紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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―小生意気なあの娘に噛まれて、傷ついた唇を舐めた。舌は無事だったが下唇がやられた。


あの娘の母親と同じ髪色、眼の色の癖に……可愛くねぇ…と言いながらも、顔は笑っていた。





24歳頃、政略結婚の話がきた。
軍事の面で頭角を現し始めていた頃だ、だが今と違って小国だったバクルー国に、何の得もないだろうに、政略結婚を言ってくるノーフォーク国に興味が湧き…。俺はお忍びでノーフォーク国に入った。



相手は、ノーフォーク王の妹 リリス王女…絵姿も見なかった、あれは当てにならない。何度…お前、誰?ということがあったからだ。


当時、美丈夫のマールバラ王が伴侶を探していて、各国は俺なんかの小国の王など、目に入らなかったんだろう、縁談を持ってくることなどなかった。



要するにマールバラ王のように、引く手あまたじゃなかったということだ。だが、あれのどこがいいか、今でもさっぱりわからん。 《王華》を受け継ぐと、紫の髪と瞳になるらしい、そして子供ができるまでは年齢も20代後半で止まり、あらゆる国をまわって結婚相手を探し、その時、気に入った奴がいれば、魅了魔法で虜にし手に入れる…という噂だった。


しかし、子が生まれたら、その子供に何れ《王華》なるものを渡し、そのときに髪の色、瞳の色 が《王華》と共に子に移るらしい。 子を作る為にだけに生きてるって感じだ。
笑えることに相手が見つからず、100年近くうろうろ世界を回っていた歴代の王もいたらしいが、もうそこまできたら化け物だなぁ。


バクルー王は首を振り、まぁ…いいさと呟くと、また昔に思いを馳せた。



そうだ。城にはさすがに入り込みにくいと思っていたんだ。だが、ブランドン公爵家に頻繁にリリス王女が、出入りしていると聞いて忍び込んだ…。今でも笑ってしまう。



当時のブランドン公爵家の警備は甘く、警備兵の格好だと簡単に入れた。
他人事ながらもっと気をつけろよと言いたくなる位だ。

裏庭から忍び込んだ俺は、大きな楠の上で周りを見ていたら、侍女たちが、慌ただしく動いていた。どうやらお茶会の準備みたいだなぁとぼんやり見ていたら…その時だった。

「警備、ご苦労様」と楠の下から女性の声がした。真っ赤な髪の少女だった。

「ねぇ、私も上に上がってもいいかしら?一度、この高い木の上からお庭を見たかったの。」

と矢継ぎ早に話しかけてきた、俺は人に見られることを恐れ、

「い……いいですよ」と俺らしくもないくらい動揺して木から降り、少女を抱え、すぐさま木に登った。

少女は暢気な声で「わぁ…すごい。いつもこんな景色が見られていいわね。」と俺に笑い、緑色の瞳がくるくると動き好奇心旺盛に景色を見ていたのだが、俺を見て次第に曇りだした。

「その怪我…顔の怪我…痛かったでしょう。どこで…?」

「いや、大したことはないです…ちょっとした戦で…」と俺は彼女の眼が曇ったことで焦った。彼女の緑の瞳を曇らせたことが嫌だった。下を向いた俺に、彼女は傷のある俺の左目の下から唇にかけて、そっと触り
「国の為に負った傷なのね、ありがとう。」と言ったのだ。



呆然としている俺に、にっこり笑って
「木の上って素敵ね。でももう行かなくちゃ…ブランドン公爵夫人にまた叱られるもの。警備兵さん、ありがとう。」と言って、木の上から飛び降りようとした。


俺は慌てて彼女を抱きしめ「無理だ!待ってろ!」といつもの傍若無人な言い方になってしまったが、彼女は気にした様子もなく「ありがとう」って言って、おとなしく俺に抱かれて木を降りた。




手を振って駆けていく少女を見ていた。

なんだか、毒気を抜かれた気がした。俺はリリス王女の顔を見にノーフォークに来たのに、もうどうでも良くなった。それから後、ノーフォーク国からリリス王女が病気の為、縁談を取りやめたいとの親書が来た。かわりに侯爵家の娘の縁談を持ってきたが、その娘が栗色の髪と聞いた途端、すぐに断った。

