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第1章 幼少期(7歳)

14 婚約の成立

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 レイオス殿下に連れられ、王城に足を踏み入れる。

 予想はついていたけれど、やはり緊張するわ。それと、この後会うことになるだろう方を思い浮かべると少し胃が痛む。
 だって本当に怖いんだもの。国王陛下って。
 会う度いつも威圧されるし、厳しいこともよく言われたわ。
 全て正しいことだから言い返すこともできなかった。
 ただただ理不尽だと思っていたけど、ロバート殿下が次期国王になるなら仕方のないことだったのかもしれないわね。

 でもそうなると、シュベーフェル家をどうするつもりだったのかしら。継ぐ者がいなくなるじゃない。
 当主直系の私以外に相応しい者を探すことも大変でしょうに。
 今となっては全てどうでもいいことなのだけれど。
 私にとっては終わったことで、今の未来では起こらないことだもの。



「それで?この先触れはどういうことだ」
「どうもこうも、そのままですが。本人から了承も得ています」
「そういう問題ではない!何を許可も得ず勝手なことを、」
「ことこれに関しては許可は必要ないかと」

 怒鳴る女性と平然と返すレイオス殿下。

 どう反応したらいいのかさっぱりわからない。
 国王陛下の下ではなく王妃殿下の下へ連れてこられたことも含めて。

 というか部屋に通されるなりこれだもの、どうしろというの?
 一体どんな先触れを出せば王妃殿下がこれほどまでお怒りになられるのかしら。私という部外者がいるのに対外用に繕う様子もないのよ?

 王妃殿下は海防を司るアンヴァーグ家の出身で、なんというかそう、とても凛々しい性格のお方。
 聞いた話ではもともとアンヴァーグ家を継ぐ身として育てられたそうだけれど陛下に見初められ王妃になられたらしく、その関係で色々な自由が認められているという。
 その最たるが口調と服装で、基本的に男性のような服装と話し方をなさるの。
 アンヴァーグ家の当主となる者は女性であっても男性と同じ、いえむしろ男性として扱われて厳しい教育を受けるそう。その名残りだというわ。

 それにしても。
 前は公式の場でしか顔を合わせることがなかったし特に興味もなかったからそのくらいしか王妃様については知らないのだけれど、本当に淑女らしからぬ方ね。顔の作りはよろしいのに。本当にロバート殿下にそっくりよ。
 ……ああいえ、逆ね。ロバート殿下が王妃殿下に似たんだわ。
 別に王妃殿下には悪感情はないのだけれど少し複雑。

「お前と話をしていても埒が明かない。シュベーフェル嬢!」
「あっ、はい。なんでしょうか、王妃殿下」
「正直に話してほしい。本当にレイオスと婚約したいのか?何か脅されたり取引があって了承するしかなかっただけではないのか」
「ちょっと母上」
「お前は黙っていろ!」

 あら、まあ。
 王妃殿下は淑女らしくはないものの落ち着いた冷静な方だと思っていたけれど、結構感情的なところもあったのね。
 おそらく7歳の幼子が言葉巧みに騙されて婚約させられそうになっている、とお考えなのでしょう。そう考えるのが普通だもの。

「失礼ながら、貴族の婚姻とはそういうものではないでしょうか?」
「そ、れは。そうだが」
「はい。ですが、ご安心ください。少々威圧はされましたが脅しや取引はありません。婚約をお受けしたのは、私がレイオス殿下のお力になりたいと思ったからです」

 まあ話を突き詰めていけば条件や取引は出てくるでしょうけれど。
 王妃様の反応がこれだもの、それは確実でしょう。
 現段階では当人同士のただの口約束に過ぎない。

「威圧は脅しの範疇だろう」
「そうかもしれません。ですが、王族として相手をある程度試すことは必要なことです。……王妃殿下は私の事情をお聞きになられましたか?」

 そう逆に問うと、痛ましいものを見るような目で見られた。
 少しイラッとするわね。それが普通の反応だとしても。
 私自身に非がなくとも一般的な常識が私に『可哀想な子供』のレッテルを張ってしまう。それが『普通』だから。
 厄介だわ。
 まあ利用できるからするけど。

「お恥ずかしいことですが今、シュベーフェル家は存続の危機に近い状態です。前当主であるお婆様も現当主であるお父様も問題を起こし、私はシュベーフェル家の光の属性を僅かにしか持っていない。ですが私は直系の長子です。シュベーフェル家を守る義務があります」
「…………、…………。つまりシュベーフェル家のために婚約すると?」
「いいえ。……いいえ、それも正しいです。ですが殿下のお力になりたいというのもまぎれもない本心です」

 例えば相手がまたロバート殿下だったらもっと必死で抵抗したわ。
 婚約を受け入れたのは、レイオス殿下だからよ。
 程度は違えと同じ苦しみを知っている。そして何より、子供の我儘と切り捨てずにちゃんと説明しようとしてくれた。
 そこにどんな思惑があったとしても、きちんと向き合ってくれたことが嬉しかった。

「1つ聞かせてほしい。君にとって重要なことは、なんだろうか」
「シュベーフェル家の安寧と継続です」

 王妃殿下の問いに、ほぼ反射的に答える。
 いけない、思考に集中しすぎていつもの癖でつい言ってしまったわ。
 だって今までずっと毎日お父様に復唱させられていたんだもの、すっかり染みついてしまっているのよ。

「はぁ……。よく分かった。この婚約に賛成しよう」

 しばらくの沈黙ののち、王妃様が溜め息とともにそう言った。
 複雑そうなお顔は何らかの葛藤があるのでしょう。
 お考えは分からないけれど、ひとまずは賛成をいただけたのだから安心かしら。一番の壁は国王陛下だけれど。きっとこう上手くはいかない。

「ありがとうございます、母上。父上にもよろしくお伝えください」
「自分でしろ、と言いたいところだが仕方ない。暇ができ次第伝えておく」
「はい。では戻ろうか」
「えっ?ええと」
「父上は今とても忙しいからね。母上の了承で問題ないよ。今をもって、私達は正式に婚約者だ」
「ええっ!?」

 王妃殿下の了承だけでいいの!?
 こういうことは国王陛下が決めることでしょう!?

 その気持ちを込めてレイオス殿下と王妃殿下を見上げるが、二人とも当然という様子だ。
 いくらお忙しいとはいえ、本当にいいの?
 いえ、正直に言うと会わずに済むようでほっとしているのだけれど。
 国王陛下に対する苦手意識は結構大きかったみたい。

「父上への挨拶は日を改めてしよう。そう遅くはならないようにするから失礼にはならないよ。そもそもこちらの都合だしね」
「は、はい。分かりました……」
「では母上、失礼します」
「ああ」

 レイオス殿下に手を引かれ、退室を促される。
 慌てて王妃殿下に退室の礼をし、流されるまま部屋を出た。
 そしてそのまま、レイオス殿下の離宮の部屋へと戻されたのだった。

 本当に、いいのかしら……?

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