上 下
255 / 384
4、奪還のベリル

252、騎士道観覧会1~六歳の子爵は、自分の竜騎士に負けてほしい/ バルトゥスの息子は敗者を描きたい

しおりを挟む

 青国は空国と合同で『騎士たちの崇高なる人道と騎士道を観覧する会』を開催した。
 長い会の名前を省略すると、『騎士道観覧会』――という名の、模擬戦大会である。
 
 青国の王族の血をちょっとだけ引いていて、王位継承権を持っているフィリップ・ローズモンシェ子爵――六歳は、その日、お気に入りの竜騎士ジークの腕に青いリボンを結んで晴れの舞台へと送り出した。

「勝利を我が君、フィリップ様に!」
 竜騎士ジーク・バルトは、負けるとは思っていない力強い声で、白い歯を見せてニカッと笑い、勝利を約束してくれた。

 風がさわさわと吹いて、フィリップの耳に子どもの声が聞こえてくる。

「パパは、勝ったひとを描くの」
「仕事だからな。パパの絵は、勝者を讃える絵になるのだ」
「あのね、ぼく、負けるひとを描くよ」

 画材をいっしょに広げて、これから絵を描くらしき父親と子供が、仲良さそうに会話している。

「フィリップ様。ステージの中央に移動するお時間です」
「うん」

 風が大空へと翔けていく。
 フィリップは「自分の竜騎士ジークが負けるといい」と思った。

『フィリップ様。また負けてしまいました。申し訳ございません』
 
 フィリップの騎士ジークは、あまり強くないらしい。剣技の試合で負けてしょんぼりして謝ってきたのを、覚えている。剣が下手なのを気にしていて、一生懸命、毎日剣の素振りをしていた。手は皮が厚くなっていて、剣タコでいっぱいで、たまに血がにじむ包帯を巻いていた。
 
 ジークは頼もしい。肩車だってしてくれる。
 フィリップが泣くと、おろおろとハンカチを目元にあてて「泣き止んでください」などと言う。

 フィリップのために笛を吹いてくれて、フィリップが踊ると「お上手ですよ」と褒めてくれる。
 ちょっと不器用で、優しくて穏やかな騎士――そんな自分の騎士ジークのことが、フィリップは大好きだった。

 けれど、騎士ジークはドラゴンを相棒として獲得して竜騎士になってから、変わってしまった。少しずつ、少しずつ。
 
『フィリップ様。あなたの騎士を誇るといい。俺は、すごいのです』

 ジークは剣の鍛錬をやめて、ふんぞり返るようになった。自分はすごいぞ、えらいんだぞ、特別なんだぞ、という感情を全身から溢れさせるようになっていった。
 ドラゴンを乗り回し、酒を飲み、べろべろに酔っていたあるときなどは、フィリップにも「あなたにはもったいないくらい、俺は価値のある人材なのですよ」なんて言ったのだ。

『フィリップ様。成功すると、人は変わるのです』
 ジークと良い仲だったメイドが、そう囁いたのを覚えている。

 ……なら、失敗すればいいんだ。そうしたら、また元の優しいジークに戻るんじゃないか。

 フィリップはステージ中央の待機場所でちょこんと座り、自分の騎士がいる東側の陣地を見た。竜騎士団の旗がひるがえり、大きなミストドラゴンたちが相棒騎士たちと一緒に、模擬戦が始まるときを待っている……。

 * * *

「なんとか、模擬戦が実現しましたわね」

 青王フィロシュネーは観覧席に落ち着き、会場を見渡した。隣には、二国の友好をアピールするように空王ハルシオンが座っている。
 
 場所は、レクシオ山のふもと。
 広大な会場の北側の観覧席には、青国と空国の王侯貴族が寛いでいる。
南側は、二国の民を中心として、旅人などもまざっている一般客の観覧スペースで、商魂たくましい商人たちが屋台を出している。

北と南の観覧席から観覧できるステージは、東側と西側に騎士たちが集まる拠点が用意されている。『拠点』という看板が立てられていて、わかりやすい。
 東側は竜騎士、西側は竜をもたない騎士だ。

 司会進行役が拡声魔導具を手に、声を響かせる。
 
「皆さま、本日はお集りいただき、まことにありがとうございますっ。この模擬戦は、騎士たちの崇高な志や日頃の研鑽による剣技をたたえる目的。そして、騎士たちに初心を思い出し、国のため民のために騎士道を歩んでいただきたい、という目的にて、開催されることとなりました!」

 広い会場に、ワアアァァッ、と歓声と拍手が湧く。
 
「さて、ルールを説明いたしましょうっ」

 司会進行役は、溌剌はつらつとした笑顔で説明を始めた。

「ステージの説明です! まず、ステージ中央エリアに、騎士たちにとっての大切な方々――家族や恋人、良好な関係の主君などが集められています!」

 ステージ中央は、一定の時間が過ぎると爆発する――という、シチュエーション設定らしい。
 実際に爆発はしないが、それを想定して危地にいる大切な人を救助せよ、というわけだ。

「東と西に陣取る騎士たちは、それぞれ選抜された十名が小隊としてまとまって行動します。東西同時にスタートしたのち、彼らは自拠点から中央側へと進んでいきます。もちろん、走るだけで目的地にたどり着くのではつまらなーいっ。まったく同じ障害が、東西の進行道中二か所に用意されておりますっ」

 最初の関門は、空国の呪術の名家で知られるブラックタロン家が有名商会であるカントループ商会と共同制作した、魔導剣士人形。
 なんと、意思をもたぬ人形が剣を持って戦うらしい。騎士たちは人形の群れを突破し、先に進むことになる。

「この魔導剣士人形は地上にもいますし、空中にもいます。竜騎士がドラゴンを駆り、魔導剣士人形の群れを華麗に突破する姿が見ものでしょうか? いや~、楽しみですね!」

 ワアワアと歓声があがる中、ちらほらと「竜騎士は負けろ」という声があがっていたりする。そばに控えていたシフォン補佐官が、こっそりと耳打ちした。

「日頃の行いが祟って、竜騎士は不人気なようです」
「そうではないかと思いましたわ」

 残念な現実だ。フィロシュネーはため息を押し殺した。
 
 ドラゴン自体には罪がなく、竜騎士は戦力として優秀だ。
 なので、彼らの自意識をもう少し改善して行いを改めてもらいつつ、民にも「竜騎士は今までは無法者だったが、反省したのだな、これから変わるのだな」と思ってもらわなければ。

「第二関門は、人道・騎士道にのっとって自分の進む道を選ぶ迷路となっておりますっ。こちらは分岐路に魔法使いや呪術師を配置しており、道を選ぼうと悩む騎士たちの様子を映像として観客の皆さまにお見せしちゃいます!」

 司会進行役が明るく、楽しいイベントを盛り上げるようにアナウンスして、運命の模擬戦は幕を開けた。

 西側の騎士小隊で竜を持たぬ騎士たちを率いるのは、リュート・アインベルグ侯爵公子。
 東側の騎士小隊で竜騎士たちを率いるのは、ジーク・バルトという平民出身の竜騎士だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

私のお母様に惚れた?私のお母様はお義母様で、お父様なのよ

京月
恋愛
ジークはレレイナのお母様に恋をしてしまった。 しかし、お母様には秘密があった。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

処理中です...