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第六章:カウントダウンを刻む世界
26:上から目線のカバさん
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腕に抱いていたピンクのカバのぬいぐるみを高い高いするように持ち上げて、ジュゼットが声をかけている。
「カバさん!」
そんな方法で再び現れてくれるのかな、というわたしの予想を裏切って、聞き覚えのある声がした。
「姫さん、どうしたんや?」
うわ! 本当に来た! 来ちゃった! 思わず近くにいた瞳子さんに抱き着く。わかっていても、ぬいぐるみがしゃべることには驚いてしまう。
「あのね、アヤメがカバさんとお話がしたいって」
「ワシとか?」
動くはずのないぬいぐるみに不自然な表情が生まれている。カバさんがニタニタと笑った。もしかすると笑っているつもりはないのかもしれないけれど、もともとが愛嬌のある顔のせいか、そう見えてしまう。
「なんやお嬢ちゃんか」
ジュゼットの腕に抱かれたまま、カバさんがしっかりとわたしを見つめている。わたしは深呼吸してから、すがりついていた瞳子さんから離れた。
「話ってなんやねん?」
「あの、次郎君がカバさんと会ってから何かを思い出したのかもしれなくて、カバさんは何か知っているんじゃないかと思いまして……」
目の前にいるけれど、カバさんは得体の知れない相手である。思わず畏まってしまう。
「思い出したって? ジローくんが? 誰やそれ」
「一郎さんの弟です」
「ああ、イチローの弟。ジロー。……あいつも次元の管理人やな」
「はい」
「ほんだら、思い出したかもしれんなぁ」
カバさんは意味ありげにニタニタと笑っている、ように見えるけれど、わたしがそう感じてしまうだけかもしれない。
「何を思い出しかもしれないんですか? やっぱりカバさんは知っているんですか?」
「もちろんワシは全部知ってるで」
「本当ですか? いったい次郎君は何を思い出したんですか?」
ニタニタと笑っていたカバさんの顔が、まるで考え事があるかのように無表情を取り戻した。
「どういうんかいな、こういうのは」
「え?」
「お嬢ちゃんにとってはアレとちゃうかな。ほら、知らない方が良いこともあるっちゅーヤツや」
「そんなことありません!」
「放っといたりや。どうせこの世界は終わるんやから。今さら掘り起こしても意味ないで」
どうせこの世界は終わるんやから。カバさん、今とてつもない爆弾発言しなかったかな。
「え? カバさん、この世界は終わってしまうんですの?」
「そうやで、姫さん。だから姫さんも帰りたくないとか嘆く必要ないで。どうせもう帰られへんわ」
「帰れない、ですか?」
「そうやで、よかったやんか」
再びカバさんの顔がニタニタと動く。
「でも、世界が終わってしまったらどうなるんですの?」
「全てなくなるだけや」
「嫌ですわ! そんなの!」
「なんでやねん。ほんだら姫さんは元に戻るのと、どっちが嫌やねん?」
ジュゼットの眼が、みるみる潤む。
「カバさんはイジワルですわ!」
癇癪を起こして、ジュゼットがわんわん泣き始めた。カバさんを放り出して、瞳子さんに縋り付く。床に投げ出されたカバさんが「泣かんといてぇや」と言いながら、むくりと立ち上がった。
「あの、カバさん?」
泣きじゃくるジュゼットを受け止めたまま、瞳子さんがカバさんを見た。戸惑った顔をしているけど、わたしも全く同じ気持ちだ。
「世界が終わるっていうのは、本当のこと?」
「ほんまやで」
カバさんの答えはあっさりと明瞭だった。ジュゼットを泣かせてしまったことに戸惑っているのか、トテトテと歩くと、小さな前足でトントンとジュゼットの足先に触れている。
瞳子さんは困ったような顔をして、慰めるようにジュゼットをつつくカバさんを見ていた。わたしにもカバさんの意図がわからない。世界が終わってしまうなんて物騒ことを言いながら、ジュゼットのことを労わるちぐはぐな様子。
カバさんの語る世界の終わりが文字通りの意味なのか、何を表しているのかわからない。
「世界が終わるっていうのは、わたしたちの居る次元がなくなるということですか?」
まさかなと思いながら聞くと、カバさんは自慢げな声で語る。
「そうやな。でも、もうあんたらだけの話ちゃうかもな。この次元の欠損から、全次元が影響を受けてるはずやからな」
「次元の欠損?」
カバさんのニタニタ顔が、無表情になった。コレはどういう感情を表しているんだろう。
「そう、この次元は欠損しとるで。いうても、ワシが欠損させてんけどな」
ガハハとカバさんが笑う。
「この世界はエラーが起きても復元するようにできとるけど、欠損は復元のしようもない。全次元の質量は不変や。誰かがごまかさんかぎりな。ってそんなんできるのワシだけやけど」
楽しそうに語るカバさん。でも、わたしは鳥肌が立っていた。無邪気な声を恐ろしく感じる。カバさんは、とても怖いこと言っているのに笑っているのだ。
ちぐはぐな様子が、とても怖い。理解できないものへの恐怖。あるいは高次元への畏怖だろうか。
わからない。
「この次元にもあるやろ。質量保存の法則。でもエネルギーに変換されたら減るんやったかな。さしずめワシはエネルギーみたいなもんか? だから、どうにもならんのや。いやぁ、面白いわ、ほんまに」
