致死量の愛と泡沫に+

藤香いつき

文字の大きさ
11 / 13
ラグーンシティへ

運命論はアーティファクト

しおりを挟む
 ヴァシリエフは世間から疎まれている。
 セトも重々承知している。気に病んではいない。かといって嫌われたいわけでもない。外のコミュニティと仲良くやれるならそれに越したことはない。
 だが、しかし。
 
「ハオロンくん、こっちのロボって直せるかな?」
「まかして~!」
 
 男性を排除した通称マーメイドラグーンで、すんなり打ち解けている男がいる。セトの目の前で。
 友好条約のついでにラグーンのマシンやロボを見てやっているハオロン。ジゼルの呼びかけに集まってきた女性陣はけっこう穏やか。むしろ親しげ。反対のセトに対しては警戒の目。なんだこの差は。
 
「ハオロンは、あまり〈こわくない〉ので……」
 
 何かを察したウサギから言われたが、フォローになっていない。誰が怖いのか。
 
「ねぇねぇウサちぃ、アトランティスでユーグくん倒したってほんと?」

 ジェシーはジェシーで全般的にれなれしい。ウサギの肩に手を回して「やるねーっ」称賛するのはいいが距離が近い。あいつは絶えずウサギをラグーンに勧誘している。
 
「ウサちぃの強さ、ラグーンで活かしてみないかい?」
「わたしは、〈はうす〉で……」
「ヴァシリエフで誰と戦うの? あ、セトくんか。ウサちぃはセトくん倒したいか」
 
 好き勝手に言っているジェシーを止めにいこうかと足を出しかけたセトの前に、すらっと長い体が割り込んだ。

「あんたはジェシーに近づかないで」

 鋭い目。ジゼルの牽制する瞳に、セトはかすかに自分を見ているような錯覚があった。大事な者を護りたい意志が見えた。「は?」反射的に出た疑問の声に遅れて、めずらしく勘が働く。
 ジェシーもジゼルを特別に想っていると認めていなかったか。
 
「お前、同性愛者だったのか……?」
「昔のあんたって女だったの?」
「いや、なんでそうなるんだよ」
 
 戸惑いまじりのセトの問いには、ジゼルから素早い切り返しがあった。
 ジゼルは大きく肩を動かして溜息を落とし、

「あんたらのせいで男にうんざりしたから。女の子しか愛せないし触れられたくない」
「はぁ? 俺のせいじゃねぇだろ ……ん? 俺?」
「ロキ。あいつはほんとに最悪。今でも夢に出る。あんなやつ刺されたらいいって昔言ったかも知れないけど、取り消す。次会ったらあたしが刺す」
「………………?」
 
 ジゼルの瞳に暗く燃える怒りを、セトは理解できない。軽口で怒りを打ち消すように話すが、ジゼルの口調は独り言のように早口だった。
 言わずにはいられないかのような。

「……あんたはあたしの運命のひとだったけど、あたしはあんたの運命のひとじゃなかった。言っていいなら、あたしよりはロキのほうがあんたにとって運命的だったわけで……あたしは、」
 
 言葉の先を待っていたが、セトの耳にその続きは届いてこなかった。ぶつりと途絶えた音の余韻が消え、セトの眉間が困惑に狭まる。
 
「……話が全然見えねぇんだけどよ、お前まだ俺のこと好きっつぅ話じゃねぇよな?」
「は? ふざけたこと言ってると追い出すよ」
「ふざけてねぇ。……つぅか、お前、なんか変わったよな?」
「変わってない。あんたは変わったけどね。その金髪、ロキに合わせてるわけ?」
「合わせてねぇよ。なんでロキに合わせなきゃいけねぇんだよ」
「あんたといえばロキだから」
「なんだその鬱陶しい法則」
「あたしは羨ましかったけどね」
「………………」
「過去形で言ってる。今はそんな感情なにひとつ無いから。ジェシーに手を出すなら殺される覚悟して」
「いや、お前も昔と変わってるからな? 人ひとり殺せそうな目つきしてるぞ」
「あんたに言われたら終わりだね。……あぁでも、ひとりしか無理ならロキにとっておく。あんたは半殺しぐらいで」
「やめろ。つかジェシーにも誰にも手ぇ出さねぇし、お前ごときに殺されねぇからな」
「そういう過信が油断と死を招くよ。女は弱いと思ってる? ……たしかに肉体は弱いし、あんたらと同じように鍛えても成果が違う。でもあたしらは弱さを自分で演出することができる。そういう前提だと、前時代の男は司法において不利だったね」
「……女は弱いっつったり弱いフリができるっつったり……お前の主張は昔からよく分かんねぇ」
「理解は求めてない。セトにあたしを理解してもらいたいなんて、昔から一度も思ったことない」
「…………一目惚れっつってたくせに?」
「あんた、一目惚れなんて信じてるの?」
「お前、絶対昔と別人だろ」
 
