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Chap.13 失名の森へ
Chap.13 Sec.8
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これはどういう状況なのか。
「神経衰弱なんてロキくんに有利すぎるよ……もっと違うのにしてほしい。……ババ抜きはだめなの?」
「サイキックが有利じゃん、ぜってェ無し」
「……霊能者……?」
「ってかさァ~! なんでカードで決めなきゃなんねェの?」
以前にカードゲームをした部屋——彼らが娯楽室と呼ぶ赤々しい内装の室内で、数歩ほど前にいたロキが不満たっぷりに声をあげた。私の隣にいたティアはわざとらしく肩をすくめ、
「ロキ君がアリスちゃんを脅すからでしょ?」
「脅してねェし。オレのとこ来ねェと翻訳機使えなくなるンじゃねェ? ——って言っただけ。使えなくするとは言ってねェじゃん?」
「わぁ。悪いひとのやりくちだ。……ほらね、アリスちゃん。ロキ君はこんな感じなんだよ? おすすめしない理由が分かってきたでしょ?」
後半は私の耳(翻訳機)に唇を寄せて囁いた。ロキが「なにコソコソ喋ってンの?」いぶかしげな目をしたが、ティアはそっぽを向いて白々しく無視する。ティアの横にいたセトが「あんま煽るんじゃねぇよ」ぼそっと忠告した。ティアは「はいはい」ため息をこぼして、
「——で? どうするの?」
前方で話し合っていた(?)ロキとメルウィンが、互いに横目を合わせた。先ほどから話し合いは平行線をたどっている。なんの話し合いかというと、今夜の代理を決める手段について。
食後にロキかメルウィンを選択するよう迫られ、なぜか「それなら僕も立候補しようかな?」新たにティアも加わり(加わったのか冗談なのかはっきりしていない)、誰を選んでも誰かの反感を買いそうな選択肢に困っていたところ、
——揉めるなら、カードで決めなさい。
サクラによる鶴の一声で、こういう事態になっている。補足する情報としては、サクラ、イシャン、アリアは居ない。ハオロンは「カードならうちもやるわ!」参加を表明したものの、種目の話し合いについては委ね、ひとり円卓に座ってロボット相手にゲームを始めている。
返事のない前方のふたりに、ティアは人さし指を立てて微笑みながら近寄り、
「もうさ、ポーカーでいいんじゃない?」
「アンタがやらねェならポーカーでい~んだけどね」
「ぁ……えっと、じゃあロキくん、7並べはどうかな?」
「アンタら組むだろ?」
「ぇ……そんなこと、ないと……思うよ?」
しどろもどろなメルウィンに、奥からハオロンが、
「ねぇ~! まだなんかぁ? 決まらんのならぁ、うちの作ったゲームでもいいんやけどぉ?」
「ぜってェやだ」
「ロン君のゲームって長時間かかるんでしょ? 決着するころには朝になっちゃうよね?」
「……それにハオロンくんのゲームってチーム戦じゃなかった……?」
わあわあと話し合う彼らを後目に、ティアがいなくなった分、セトが空いた距離を狭めて、「当分決まんねぇみてぇだし、座ってろよ」壁ぎわのソファを顎で示した。言われたとおりにソファまで足を進めて座ると、セトも隣までついて来て……腰を下ろした。並ぶと思わなかったので、セトのいる左半身に緊張が走った気がした。
そろりと様子をうかがって、あきれたように彼らの話し合いを眺めている横顔に(大丈夫、今は怒ってない)胸中だけで息をつく。
セトがここにいる理由はカードゲームへの参加ではなく、メルウィンに「セトくんも来てくれる? ロキくんが怒ったときのために……」ひっそりと懇願されていたから。それでついて来てくれるのだから、やっぱり彼は面倒見がいい。私の名前を兎と付けたのは未だに疑問が残るけれど。
「……お前さ、」
視線は前に固定したまま、セトが呟くようにして声を出した。
「ロキがいいなら、そう主張してもいいんじゃねぇか? 脅されたってことにしとけば、周りも納得するだろ」
「? ……わたしは、だれでも……」
ハオロンはできることなら避けたい。この意見は伏せておく。ただ、“誰でもいい”という発言も失礼かと気づき、あいまいに濁した。
「へぇ……なら、俺がゲームに加わってもいいって?」
ふっと落ちてきた流し目が、胸に刺さった。鋭い視線に一瞬だけ呼吸を止めたが、その緊張は表に出なかったと思う。
質問の意図を考える。セトは私を必要としていないのだから、参加する意味はない。ということは……?