ガハハとカバさんが笑う。
「思い上がるな、11D」
背後から、突然鋭い声がした。
「一郎!」「一郎さん!」
「カバさん!」
そんな方法で再び現れてくれるのかな、というわたしの予想を裏切って、聞き覚えのある声がした。
「姫さん、どうしたんや?」
うわ! 本当に来た! 来ちゃった! 思わず近くにいた瞳子さんに抱き着く。わかっていても、ぬいぐるみがしゃべることには驚いてしまう。
「あのね、アヤメがカバさんとお話がしたいって」
「ワシとか?」
動くはずのないぬいぐるみに不自然な表情が生まれている。カバさんがニタニタと笑った。もしかすると笑っているつもりはないのかもしれないけれど、もともとが愛嬌のある顔のせいか、そう見えてしまう。
「なんやお嬢ちゃんか」
ジュゼットの腕に抱かれたまま、カバさんがしっかりとわたしを見つめている。わたしは深呼吸してから、すがりついていた瞳子さんから離れた。
「話ってなんやねん?」
「あの、次郎君がカバさんと会ってから何かを思い出したのかもしれなくて、カバさんは何か知っているんじゃないかと思いまして……」
目の前にいるけれど、カバさんは得体の知れない相手である。思わず畏まってしまう。
「思い出したって? ジローくんが? 誰やそれ」
「一郎さんの弟です」
「ああ、イチローの弟。ジロー。……あいつも次元の管理人やな」
「はい」
「ほんだら、思い出したかもしれんなぁ」
カバさんは意味ありげにニタニタと笑っている、ように見えるけれど、わたしがそう感じてしまうだけかもしれない。
「何を思い出しかもしれないんですか? やっぱりカバさんは知っているんですか?」
「もちろんワシは全部知ってるで」
「本当ですか? いったい次郎君は何を思い出したんですか?」
ニタニタと笑っていたカバさんの顔が、まるで考え事があるかのように無表情を取り戻した。
「どういうんかいな、こういうのは」
「え?」
「お嬢ちゃんにとってはアレとちゃうかな。ほら、知らない方が良いこともあるっちゅーヤツや」
「そんなことありません!」
「放っといたりや。どうせこの世界は終わるんやから。今さら掘り起こしても意味ないで」
どうせこの世界は終わるんやから。カバさん、今とてつもない爆弾発言しなかったかな。
「え? カバさん、この世界は終わってしまうんですの?」
「そうやで、姫さん。だから姫さんも帰りたくないとか嘆く必要ないで。どうせもう帰られへんわ」
「帰れない、ですか?」
「そうやで、よかったやんか」
再びカバさんの顔がニタニタと動く。
「でも、世界が終わってしまったらどうなるんですの?」
「全てなくなるだけや」
「嫌ですわ! そんなの!」
「なんでやねん。ほんだら姫さんは元に戻るのと、どっちが嫌やねん?」
ジュゼットの眼が、みるみる潤む。
「カバさんはイジワルですわ!」
癇癪を起こして、ジュゼットがわんわん泣き始めた。カバさんを放り出して、瞳子さんに縋り付く。床に投げ出されたカバさんが「泣かんといてぇや」と言いながら、むくりと立ち上がった。
「あの、カバさん?」
泣きじゃくるジュゼットを受け止めたまま、瞳子さんがカバさんを見た。戸惑った顔をしているけど、わたしも全く同じ気持ちだ。
「世界が終わるっていうのは、本当のこと?」
「ほんまやで」
カバさんの答えはあっさりと明瞭だった。ジュゼットを泣かせてしまったことに戸惑っているのか、トテトテと歩くと、小さな前足でトントンとジュゼットの足先に触れている。
瞳子さんは困ったような顔をして、慰めるようにジュゼットをつつくカバさんを見ていた。わたしにもカバさんの意図がわからない。世界が終わってしまうなんて物騒ことを言いながら、ジュゼットのことを労わるちぐはぐな様子。
カバさんの語る世界の終わりが文字通りの意味なのか、何を表しているのかわからない。
「世界が終わるっていうのは、わたしたちの居る次元がなくなるということですか?」
まさかなと思いながら聞くと、カバさんは自慢げな声で語る。
「そうやな。でも、もうあんたらだけの話ちゃうかもな。この次元の欠損から、全次元が影響を受けてるはずやからな」
「次元の欠損?」
カバさんのニタニタ顔が、無表情になった。コレはどういう感情を表しているんだろう。
「そう、この次元は欠損しとるで。いうても、ワシが欠損させてんけどな」
ガハハとカバさんが笑う。
「この世界はエラーが起きても復元するようにできとるけど、欠損は復元のしようもない。全次元の質量は不変や。誰かがごまかさんかぎりな。ってそんなんできるのワシだけやけど」
楽しそうに語るカバさん。でも、わたしは鳥肌が立っていた。無邪気な声を恐ろしく感じる。カバさんは、とても怖いこと言っているのに笑っているのだ。
ちぐはぐな様子が、とても怖い。理解できないものへの恐怖。あるいは高次元への畏怖だろうか。
わからない。
「この次元にもあるやろ。質量保存の法則。でもエネルギーに変換されたら減るんやったかな。さしずめワシはエネルギーみたいなもんか? だから、どうにもならんのや。いやぁ、面白いわ、ほんまに」
ガハハとカバさんが笑う。
「思い上がるな、11D」
背後から、突然鋭い声がした。
「一郎!」「一郎さん!」
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