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Chap.17 ロックンキャロルでワルツを
Chap.17 Sec.3
しおりを挟むクリスマスまで居させてほしい——と言ったものの、ティアによると〈お祝い〉は24のイブにするらしく、そうなると1週間も満たないことを知った。セトは“遅くとも年明け”と言ったが、遅くなることはない気がしている。ここを出ていく用意でもしようかと思ったが、そもそも私は何も持たずにやってきた。荷物は、ほぼ無いに等しい。やることが(やらせてもらえることが)なさすぎて、急に与えられた自由な時間の使いみちを分からずにいた。
《——でしたら! ご本はいかがですか? 当ハウスには紙の書籍もたくさんあるんです。お客さまの気にいる物が、きっと見つかるのではないかと!》
クリスマスに飾られるベルのように、きらきらとした可愛い声で、ミヅキが提案してくれた。〈展望広間〉と呼ぶらしい白黒のフロアで、夜に染まり始めた空を見ていた私は独りだった。《ご用はありませんか?》と、ふぅわり現れた彼は、ただの映像。人ではなくて、人工知能。そんな彼に喋りかけてしまったのは、ひとりの時間が長すぎたから。今夜はもうクリスマス・イブで、それはつまり、6日ほど誰ともまともに話をしていないことになる。何度かハウスをうろついてみたが、彼らと偶然に会うこともあまりなく、会ったとしても、
——アリスさん……あの、お仕事はないですから、調理室は立ち入り禁止になります……ごめんなさい。
——ああ、お姫様でしたか。ボールルームは春まで閉鎖いたしますから、入室できないのです。申し訳ありません。
——どこに行くのだろうか? 森の方は、現在セトが大掛かりな整備をしているため危険だ。……暖かい室内にいることを勧める。
誰もがよそよそしく、短い会話だけで去っていく。ロキですらも、
——ごめん、ウサちゃん。オレ、やること大量にあってさァ……セトが悪いから、セトに文句つけといて。
そんなふうに多忙を極めるようすで、私と距離を取っていた。今まで、ひとりの時間を求めていた気がするのに。いざ与えられ、数日も経ってしまうと……孤独に近いものを感じている。
そして、冷ややかな彼らとは違い、ミヅキのほうは以前よりも親しげだった。
「……〈ほん〉は、〈きょか〉がいるって、きいたよ?」
《現在、サクラは権限を放棄していますから、ご自由にお読みいただけます》
「…………さくらさんは、どうしてるの?」
《現在、サクラは中央棟にいます》
「………………」
図書室とサクラ。どちらも似た響きで告げられる。誰にも深く訊けずにいるから、ここで詳しく訊いてみたいが……答えてくれるだろうか。
「……さくらさんは、ずっと、中央棟にいるの?」
《はい、12月17日から現在まで、7日間出ていません》
「……ごはんは、どうしてるの?」
《申し訳ありません。その質問には、お答えすることができません》
「…………みづきくん、」
《はい、なんですか?》
「さくらさんのことは、なになら、おしえてくれるの?」
《サクラは当ハウスの主人です。現在ハウスに住まう兄弟たちの長兄であり、ぼくの大切な兄さんです!》
「……みづきくんの、おにいさん?」
《はい! ——正しくは、ぼくをリデザインしたミヅキの兄です。ぼくのトレース対象であった〈ミヅキ・ヴァシリエフ〉の兄です》
「……?」
すこし難しいことを言っている。目の前のミヅキとは別に、実在のミヅキがいるということだろうか。
「その、みづき・ばしりえふくん……は、どこにいるの?」
《ミヅキ・ヴァシリエフは、去年の11月に亡くなりました》
静かな声が、白黒のフロアに細く響いた。やわらかな微笑を浮かべたまま、《ほかに訊きたいことはございますか?》さらりと次の話題を求めた。
「……いえ、なにも……ない」
《そうですか。——では、そろそろティアの私室へ向かいませんか? ティアとの約束の時間まで、あと2分になります》
——24日の、19時に。食事も兼ねて、一緒にお祝いしようね。
ティアのメッセージが、ひらりと記憶から流れた。そのために部屋から出ていたのを忘れていた。もうこんな時間なのか。時間つぶしで眺めていた外の景色を、改めて目に映す。かすかにあった残光は消え、空は完全な夜を迎えていた。
ミヅキに勧められたとおり、ティアの部屋を目指して足を動かした。目指す、というほどでもない。ティアの部屋はすぐそばにあり、ゆっくり歩いても遅刻しようがない。
部屋のドア前にたどり着き、横のネームプレートを眺める。
【Tear-Alecia Frost】
暖かい色調の木製。ティアだけ、ほかの兄弟とは違う。本来は、もっとシンプルで薄い石のようなプレート。名前だと気づいてから、各部屋に入るたび気にしてみたが、共通語と異なる言語で書かれていることが多く、読めていない。なぜかセトだけ壁に無くて、剝ぎ取ったような跡だけ。
時間ぴったりまで待つつもりでいたが、先にドアが開いた。
「やぁ、アリスちゃん」
にこっと優しく微笑む、雪のプリンセスみたいな…………?
