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ラグーンシティへ
マーメイドの憂鬱
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ヴァシリエフの奴らがやってくる。
ベリーショートの髪を後ろに流して、ジゼルは溜息をこぼした。
友好を示すためにあちらは丸腰で訪問するらしい。こちらも合わせるとは言ってない。
ラグーンの仲間に訪問のことは話せてないし、ラグーンとヴァシリエフが密かに通信手段を持ったことはジゼルと一部の人間しか知らない。
訪問は3人で、互いに顔を合わせた者のみ。(おそらく乗ってきたモーターホームにも待機者が誰かいる)
無装備といえどもあちらは3人でこちらは2人。ピリピリと張り詰める意識の糸。横にジェシーがいてくれなかったら挨拶も返せない。それくらい重い緊張を抱えていたのだが、
「ジゼル~!」
男性にしては高めの声。気が抜けるほど懐こい響きで手を振る小柄な少年。(……少年? ジーニアス・プロジェクトって20年前の話じゃなかった?)
ラグーンシティゲート横の小部屋は、ヴァシリエフの人間を迎え入れて出端から不穏かと思われたのに、ニコニコ笑うアジア系の彼に引っ張られて円い雰囲気を醸し出していた。
「ジェシーも! みんな元気やったかぁ~?」
彼——ハオロンに目を向けられたジェシーが、ジゼルの隣で頷く。
「あ、うん。元気元気。モルガンに疑われて軽くストレスだったくらい。……あのさハオロンくん、アトランティスに侵入したとき私のID使った?」
「ごめんの? お詫び持ってきたし、ゆるして?」
へらんっと笑う幼い顔に乗せられて、「もー困るよー」ジェシーもへらっと。そんな軽さで片付けていい話題じゃない。モルガンに対してラグーンの潔白を釈明したのはジゼルに他ならない。
……いや、本当は潔白ではない。モルガンには「ヴァシリエフから不正にラグーンの情報を取られた」と訴えた。それは事実だが、ヴァシリエフの彼らがアトランティスに侵入することはあらかじめ把握していた。
ジゼルはハオロンに目を送る。彼は献上品の目録を空間に映し、ジェシーの横に並んで説明している。細く編んだストロベリーブロンドが彼の背に垂れている。
——アトランティスに忍び込むかぁ?
以前の彼らとの記憶を重ねる。
一触即発だったジゼルとロキが停戦し、互いの情報をすり合わせて確認した現状から、ハオロンは真っ先にアトランティスへの侵入をロキへと提案していた。
——ロキは顔が割れてるんやろ? うちが忍び込んでセトとありす捜してくるわ。
——海上都市なんだけど? そう簡単に忍び込めるわけねェよな?
——うち、泳ぐの得意やよ?
——そこ問題じゃねェし。
——何が問題なんやぁ?
ロキがアトランティスの立体マップを展開して入るためのプロセスを説明しても、ハオロンには難度が伝わらない。
——ん~? ほやけど対外封鎖コミュニティじゃないんやろ? ラグーンはアトランティスに遊びに行かんの?
ハオロンに話を振られたジェシーが「私はたまに行く」と情報をうっかり与えてしまい、何か思いついたロキがハオロンの細い三つ編みに手を伸ばした。
——こんな感じでいけるんじゃね?
ハオロンの髪留めが外れる。ロキがハオロンの髪を雑に指先で解き、「えっ、なんやなんや?」困惑するハオロンの首周りでふわふわのロングヘアが広がった。
——女の子。
あまりに可愛すぎた。ジゼルも同じことを思ったが、ぽろっと口にしてしまったのはジェシーだった。
ハオロンの反応は早かった。
——あはっ。うちが女の子って?
可愛い笑顔なのに寒気がした。
ジゼルは以前の記憶を振り払った。
今ジェシーと気軽に話しているハオロンは武装していない。あの一瞬の寒気はなかったことにしたい。気持ちで負けたくない。
ハオロンから目を離して、残りのメンバーに目を回した。
「こんにちは、ジゼルさん」
「うさぎちゃん、久しぶり。無事でよかった……って、私が言うのはダメかな?」
「?」
真っ先に目を合わせた彼女は、相変わらず弱々しそうな雰囲気でふんわりと笑っている。背後にいる金髪はあえて最後に回してやろうと思っていたが、首をかしげる彼女の反応に……仕方なく、
「……うさぎちゃんにどこまで話したの?」
金の眼。思い出に根強く絡まるそれに向けて、少し早口で質問をぶつけた。彼女の斜め後ろにいたセトが(は? 俺か?)みたいな顔をしてから、彼女と同じように首をひねった。
「なんの話だ?」
(カシがウサギちゃんをアトランティスに送ったこと……このふたり、知らない?)