「——いや、言ってみただけだ。本気じゃねぇよ。そんな真剣に取んな」
「…………せとも、かーどが、したい?」
「別に」
「もし、したいなら……どうぞ?」
「……俺が勝ったらどうすんだよ」
「……そのときは、わたし……ここで、ねむる? ……ここは、ねむっても、いいですか?」
「………………」
数秒、細く睨むような目をした。
頬がこわばる私に、「知らねぇ」ため息のような息を吐き出す。怒っては……いない、のか。判断できない。
「参加なんてしねぇよ。安心しとけ」
投げやりな音で唱えたきり、セトは前を向いてもうこちらを見ない。セトの横顔から自分の膝の上へと目を移した。……なにか、間違えただろうか……?
考える私の膝の向こうでは、まだ話し合いが行われている。
「ロキ君、きみ、わがままだよ? 却下しすぎ」
「アンタらだって棄却してンじゃん」
「君ほどじゃないよ」
「あの……ふたりとも、もうすこし歩み寄って……」
「メル君、歩み寄るにしてもこれ以上は無理じゃない? 心理戦じゃなく記憶力も影響しないカードゲームなんてないよね?」
「……ぁ、ブタのしっぽ? とかは? たしかあれって運の要素もあるよね……?」
「僕は知らないけど、どんなゲーム?」
「ぇ……っと、カードを丸く広げて……」
メルウィンの優しい声が、ゲームの説明をしてくれている。カードゲームなんてしなくても、適当にじゃんけんで決めてしまえばいいのに……そんなふうに早さを求めてしまうのは、きっと疲弊しているからだろう。
メルウィンの説明を訳す翻訳機の言葉は、うまく頭に入ってこない。食後なのも相まって、とろとろと眠気に蝕まれていく。……どうしよう、とても眠たい。この話し合いは、いつになったら終わるのだろう……?
§
「…………?」
右腕のあたりに掛かった違和感に、セトは横を見下ろした。
黒い頭が、寄り添うようにもたれ掛かって——そのまま前方に倒れそうだったので、とっさに左手を出して受け止めてしまった。流れ落ちる髪が指先に絡まる。何事かと思い、ぎょっとしたが……どうやら眠っているらしい。くたりと力をなくして身を任せる頭は、閉じられたまぶたが見えた。
起こそうと思ったが、緩いアーチをえがいて並ぶ細い睫毛に気を取られ、声が出せない。受け止めた重みをそっと下ろしていくと、無防備にもセトの膝上で横向きのまま頭を落ち着かせた。いっさい起きることなく、死体のように深く眠る姿に困惑する。よく眠る人間だとは思っていたが、たまに異常なくらい眠りが深い。呑気なやつ、と判断していた。しかし、日常は警戒を見せておきながら、こうも容易く眠りこけることができるだろうか?
まるで薬で眠っているみたいな、病人のような眠りつきに——どこか不審の念をいだきつつ見つめていた。
頬を隠す黒髪を、指先で払う。眠る横顔は蝋人形のように動かない。触れてみなければ生命を信じられないほど、固まっているように見える。——かといって、さすがに触りはしないが。
隙だらけの、無警戒な姿。苦手ではあるが、嫌ではなかった。張り詰めた表情よりも、穏やかな寝顔のほうがイラつかない。
ただ、なにか——心臓を引っ掻かれているような——危機感めいた焦りも、覚える。
(……ロキには、渡したくねぇな)
不意に浮かんだ霞のような意思を、セトが捉える間もなく、「もぉ! いいかげんに決めてくれんかぁ?」張りあげたハオロンの声が届いたのか、閉じられていたまぶたが小さく反応した。
——無意識に、騒音を遮るよう、その耳に手をかざして——重ねて。触れてしまったことに舌打ちしつつ、膝上から目をそらして横を向いた。他に考えるべきことでも探そうと、思考を切り替えるよう試みる。指先の感触は意識しない。
どうせ直に誰かへ引き渡すことになる。それが誰であれ、眠りを妨げることになるのだから、今しばらくは眠らせてやってもいいと——思えた。
せめてもう少しくらい——このままで。
セトの胸中に芽生えた、そんな願いは、いったい誰の為のものか。
「神経衰弱なんてロキくんに有利すぎるよ……もっと違うのにしてほしい。……ババ抜きはだめなの?」
