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4、奪還のベリル
252、騎士道観覧会1~六歳の子爵は、自分の竜騎士に負けてほしい/ バルトゥスの息子は敗者を描きたい
しおりを挟む青国は空国と合同で『騎士たちの崇高なる人道と騎士道を観覧する会』を開催した。
長い会の名前を省略すると、『騎士道観覧会』――という名の、模擬戦大会である。
青国の王族の血をちょっとだけ引いていて、王位継承権を持っているフィリップ・ローズモンシェ子爵――六歳は、その日、お気に入りの竜騎士ジークの腕に青いリボンを結んで晴れの舞台へと送り出した。
「勝利を我が君、フィリップ様に!」
竜騎士ジーク・バルトは、負けるとは思っていない力強い声で、白い歯を見せてニカッと笑い、勝利を約束してくれた。
風がさわさわと吹いて、フィリップの耳に子どもの声が聞こえてくる。
「パパは、勝ったひとを描くの」
「仕事だからな。パパの絵は、勝者を讃える絵になるのだ」
「あのね、ぼく、負けるひとを描くよ」
画材をいっしょに広げて、これから絵を描くらしき父親と子供が、仲良さそうに会話している。
「フィリップ様。ステージの中央に移動するお時間です」
「うん」
風が大空へと翔けていく。
フィリップは「自分の竜騎士ジークが負けるといい」と思った。
『フィリップ様。また負けてしまいました。申し訳ございません』
フィリップの騎士ジークは、あまり強くないらしい。剣技の試合で負けてしょんぼりして謝ってきたのを、覚えている。剣が下手なのを気にしていて、一生懸命、毎日剣の素振りをしていた。手は皮が厚くなっていて、剣タコでいっぱいで、たまに血がにじむ包帯を巻いていた。
ジークは頼もしい。肩車だってしてくれる。
フィリップが泣くと、おろおろとハンカチを目元にあてて「泣き止んでください」などと言う。
フィリップのために笛を吹いてくれて、フィリップが踊ると「お上手ですよ」と褒めてくれる。
ちょっと不器用で、優しくて穏やかな騎士――そんな自分の騎士ジークのことが、フィリップは大好きだった。
けれど、騎士ジークはドラゴンを相棒として獲得して竜騎士になってから、変わってしまった。少しずつ、少しずつ。
『フィリップ様。あなたの騎士を誇るといい。俺は、すごいのです』
ジークは剣の鍛錬をやめて、ふんぞり返るようになった。自分はすごいぞ、えらいんだぞ、特別なんだぞ、という感情を全身から溢れさせるようになっていった。
ドラゴンを乗り回し、酒を飲み、べろべろに酔っていたあるときなどは、フィリップにも「あなたにはもったいないくらい、俺は価値のある人材なのですよ」なんて言ったのだ。
『フィリップ様。成功すると、人は変わるのです』
ジークと良い仲だったメイドが、そう囁いたのを覚えている。
……なら、失敗すればいいんだ。そうしたら、また元の優しいジークに戻るんじゃないか。
フィリップはステージ中央の待機場所でちょこんと座り、自分の騎士がいる東側の陣地を見た。竜騎士団の旗がひるがえり、大きなミストドラゴンたちが相棒騎士たちと一緒に、模擬戦が始まるときを待っている……。
* * *
「なんとか、模擬戦が実現しましたわね」
青王フィロシュネーは観覧席に落ち着き、会場を見渡した。隣には、二国の友好をアピールするように空王ハルシオンが座っている。
場所は、レクシオ山のふもと。
広大な会場の北側の観覧席には、青国と空国の王侯貴族が寛いでいる。
南側は、二国の民を中心として、旅人などもまざっている一般客の観覧スペースで、商魂たくましい商人たちが屋台を出している。
北と南の観覧席から観覧できるステージは、東側と西側に騎士たちが集まる拠点が用意されている。『拠点』という看板が立てられていて、わかりやすい。
東側は竜騎士、西側は竜をもたない騎士だ。
司会進行役が拡声魔導具を手に、声を響かせる。
「皆さま、本日はお集りいただき、まことにありがとうございますっ。この模擬戦は、騎士たちの崇高な志や日頃の研鑽による剣技をたたえる目的。そして、騎士たちに初心を思い出し、国のため民のために騎士道を歩んでいただきたい、という目的にて、開催されることとなりました!」
広い会場に、ワアアァァッ、と歓声と拍手が湧く。
「さて、ルールを説明いたしましょうっ」
司会進行役は、溌剌とした笑顔で説明を始めた。
「ステージの説明です! まず、ステージ中央エリアに、騎士たちにとっての大切な方々――家族や恋人、良好な関係の主君などが集められています!」
ステージ中央は、一定の時間が過ぎると爆発する――という、シチュエーション設定らしい。
実際に爆発はしないが、それを想定して危地にいる大切な人を救助せよ、というわけだ。
「東と西に陣取る騎士たちは、それぞれ選抜された十名が小隊としてまとまって行動します。東西同時にスタートしたのち、彼らは自拠点から中央側へと進んでいきます。もちろん、走るだけで目的地にたどり着くのではつまらなーいっ。まったく同じ障害が、東西の進行道中二か所に用意されておりますっ」
最初の関門は、空国の呪術の名家で知られるブラックタロン家が有名商会であるカントループ商会と共同制作した、魔導剣士人形。
なんと、意思をもたぬ人形が剣を持って戦うらしい。騎士たちは人形の群れを突破し、先に進むことになる。
「この魔導剣士人形は地上にもいますし、空中にもいます。竜騎士がドラゴンを駆り、魔導剣士人形の群れを華麗に突破する姿が見ものでしょうか? いや~、楽しみですね!」
ワアワアと歓声があがる中、ちらほらと「竜騎士は負けろ」という声があがっていたりする。そばに控えていたシフォン補佐官が、こっそりと耳打ちした。
「日頃の行いが祟って、竜騎士は不人気なようです」
「そうではないかと思いましたわ」
残念な現実だ。フィロシュネーはため息を押し殺した。
ドラゴン自体には罪がなく、竜騎士は戦力として優秀だ。
なので、彼らの自意識をもう少し改善して行いを改めてもらいつつ、民にも「竜騎士は今までは無法者だったが、反省したのだな、これから変わるのだな」と思ってもらわなければ。
「第二関門は、人道・騎士道にのっとって自分の進む道を選ぶ迷路となっておりますっ。こちらは分岐路に魔法使いや呪術師を配置しており、道を選ぼうと悩む騎士たちの様子を映像として観客の皆さまにお見せしちゃいます!」
司会進行役が明るく、楽しいイベントを盛り上げるようにアナウンスして、運命の模擬戦は幕を開けた。
西側の騎士小隊で竜を持たぬ騎士たちを率いるのは、リュート・アインベルグ侯爵公子。
東側の騎士小隊で竜騎士たちを率いるのは、ジーク・バルトという平民出身の竜騎士だ。
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