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育てるなら、まつげ?
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「……ところでさ、」
蕎麦パスタを食べきって、ちみちみと日本酒を飲み進めていたティアが首を傾けた。
さらりと流れる白金の髪に目がいく。
「レイちゃん、あれから髪をすこし巻くようになったよね?」
「……なんで知ってるの?」
「エントランスのとこで見かけたんだよ。2回だけだけど、遠目に見て巻いてるなぁ……って思ってて」
「………………」
「『可愛いなんて言ってもらえなかった』って文句言ってたけど……ちょっとは何かあったんじゃないのかな~? ……なんて」
唇を斜めにして、意味ありげに目を向けてくる。
「……べつに、何もないよ」
「え~? ほんとかなぁ……?」
「(セクハラはあったけど) 誰かに褒められた、みたいなことはない」
「そうなの? ……じゃ、髪を巻こうと思ったのはどうして?」
「………………」
不思議そうな眼は、薄いブルーグレーの色。大きな窓から間接的に広がる爽やかな陽光が、淡く光を返している。
宝石のような眼から目を落として、グラスを見ながら、
「あの日、ちょっとだけ楽しかったから」
ぽそりと、言い訳みたいな音で答えていた。
「鏡を見ても、憂鬱にならなくて……自分に自信があると、こんなにモチベーション上がるんだって知ったから……なんとなく、巻いてます」
「そうなんだ?」
にこりと可愛く笑ってみせるティアに、目を戻す。子供の成長を見守る親みたいな目を向けられていたので、
「コテは持ってたし、巻くのはタダだから」
「あ、うん……それはそうだろなって思ってた」
「だってメイクは無理だよ。マネしようにも高すぎ。デパートでシャネル見たけど、値段知ったら毎日なんて使えないよ!? そもそもデパコス全部高い!」
「……レイちゃんは、いつもどこで買うの?」
「スキンケアもメイクも、ドラッグストア。オールインワンが好き。これ一本ですべて!みたいな宣伝文句を愛します」
「えぇぇぇ……」
「働く女をなめないでね? そんなとこに無駄金は出せないよ?」
「や、なめてないよ。君こそ世の働く女性に失礼なこと言ってない?」
「私だって、ティアくんみたいに素が良ければお金かけたと思うけどねっ」
「……僕もそんなに肌キレイじゃないよ?」
「……どの口が言ってんの? ツヤツヤピカピカだけど?」
「あっ、こわい! ガラ悪くなってるよ!? お酒のせいっ? ほら、水のんで! ペース落として!」
テーブルの端で忘れられていた水のグラスを、さっと素早く差し出された。
グラスを切り替えて飲んでいると、ティアが神妙な顔で「僕は肌が弱いから、こう見えてよく荒れるんだよ」小さく訴えている。
「……ティアくんでも肌荒れなんてするの?」
「するよ? 季節の変わり目とか、とくに」
「高いスキンケア用品を使ってても荒れるんだ……」
「値段はそんなに関係ないよ。アルコールが多い物もあるし……弱ってるときは、皮膚科のお薬だね」
「くすり?」
「ヘパリン類似物質って聞かない?」
「あー! なんか聞いたことあるようなないような? 保険問題のニュースで見たような?」
「たぶん、それだね。僕は泡で出てくるタイプと、サラサラの水みたいなスプレー状を使ってるよ。肌が回復したら、市販の物に戻してる」
「……私からしたらキレイに見えるけど……?」
「それは、肌が弱いぶん日頃から気をつけてるから」
「…………そうなんだ」
「……むしろさ、適当に買って成り立つ君のほうが恵まれてると思うよ?」
「そうなんだ!?」
「肌が弱いと、合わない物のほうが多いからね」
「………………」
にこりと笑う顔は、白く透きとおりそうな肌をしている。
羨ましいと思ったけれど……それを言うのは躊躇われた。
ティアが外出のときに全身を覆っているのは、美容のため——というよりも、肌が弱いから。でも、夜であっても覆っている彼は、他人の好奇の目を防ぎたいのもあるらしい。
こんなにも綺麗なのに、隠さなければいけない。
制限の多い生活を知ってしまうと、「羨ましい」なんてセリフは……彼を傷つける気もした。
……でも、
「でもごめん! やっぱり羨ましい!」
「えっ? いきなり何!?」
「しょうがないよねっ? 綺麗だなって思うんだもん仕方ないよねっ? ひとの感性にフタはできないよねっ? ならせめて口にすんなって? ゆるして、酔ってるんだよ!」
「うん……? なんの話か分かんないけど、君が酔ってるのは知ってるよ?」
「そっか! じゃあ勢いついでに言うけど、私だってキレイになりたいと思うよ! ティアくんがキレイにしてくれた日、ほんとに楽しかったんだよ! 後輩に会うのも勇気が出たし、周りの目にも自信もって『見て!』って感じで、失恋を忘れるくらいキラキラした一日だったの!」
「……そっか。そんなふうに過ごしてくれてたんだ」
「でも、正直お金はそこまで掛けられません!」
はっきり言いきると、あははははっと。
ティアの口から、軽やかな笑い声が響いた。笑う顔まで綺麗だ。
ティアの持つ、グラスの日本酒が揺れている。
水と同じ透明感なのに、まったく違うきらめきを見せる、不思議な飲みもの。
笑いを納めたティアは、すこし色っぽく微笑んだ。
「それなら、キレイを目指してみようよ。——なるべく安く、ね?」
誘うような響き。
こちらに向けられる顔はあまりに綺麗で、
——魔法をかけてあげる。
その笑顔こそ、魔力を秘めているような?
