィロシュネーは聖印をいただいた。
「活用いたしますわ。ありがとうございます。紅国は、国内が穏やかではないご様子ね。わたくし、女王派に情報提供をして、お役立ていただけて決着するものとばかり思ったのですけれど。違うのかしら」
先ほどリッチモンド・ノーウィッチ外交官がもたらした情報を伝えれば、少年魔法使いは腕を組んで背を向けた。
「エリオット殿下には政治がわからず、感情的です。あの殿下がいつアルメイダ侯爵に手懐けられたかは知りませんが、悪い大人とはいつも物事の良しあしがわからない子どもを甘い飴玉でたぶらかすのですよ」
『歳も離れている俺があまり姫に愛を囁いて誘惑するのも、悪い大人になった気分で好ましく思えません』
――いつかサイラスに言われた言葉が、そのときの声色と一緒に脳裏に蘇る。
フィロシュネーはその言葉に、「この魔法使いはやはりサイラスに違いない」と思った。
「あなたも、わたくし相手に自分がそうだと思っていらっしゃるわね」
「……」
少年魔法使いは、なにも言わなかった。
フィロシュネーは独り言でも言うように、言葉を続けた。
「わたくしも、お姫さまには政治がわからず、感情的だと言われていますわ。そう考えるとエリオット殿下に親近感が湧きますわね」
ぎょっとした様子で少年魔法使いが振り返るので、フィロシュネーは笑った。
「もちろん、青王フィロシュネーはアリアンナ・ローズ女王陛下の味方です。……ご安心くださいな」
しかし、青国は自国のことで精一杯だ。
それに、情報提供以上の支援は内政干渉とも受け取られかねない。
「具体的な支援ができるかどうかはわかりませんが、女王陛下が健康を取り戻されて、政争が落ち着き、貴国がはやく落ち着くように祈っていますわ」
少年魔法使いは、その言葉に微笑んだ。
褐色の手が目元を覆う仮面にかかり、フィロシュネーはどきりとしながら言葉を待った。
「俺はその祈りを移ろいの石に捧げましょう。ですから、姫が心配することはありません」
これは、間違いなくサイラスだ。
フィロシュネーは、その声に奇妙な違和感を感じてぞくりと肌を粟立たせた。
いつもの不遜な感じに、傲慢さを足して。
なんだか自分が神様にでもなったような、世の中のすべてを見下しているような、よくない――怖い感じがしたのだ。
「やだ」
ぽつりと素直な声が出る。
自分でも、幼いと思ってしまうような声だった。
「は?」
少年魔法使いも、首をかしげている。
「……いかがなさいましたか。姫」
少年の声色が、すこしだけ優しく人間味を増したように思えて、フィロシュネーは少しだけ安堵した。
「わたくし、祈りません。だから、あなたは石に祈りを捧げるのをやめて」
自分がなにを言っているのか、よくわからないまま、感情的に言い放つ。
ああ、これではエリオットと同じでは? そう思い、フィロシュネーはエリオットへの親近感をますます強めた。
(お手紙でも書いてみようかしら)
――大人たちの世界は、怖いですね。エリオット殿下。
わたくしたちも、大人になっていくのですね。エリオット殿下……。
「……毒殺騒動などがあって休憩を多く取ってしまいましたけれど、わたくしは青王として政務に励まないといけません。紅国の預言者さん、お話はまたあとで」
休憩を切り上げて、フィロシュネーは机に向かった。
――そして後日、青国は空国と合同で『騎士たちの崇高なる人道と騎士道を観覧する会』を開催した。
長い会の名前を省略すると、『騎士道観覧会』――という名の、模擬戦大会である。
0
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。
珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました
Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、
あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。
ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。
けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。
『我慢するしかない』
『彼女といると疲れる』
私はルパート様に嫌われていたの?
本当は厭わしく思っていたの?
だから私は決めました。
あなたを忘れようと…
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる