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結婚までの7日間 Lucian & Rosalie
7日目㉛
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ナダルは縋るように、自分の手をウィンスレット侯爵へと伸ばし
「侯爵、俺はまともじゃない。あの荘厳な曲を聞いてから頭の中でヒューゴの声が《ルシアンを殺せ》と聞こえ、体が自分の言う事を聞かなくなるんだ。今はこの痛みでどうにか正気を保っているが、意識が遠のくと自信がねぇ…。」
「ナダル…。」
「頼む、侯爵。意識が遠のく前に殺ってくれ…。」
ナダルのその覚悟に、一瞬顔を歪めたウィンスレット侯爵だったが
「ナダル、おまえは暗示に掛けられている。だがその暗示を解く鍵が、この曲とわかっているのなら、解く事は可能だ。死を選ぶ必要はない。」
「暗示?暗示を解く?…一体なんだよ?」
「悪いが、その説明は後で…、すぐに救護室に行って、マクドナルド医師にその傷の治療と暗示を解いてもらおう。」
ウィンスレット侯爵の言っていることがわからず、ナダルは戸惑いながらも頷くと
「よく、耐えたな。...」
とナダルを労いの言葉をかけた。だが、ナダルにはウィンスレット侯爵の声に微妙な震えを感じ、その瞬間いやな予感が脳裏をよぎった。
ナダルは血で染まった手で、ゆっくりとウィンスレット侯爵の襟元を掴み
「…侯爵…勝てるよな。俺が、その暗示とやらにかからなかったんだ、勝てる戦いだよな!。」
俯くウィンスレット侯爵に、ナダルはハッとして、視線をルシアンとロザリーへとやり
「ヒューゴが、まだなにか仕掛けているのか?!嘘だろう?嘘だと言ってくれよ!」
ウィンスレット侯爵の襟元を揺らしながら、叫ぶナダルに
「ナダル。時間がないのだ。」
「侯爵…?」
ウィンスレット侯爵はフゥ~と息を吐き、意を決し
「ロザリーが暗示にかかっているから、時間がないのだ!」
「…そんな…。」
ナダルは崩れるように、ウィンスレット侯爵に抱きかかえられると
「ヒューゴはロザリーに…ルシアンを殺らせるつもりなのか…」と言って絶句した。
ロザリーとルシアン。
ブラチフォード国では、一体どちらが強いのだろうと、騎士達の宴によく出る話題だった。もちろん問われるのはウィンスレット侯爵。
だが、ウィンスレット侯爵は(それは師匠である私が一番強い)と答えるものだから、結局に部隊によって、ロザリーであったり、ルシアンであったりとそれぞれ違う。ただその話題の結末は、いつも勝敗ではなく。あのふたりに敵う者はいない。その言葉で締めくくられていた。
ふと、そんな事を思い出したウィンスレット侯爵
(間抜けな答えしかできなかったな。剣を持つ背景は違うが、力が拮抗している二人なら勝敗は状況次第だと思ったから、あのような言い方しかできなかった。)
ナダルを支えながら、ルシアンとロザリーへと視線をやり
(人の上に立つことが宿命だったルシアン殿下、ましてや幼い頃、目の前で信じている者に母親であるスミラ様を殺され、地獄を見たルシアン殿下。その事だけを見れば、ルシアン殿下の方が上。だが剣の太刀筋は恐らく私よりもルシアン殿下よりも、ロザリーの方が上。相手を殺さず表皮だけを大きく切り裂くことができるほどの腕は、一対一の戦いならロザリーは無敵だと言っていいだろう、だが大勢の敵とやる場合、動く相手に致命傷を与えず斬る剣は、より神経を使って剣を振る、その精神力の消耗はすざましい、だから大勢の敵とやる場合には非情になれないロザリーには不利。だから暗示をかけられ、人を殺めることに躊躇しないロザリーはどれほどの腕になるのか…。
ナダルの肩越しに、ロイとミランダ姫が見えたウィンスレット侯爵は、安心したように息を吐くと
「ナダル。悪いが救護室にはロイとミランダ姫とで行ってくれ。」
ルシアンとロザリーを見ながらそう言ったウィンスレット侯爵に、ナダルはゴクンと息を呑み
「…侯爵。あんた…娘を斬るつもりか?」
ウィンスレット侯爵は微笑むと
「二人が真剣に戦えば引き分けはない。いや、軽傷で終わることもないだろう。お互いが死を目にするまで、終わらない戦いとなる。それは勝者のいない戦いだ。ならば…二人の剣の師匠である私がやらねばならん。」
ロザリーがルシアン殿下を、もし殺めることになったら、ロザリーの心は死ぬ。
ルシアン殿下がロザリーを、もし殺めることになったら、ルシアン殿下の心が死ぬ。
ふたりに殺し合いをさせてはならない。