頭に小さな雷が落ちたような気がした。
ハオロンとロキは知っている。カシが話したのだから分かっている。なのに、彼女にもセトにも伝えていないのか。なんのために。
混乱する頭でハオロンに目を戻すと、オレンジブラウンの眼がこちらを見ていた。視線の奥で、にこっと可愛く微笑まれる。
(内緒にしといて?)
応えられず目をそらしていた。
理解ができない。なぜ話さないのか分からない。ジェシーに見せているお詫びの品数も異常だ。ジェシーのIDを使ったことは、彼女をアトランティスに送ったことで相殺かと思ったのに……これでは、まるで、
「よかったわ~、これでうちら仲直りやなっ!」
声をあげたハオロンに、以前と違って髪を短くした彼女がパッと表情を明るくした。
「おいしい〈たべもの〉、いっぱいもってきました。みんなでどうぞ」
親しげに向けられる笑顔。裏切られたことを知らないらしい無垢な親愛に、
「ありがと」
つい罪悪感を隠して笑い返していた。
(関係性が操作されてる……)
ラグーンもヴァシリエフも互いに利用していたはずで、どちらかと言えばラグーンのほうに非があった。今回の訪問も、彼女をアトランティスに送り込んだことについて非難され、何かしら搾取されるだろうと見越していたのに……こちらが貢がれた。並ぶ品を見て喜んでいるジェシーを前に、全部つっぱねるなんてジゼルにはできない。ということは。
「今後とも仲良くしていこぉな~!」
抑揚のない平坦なイントネーションが、妙に耳に響く。
あのとき感じた寒気は正しかった。
ハオロンによって、なし崩し的にヴァシリエフとラグーンの友好関係が結ばれていた。
ベリーショートの髪を後ろに流して、ジゼルは溜息をこぼした。
友好を示すためにあちらは丸腰で訪問するらしい。こちらも合わせるとは言ってない。
ラグーンの仲間に訪問のことは話せてないし、ラグーンとヴァシリエフが密かに通信手段を持ったことはジゼルと一部の人間しか知らない。
訪問は3人で、互いに顔を合わせた者のみ。(おそらく乗ってきたモーターホームにも待機者が誰かいる)
無装備といえどもあちらは3人でこちらは2人。ピリピリと張り詰める意識の糸。横にジェシーがいてくれなかったら挨拶も返せない。それくらい重い緊張を抱えていたのだが、
「ジゼル~!」
男性にしては高めの声。気が抜けるほど懐こい響きで手を振る小柄な少年。(……少年? ジーニアス・プロジェクトって20年前の話じゃなかった?)
ラグーンシティゲート横の小部屋は、ヴァシリエフの人間を迎え入れて出端から不穏かと思われたのに、ニコニコ笑うアジア系の彼に引っ張られて円い雰囲気を醸し出していた。
「ジェシーも! みんな元気やったかぁ~?」
彼——ハオロンに目を向けられたジェシーが、ジゼルの隣で頷く。
「あ、うん。元気元気。モルガンに疑われて軽くストレスだったくらい。……あのさハオロンくん、アトランティスに侵入したとき私のID使った?」
「ごめんの? お詫び持ってきたし、ゆるして?」
へらんっと笑う幼い顔に乗せられて、「もー困るよー」ジェシーもへらっと。そんな軽さで片付けていい話題じゃない。モルガンに対してラグーンの潔白を釈明したのはジゼルに他ならない。
……いや、本当は潔白ではない。モルガンには「ヴァシリエフから不正にラグーンの情報を取られた」と訴えた。それは事実だが、ヴァシリエフの彼らがアトランティスに侵入することはあらかじめ把握していた。
ジゼルはハオロンに目を送る。彼は献上品の目録を空間に映し、ジェシーの横に並んで説明している。細く編んだストロベリーブロンドが彼の背に垂れている。
——アトランティスに忍び込むかぁ?