 ジゼルを細く見やったセトの視界の端で、ウサギがこちらに瞳を流していた。
 彼女は何も聞こえていないが、軽快な応酬をくり広げているセトとジゼルに、(ヴァシリエフとラグーンが仲良くなれそうでよかった)見当違いなことを安堵していた。

「あ。ウサギちゃん、あたしら見て笑ってるね。セト、あんた脈無しじゃない?」
「うるせぇな。そんなことこっちも分かってんだよ」
「ふぅん?」
「……あいつはロキが好きなんだよ」
「それは……ご愁傷さま。ロキがいいなんて不運だね」
「不運?」
「ロキはいずれあたしにられる運命なのにって意味で」
「お前、運命論ほんと好きだな」
「今のはジョークのつもりなんだけど。……でも、じゃあなんであの子、この前ヴァシリエフを出てあんたといたの? あんたをラグーンから帰すためなら、ここにいてもいいって言ってたし……ロキを好きに見えない」
「知らねぇ……俺が訊きてぇよ」
「訊けば?」
「ロキのことは訊いたことある。……いつも何言ってるか曖昧でよく分かんねぇけど……」
「あんたが聴こうとしてないだけじゃなくて?」
「……なんか、お前と喋ってるとハウスのやつ思い出すな。褒めてねぇぞ」
「だれ? 言われても分からないか」
「いや、お前知ってんじゃねぇか? サイキックって騒がれてた教祖の、子供で……ティア……世間的にはアレシアか?」
「ティア=アレシア。知ってる、涙の子。あんたのとこ、そんな有名人いるの? 大丈夫? ロキなんかいる場所に、あんな繊細そうな女性がいて……危なくない? こちらで保護しようか」
「ティアは男だぞ」
「は? ……なにそのジョーク」
「いや、まじで」
「…………あたしの知ってるティア=アレシアじゃない?」
「いや、お前が知ってるので合ってると思うけど……?」
「涙のアレシア? 雪の妖精みたいな子?」
「妖精……? それ、いつのイメージだ?」
「10年以上前の話だけど。宣伝に出てたのって、5・6歳くらいの映像だけだったし」
「それならまぁ……そんな感じかも知んねぇな? けど生物学的には男だぞ」
「娘って公言されてた気がしたけど、男性だったんだ。……ねえ、教祖ってほんとにサイキックだったの? ティア=アレシアは他人の哀しみを吸い取るって……あれ、本当なの?」
「教祖は知んねぇ。ティアは……心を読めるっていえば読めるけど、超能力じゃねぇし……哀しみ? なんつぅ話は知らねぇ」
「そうなの? ……あたしに似てるんだ。ちょっと会ってみたい気がするな……」
「似てるのは、むかつくくらいペラペラ喋るとこな」
「ティア=アレシア、あんたでストレス発散してるんじゃない?」
 
 ジゼルが唇を斜めにして鼻で笑ったあたりで、ぽんっと彼女の肩を叩く者があった。セトからは見えていたので把握していた。ジェシーだった。
 
「なぁに仲良く喋ってるの? ジェシーちゃん嫉妬しちゃうな~?」

 笑顔だが圧がある。セトからしても分かる。
 振り返ったジゼルが目に見えて動揺した。
 
「はっ? どこをどう見たら仲良くなるの?」

 ジェシーへと訴えるジゼルを横に過ぎて、ウサギがそろそろっとセトのそばへ寄った。
 
「セトと、ジゼルさん。〈なかよし〉でよかった」
 
 それはヴァシリエフとラグーンが友好的でよかった——を意味するのだが。
  
「……仲良くねぇ」
「え……?」 
 
 ジェシーと違って一向に嫉妬する気配のないウサギの様子に、セトはいつもながら諦めの吐息をこぼした。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...