殺意を持ったロザリーの剣は、私にとって最大の敵であろう。だが、やれねばならない。たとえ相打ちになっても、ロザリーを止める。
「侯爵、俺はまともじゃない。あの荘厳な曲を聞いてから頭の中でヒューゴの声が《ルシアンを殺せ》と聞こえ、体が自分の言う事を聞かなくなるんだ。今はこの痛みでどうにか正気を保っているが、意識が遠のくと自信がねぇ…。」
「ナダル…。」
「頼む、侯爵。意識が遠のく前に殺ってくれ…。」
ナダルのその覚悟に、一瞬顔を歪めたウィンスレット侯爵だったが
「ナダル、おまえは暗示に掛けられている。だがその暗示を解く鍵が、この曲とわかっているのなら、解く事は可能だ。死を選ぶ必要はない。」
「暗示?暗示を解く?…一体なんだよ?」
「悪いが、その説明は後で…、すぐに救護室に行って、マクドナルド医師にその傷の治療と暗示を解いてもらおう。」
ウィンスレット侯爵の言っていることがわからず、ナダルは戸惑いながらも頷くと
「よく、耐えたな。...」
とナダルを労いの言葉をかけた。だが、ナダルにはウィンスレット侯爵の声に微妙な震えを感じ、その瞬間いやな予感が脳裏をよぎった。
ナダルは血で染まった手で、ゆっくりとウィンスレット侯爵の襟元を掴み
「…侯爵…勝てるよな。俺が、その暗示とやらにかからなかったんだ、勝てる戦いだよな!。」
俯くウィンスレット侯爵に、ナダルはハッとして、視線をルシアンとロザリーへとやり
「ヒューゴが、まだなにか仕掛けているのか?!嘘だろう?嘘だと言ってくれよ!」
ウィンスレット侯爵の襟元を揺らしながら、叫ぶナダルに
「ナダル。時間がないのだ。」
「侯爵…?」
ウィンスレット侯爵はフゥ~と息を吐き、意を決し
「ロザリーが暗示にかかっているから、時間がないのだ!」
「…そんな…。」
ナダルは崩れるように、ウィンスレット侯爵に抱きかかえられると
「ヒューゴはロザリーに…ルシアンを殺らせるつもりなのか…」と言って絶句した。
ロザリーとルシアン。
ブラチフォード国では、一体どちらが強いのだろうと、騎士達の宴によく出る話題だった。もちろん問われるのはウィンスレット侯爵。
だが、ウィンスレット侯爵は(それは師匠である私が一番強い)と答えるものだから、結局に部隊によって、ロザリーであったり、ルシアンであったりとそれぞれ違う。ただその話題の結末は、いつも勝敗ではなく。あのふたりに敵う者はいない。その言葉で締めくくられていた。
ふと、そんな事を思い出したウィンスレット侯爵
(間抜けな答えしかできなかったな。剣を持つ背景は違うが、力が拮抗している二人なら勝敗は状況次第だと思ったから、あのような言い方しかできなかった。)
ナダルを支えながら、ルシアンとロザリーへと視線をやり
(人の上に立つことが宿命だったルシアン殿下、ましてや幼い頃、目の前で信じている者に母親であるスミラ様を殺され、地獄を見たルシアン殿下。その事だけを見れば、ルシアン殿下の方が上。だが剣の太刀筋は恐らく私よりもルシアン殿下よりも、ロザリーの方が上。相手を殺さず表皮だけを大きく切り裂くことができるほどの腕は、一対一の戦いならロザリーは無敵だと言っていいだろう、だが大勢の敵とやる場合、動く相手に致命傷を与えず斬る剣は、より神経を使って剣を振る、その精神力の消耗はすざましい、だから大勢の敵とやる場合には非情になれないロザリーには不利。だから暗示をかけられ、人を殺めることに躊躇しないロザリーはどれほどの腕になるのか…。
ナダルの肩越しに、ロイとミランダ姫が見えたウィンスレット侯爵は、安心したように息を吐くと
「ナダル。悪いが救護室にはロイとミランダ姫とで行ってくれ。」
ルシアンとロザリーを見ながらそう言ったウィンスレット侯爵に、ナダルはゴクンと息を呑み
「…侯爵。あんた…娘を斬るつもりか?」
ウィンスレット侯爵は微笑むと
「二人が真剣に戦えば引き分けはない。いや、軽傷で終わることもないだろう。お互いが死を目にするまで、終わらない戦いとなる。それは勝者のいない戦いだ。ならば…二人の剣の師匠である私がやらねばならん。」
ロザリーがルシアン殿下を、もし殺めることになったら、ロザリーの心は死ぬ。
ルシアン殿下がロザリーを、もし殺めることになったら、ルシアン殿下の心が死ぬ。
ふたりに殺し合いをさせてはならない。
殺意を持ったロザリーの剣は、私にとって最大の敵であろう。だが、やれねばならない。たとえ相打ちになっても、ロザリーを止める。
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