まぁ、後でわかったことだが、リリス王女はあれからマールバラ王に見初められたらしい…。どうせ魅了魔法で攫ったようなものなんだろうが、マールバラ王国に嫁いでいった。



…気の毒なことだ。

まぁ、王族なら政略結婚は当たり前だからなぁ。



ノーフォーク王も得したものだ。マールバラ王国に、結界を張ってもらたんだからなぁ。
まぁ、いいさ…マールバラ王に誰もが縁談を持ち込む中、俺のところになんかに持ち込まれた縁談に、ちょっと気になっただけだ。どうでもいいさ、それよりあの少女は誰だったんだろう。
ブランドン公爵夫人とつながりがあるようだったが、せめて名前ぐらい…いや…まぁいいさ、どうでも。




あの出会いから…数年後だった。

マールバラ王国の双子の片割れから、国を潰して欲しい、土地も金もなんでも好きなだけ取っていいから…ただひとつだけ前王だけ、兄だけは殺さなければ、後はどうでもいいからという内容の密書がきた。


なんだ、これ?と笑えた…この女バカか…と久しぶりに大笑いだった。
マールバラ王国には、恐ろしく頑丈な王の結界があって入れない、ところが、この密書を送ったバカな女は、マールバラ王国に入れるように手引きすると言って、あとは内側から壊せばいいと…外敵にあったことがないから簡単よ。とまで言ったきた。確かに簡単だ…領地が増え、金品が入るなら、まぁやってもいいか、だが本当は別にどうでも良かった。



マールバラ王国はあの魔法が使える王がいて価値があるんだ。いなくなったらなんの価値も魅力もない…。



だがマールバラ王国を手に入れれば、ノーフォーク国が…隣国になる。
海に面した町は貿易が盛んで、山に面した村は貴重な鉱物がとれる。

そして…彼女がまだいるかもしれない…いや、もう結婚しているだろうなぁ…。

たった一度、会っただけの少女が懐かしい。
少女を思い出すと、俺に向けられたやさしい気持ちも思い出す。

王として、やさしいだけではいられない…むしろ非情なことばかりだ。
こちらが、やさしい気持ちで接してないのだから、相手や相手国もそんな気持ちなどあるわけがないのだが。



嘘と誠の駆け引きだ。それが国を守る為の常識だ。

だからなのか…やさしい気持ちを向けられた事などなかったから、あの時のことが、忘れられないのか。


傷のある俺の左目の下から唇にかけて、そっと触り「国の為に負った傷なのね、ありがとう…」と言った。あの少女が…忘れられなかった。

リリス王女がマールバラ王に嫁いだことは知っていた。だがあの少女とは結び付かなかった。

だが……マールバラ王国の王の寝室で眠る様に死んでいた王妃を見て愕然とした。ブランドン公爵家で会ったのだから、それなりの令嬢だとはわかっていたのに、どうしてリリス王女だとは考えなかったのだ。


いや…心のどこかで考えたくなかったのだ。


可哀想に…マールバラ王の魅了魔法で虜にさせられて…結婚し、最後はこれか…。

魔法で心を支配された彼女を哀れに思い、亡骸を…長い間、見つめていた。





初恋というほど、身を焦がしたわけではないが、ひとりの女を何年も忘れずいるところはある意味、 初恋だったのかもしれない。

噛み付かれた唇をまた舐め。

エリザベスやパメラを笑えないなぁ…初恋を拗らせているところは、俺も同じかも知れん…だが、今度は、手に入れたい。その、赤い髪と緑の瞳を手に入れてみたい。そのチャンスが今、目の前にあるのだから。








アークフリードとエリザベスの偽者の側をそっと離れ、パメラはバクルー王を追いかけ、ガゼボでバクルー王とエリザベスの口づけを見た…。バクルー王が他の女と交わす、熱い情交もみたことがあるのに、口づけぐらいで動揺してしまったのは、あの口づけがバクルー王がエリザベスに乞う様な口づけのように見えたからだ。

パメラはうろたえた…こんなに胸が苦しく感じることに…。



動揺する心を抑え、計画通りにエリザベスの偽者を侯爵家に入れ込んだ…が、なんだろう…これは。

うまくいっているのに…この落ち着かない気持ちは…この胸の苦しさはいったい…。



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