以前の彼らとの記憶を重ねる。
一触即発だったジゼルとロキが停戦し、互いの情報をすり合わせて確認した現状から、ハオロンは真っ先にアトランティスへの侵入をロキへと提案していた。
——ロキは顔が割れてるんやろ? うちが忍び込んでセトとありす捜してくるわ。
——海上都市なんだけど? そう簡単に忍び込めるわけねェよな?
——うち、泳ぐの得意やよ?
——そこ問題じゃねェし。
——何が問題なんやぁ?
ロキがアトランティスの立体マップを展開して入るためのプロセスを説明しても、ハオロンには難度が伝わらない。
——ん~? ほやけど対外封鎖コミュニティじゃないんやろ? ラグーンはアトランティスに遊びに行かんの?
ハオロンに話を振られたジェシーが「私はたまに行く」と情報をうっかり与えてしまい、何か思いついたロキがハオロンの細い三つ編みに手を伸ばした。
——こんな感じでいけるんじゃね?
ハオロンの髪留めが外れる。ロキがハオロンの髪を雑に指先で解き、「えっ、なんやなんや?」困惑するハオロンの首周りでふわふわのロングヘアが広がった。
——女の子。
あまりに可愛すぎた。ジゼルも同じことを思ったが、ぽろっと口にしてしまったのはジェシーだった。
ハオロンの反応は早かった。
——あはっ。うちが女の子って?
可愛い笑顔なのに寒気がした。
ジゼルは以前の記憶を振り払った。
今ジェシーと気軽に話しているハオロンは武装していない。あの一瞬の寒気はなかったことにしたい。気持ちで負けたくない。
ハオロンから目を離して、残りのメンバーに目を回した。
「こんにちは、ジゼルさん」
「うさぎちゃん、久しぶり。無事でよかった……って、私が言うのはダメかな?」
「?」
真っ先に目を合わせた彼女は、相変わらず弱々しそうな雰囲気でふんわりと笑っている。背後にいる金髪はあえて最後に回してやろうと思っていたが、首をかしげる彼女の反応に……仕方なく、
「……うさぎちゃんにどこまで話したの?」
金の眼。思い出に根強く絡まるそれに向けて、少し早口で質問をぶつけた。彼女の斜め後ろにいたセトが(は? 俺か?)みたいな顔をしてから、彼女と同じように首をひねった。
「なんの話だ?」
(カシがウサギちゃんをアトランティスに送ったこと……このふたり、知らない?)
頭に小さな雷が落ちたような気がした。
ハオロンとロキは知っている。カシが話したのだから分かっている。なのに、彼女にもセトにも伝えていないのか。なんのために。
混乱する頭でハオロンに目を戻すと、オレンジブラウンの眼がこちらを見ていた。視線の奥で、にこっと可愛く微笑まれる。
(内緒にしといて?)
応えられず目をそらしていた。
理解ができない。なぜ話さないのか分からない。ジェシーに見せているお詫びの品数も異常だ。ジェシーのIDを使ったことは、彼女をアトランティスに送ったことで相殺かと思ったのに……これでは、まるで、
「よかったわ~、これでうちら仲直りやなっ!」
声をあげたハオロンに、以前と違って髪を短くした彼女がパッと表情を明るくした。
「おいしい〈たべもの〉、いっぱいもってきました。みんなでどうぞ」
親しげに向けられる笑顔。裏切られたことを知らないらしい無垢な親愛に、
「ありがと」
つい罪悪感を隠して笑い返していた。
(関係性が操作されてる……)
ラグーンもヴァシリエフも互いに利用していたはずで、どちらかと言えばラグーンのほうに非があった。今回の訪問も、彼女をアトランティスに送り込んだことについて非難され、何かしら搾取されるだろうと見越していたのに……こちらが貢がれた。並ぶ品を見て喜んでいるジェシーを前に、全部つっぱねるなんてジゼルにはできない。ということは。
「今後とも仲良くしていこぉな~!」
抑揚のない平坦なイントネーションが、妙に耳に響く。
あのとき感じた寒気は正しかった。
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