蕎麦パスタを食べきって、ちみちみと日本酒を飲み進めていたティアが首を傾けた。
さらりと流れる白金の髪に目がいく。
「レイちゃん、あれから髪をすこし巻くようになったよね?」
「……なんで知ってるの?」
「エントランスのとこで見かけたんだよ。2回だけだけど、遠目に見て巻いてるなぁ……って思ってて」
「………………」
「『可愛いなんて言ってもらえなかった』って文句言ってたけど……ちょっとは何かあったんじゃないのかな~? ……なんて」
唇を斜めにして、意味ありげに目を向けてくる。
「……べつに、何もないよ」
「え~? ほんとかなぁ……?」
「(セクハラはあったけど) 誰かに褒められた、みたいなことはない」
「そうなの? ……じゃ、髪を巻こうと思ったのはどうして?」
「………………」
不思議そうな眼は、薄いブルーグレーの色。大きな窓から間接的に広がる爽やかな陽光が、淡く光を返している。
宝石のような眼から目を落として、グラスを見ながら、
「あの日、ちょっとだけ楽しかったから」
ぽそりと、言い訳みたいな音で答えていた。
「鏡を見ても、憂鬱にならなくて……自分に自信があると、こんなにモチベーション上がるんだって知ったから……なんとなく、巻いてます」
「そうなんだ?」
にこりと可愛く笑ってみせるティアに、目を戻す。子供の成長を見守る親みたいな目を向けられていたので、
「コテは持ってたし、巻くのはタダだから」
「あ、うん……それはそうだろなって思ってた」
「だってメイクは無理だよ。マネしようにも高すぎ。デパートでシャネル見たけど、値段知ったら毎日なんて使えないよ!? そもそもデパコス全部高い!」
「……レイちゃんは、いつもどこで買うの?」
「スキンケアもメイクも、ドラッグストア。オールインワンが好き。これ一本ですべて!みたいな宣伝文句を愛します」
「えぇぇぇ……」
「働く女をなめないでね? そんなとこに無駄金は出せないよ?」
「や、なめてないよ。君こそ世の働く女性に失礼なこと言ってない?」
「私だって、ティアくんみたいに素が良ければお金かけたと思うけどねっ」
「……僕もそんなに肌キレイじゃないよ?」
「……どの口が言ってんの? ツヤツヤピカピカだけど?」
「あっ、こわい! ガラ悪くなってるよ!? お酒のせいっ? ほら、水のんで! ペース落として!」
テーブルの端で忘れられていた水のグラスを、さっと素早く差し出された。
グラスを切り替えて飲んでいると、ティアが神妙な顔で「僕は肌が弱いから、こう見えてよく荒れるんだよ」小さく訴えている。
「……ティアくんでも肌荒れなんてするの?」
「するよ? 季節の変わり目とか、とくに」
「高いスキンケア用品を使ってても荒れるんだ……」
「値段はそんなに関係ないよ。アルコールが多い物もあるし……弱ってるときは、皮膚科のお薬だね」
「くすり?」
「ヘパリン類似物質って聞かない?」
「あー! なんか聞いたことあるようなないような? 保険問題のニュースで見たような?」
「たぶん、それだね。僕は泡で出てくるタイプと、サラサラの水みたいなスプレー状を使ってるよ。肌が回復したら、市販の物に戻してる」
「……私からしたらキレイに見えるけど……?」
「それは、肌が弱いぶん日頃から気をつけてるから」
「…………そうなんだ」
「……むしろさ、適当に買って成り立つ君のほうが恵まれてると思うよ?」
「そうなんだ!?」
「肌が弱いと、合わない物のほうが多いからね」
「………………」
にこりと笑う顔は、白く透きとおりそうな肌をしている。
羨ましいと思ったけれど……それを言うのは躊躇われた。
ティアが外出のときに全身を覆っているのは、美容のため——というよりも、肌が弱いから。でも、夜であっても覆っている彼は、他人の好奇の目を防ぎたいのもあるらしい。
こんなにも綺麗なのに、隠さなければいけない。
制限の多い生活を知ってしまうと、「羨ましい」なんてセリフは……彼を傷つける気もした。
……でも、
「でもごめん! やっぱり羨ましい!」
「えっ? いきなり何!?」
「しょうがないよねっ? 綺麗だなって思うんだもん仕方ないよねっ? ひとの感性にフタはできないよねっ? ならせめて口にすんなって? ゆるして、酔ってるんだよ!」
「うん……? なんの話か分かんないけど、君が酔ってるのは知ってるよ?」
「そっか! じゃあ勢いついでに言うけど、私だってキレイになりたいと思うよ! ティアくんがキレイにしてくれた日、ほんとに楽しかったんだよ! 後輩に会うのも勇気が出たし、周りの目にも自信もって『見て!』って感じで、失恋を忘れるくらいキラキラした一日だったの!」
「……そっか。そんなふうに過ごしてくれてたんだ」
「でも、正直お金はそこまで掛けられません!」
はっきり言いきると、あははははっと。
ティアの口から、軽やかな笑い声が響いた。笑う顔まで綺麗だ。
ティアの持つ、グラスの日本酒が揺れている。
水と同じ透明感なのに、まったく違うきらめきを見せる、不思議な飲みもの。
笑いを納めたティアは、すこし色っぽく微笑んだ。
「それなら、キレイを目指してみようよ。——なるべく安く、ね?」
誘うような響き。
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