「——うん、いいリアクションだね。 今日の僕、どうかな?」
長い髪をポニーテールにまとめたティアは、薄い紫を帯びた、つやのある白に近いスーツを着ていた。スーツ、というより——燕尾服? 背面が腰下を覆うほど長く、ヨーロッパの執事が着ていそうな形。インナーのシャツは薄い水色の細かなストライプで、首には白の蝶ネクタイ。クラシカルなようでいて、ところどころシャープで斬新なデザイン。
いつもの可愛い服装とくらべると、だいぶ……
「……かっこいい」
「お褒めの言葉、ありがとう。……さ、どうぞ」
かしこまったように唱えて、招き入れてくれた。……待ってもらえないだろうか。私のほうは、ティアのくれたワンピースではあるけれど、まったくの普段着で来てしまった……。
「そんな不安そうな顔しないで? 大丈夫、今からアリスちゃんもドレスアップするから」
くすりと笑い、ティアが部屋の奥を指さした。バスルームのドアが開いていて、服が掛かったラックと、なぜかロボットが。
「……?」
「僕が着替えを手伝うのは、きっともう、だめだよね? だから、ロボットにしてもらおうと思って。ま、その前に——まずは、メイクからしよっか♪」
瞳が輝く。楽しそうなティアの笑顔が、とても久しぶりだったから、ほっとして私も笑い返していた。
「……てぃあ、」
「うん?」
「おまねき、ありがとう」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。結局、僕とふたりきりだから……いいのかな? って迷ってたんだよね」
「……めるうぃんは、だめだった?」
「彼らは誰も来ないよ。クリスマスは祝わないんだってさ」
「……そう」
話しながら、ミラーモードになっている窓のそばへ。用意されていたイスに座ると、これまたなぜか……ロボットが。
「あ、うん、そうなんだよ。今夜はロボットにメイクしてもらおうと思ってる」
「………………」
「……違うよ? 君に触るのを遠慮しているだけで、ほんとの僕はやりたいんだよ?」
鏡越しに神妙な顔で主張するティア。(メイクは、ティアのほうが気が楽だよ)と伝えようか迷ったが、彼の服が汚れては申し訳ないので伝えなかった。
ロボットが、メイク用の特殊な細いスプレーを取り、私の顔へと向ける。目を閉じるよう言われたので、そっと閉じると、ひんやりとした霧状の液体が掛けられた。たぶん、下地とファンデーション? ティアも使うが、未だによく分かっていない。目を開けると驚きなことに、顔の凹凸に合わせて上手に立体感のあるベースができあがっていた。日常的にメイクをするひとからしたら、とても便利そう。
「メイクのカラーは、なにか希望ある?」
「いいえ」
「だよね。今夜は、ドレスに合わせてカラーレスな感じにしてもいいかな?」
「はい」
ロボットのアームがてきぱき動いていく横で、ティアはメイク用のパレットを眺めながら、
「……昔はさ、イエベ、ブルベなんて言って、肌・髪・眼の色で、個人に合う合わないを判断する風潮もあったんだって」
「…………わたしは、どちら、かな」
「ううん、どちらでもないよ。似合う似合わないっていうのは、見たひとの思い込みだからね。自分の好きな色を、好きなように使っていいんだ。合わないと思ってしまう色でも、使い方や組み合わせで変わる。アリスちゃんは、どんな色にだって、ぴったりになれるよ」
鏡の中で、ティアの綺麗な笑顔が映っている。メイクの話をしているのに、何か違う話をしているように聞こえた。
ロボットのメイクは、ティアの場合と比べると、あっというまに終わった。まぶたや頬の高い位置で、細かなパールが繊細に光を返している。
ティアが用意してくれた服は、どう見ても完全なるドレスで、色みは透明に近かった。ごくごく薄い布地を何枚も重ねて、透けないように。表面にはシャンデリアみたいなクリスタルが、何連にも並ぶネックレスのように、分断にあしらわれていた。上体はぴたりと張りつく形で、ハイネック。腰から下はそこまで広がっていないが、動くと小さなクリスタルがふわりと浮いて、本当にシャンデリアみたいに煌めいた。セットで用意してくれたらしい、足に心地よくフィットする靴も、キラキラしている。ガラスの靴みたい。
バスルームで着替えて戻ってくると、てっきり食事の用意がされているかと思ったが、いつものテーブルには紅茶のカップが、ひとつ置かれていただけだった。
ティアがイスを引いてくれて、着席する。
「もしかして、お腹すいてる?」
「……すこし、だけ」
「ごめんね。最後に、髪のセットだけ、僕がしてもいいかな?」
「はい、もちろん」
「ありがと」
感謝の言葉とともに、立ったままのティアが、白くしなやかな指先を空間に向けてさらりと揺らした。テーブルの上に、荘厳なお城の映像が現れる。
「……?」
「クリスマス・イブだから、ってわけじゃないんだけど……ヘアセットの合間に、僕が作った物語を、ぜひ」
髪の先に、ティアの手が触れたのを感じる。気を取られていると、お城の映像の上に、ひとりの男性のキャラクターが現れた。真っ黒なシルエットだけで、特徴はとくにない。背後から、ティアの唄うような声が、物語の始まりを告げた。
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