「サイキックが有利じゃん、ぜってェ無し」
「……霊能者……?」
「ってかさァ~! なんでカードで決めなきゃなんねェの?」
以前にカードゲームをした部屋——彼らが娯楽室と呼ぶ赤々しい内装の室内で、数歩ほど前にいたロキが不満たっぷりに声をあげた。私の隣にいたティアはわざとらしく肩をすくめ、
「ロキ君がアリスちゃんを脅すからでしょ?」
「脅してねェし。オレのとこ来ねェと翻訳機使えなくなるンじゃねェ? ——って言っただけ。使えなくするとは言ってねェじゃん?」
「わぁ。悪いひとのやりくちだ。……ほらね、アリスちゃん。ロキ君はこんな感じなんだよ? おすすめしない理由が分かってきたでしょ?」
後半は私の耳(翻訳機)に唇を寄せて囁いた。ロキが「なにコソコソ喋ってンの?」いぶかしげな目をしたが、ティアはそっぽを向いて白々しく無視する。ティアの横にいたセトが「あんま煽るんじゃねぇよ」ぼそっと忠告した。ティアは「はいはい」ため息をこぼして、
「——で? どうするの?」
前方で話し合っていた(?)ロキとメルウィンが、互いに横目を合わせた。先ほどから話し合いは平行線をたどっている。なんの話し合いかというと、今夜の代理を決める手段について。
食後にロキかメルウィンを選択するよう迫られ、なぜか「それなら僕も立候補しようかな?」新たにティアも加わり(加わったのか冗談なのかはっきりしていない)、誰を選んでも誰かの反感を買いそうな選択肢に困っていたところ、
——揉めるなら、カードで決めなさい。
サクラによる鶴の一声で、こういう事態になっている。補足する情報としては、サクラ、イシャン、アリアは居ない。ハオロンは「カードならうちもやるわ!」参加を表明したものの、種目の話し合いについては委ね、ひとり円卓に座ってロボット相手にゲームを始めている。
返事のない前方のふたりに、ティアは人さし指を立てて微笑みながら近寄り、
「もうさ、ポーカーでいいんじゃない?」
「アンタがやらねェならポーカーでい~んだけどね」
「ぁ……えっと、じゃあロキくん、7並べはどうかな?」
「アンタら組むだろ?」
「ぇ……そんなこと、ないと……思うよ?」
しどろもどろなメルウィンに、奥からハオロンが、
「ねぇ~! まだなんかぁ? 決まらんのならぁ、うちの作ったゲームでもいいんやけどぉ?」
「ぜってェやだ」
「ロン君のゲームって長時間かかるんでしょ? 決着するころには朝になっちゃうよね?」
「……それにハオロンくんのゲームってチーム戦じゃなかった……?」
わあわあと話し合う彼らを後目に、ティアがいなくなった分、セトが空いた距離を狭めて、「当分決まんねぇみてぇだし、座ってろよ」壁ぎわのソファを顎で示した。言われたとおりにソファまで足を進めて座ると、セトも隣までついて来て……腰を下ろした。並ぶと思わなかったので、セトのいる左半身に緊張が走った気がした。
そろりと様子をうかがって、あきれたように彼らの話し合いを眺めている横顔に(大丈夫、今は怒ってない)胸中だけで息をつく。
セトがここにいる理由はカードゲームへの参加ではなく、メルウィンに「セトくんも来てくれる? ロキくんが怒ったときのために……」ひっそりと懇願されていたから。それでついて来てくれるのだから、やっぱり彼は面倒見がいい。私の名前を兎と付けたのは未だに疑問が残るけれど。
「……お前さ、」
視線は前に固定したまま、セトが呟くようにして声を出した。
「ロキがいいなら、そう主張してもいいんじゃねぇか? 脅されたってことにしとけば、周りも納得するだろ」
「? ……わたしは、だれでも……」
ハオロンはできることなら避けたい。この意見は伏せておく。ただ、“誰でもいい”という発言も失礼かと気づき、あいまいに濁した。
「へぇ……なら、俺がゲームに加わってもいいって?」
ふっと落ちてきた流し目が、胸に刺さった。鋭い視線に一瞬だけ呼吸を止めたが、その緊張は表に出なかったと思う。
質問の意図を考える。セトは私を必要としていないのだから、参加する意味はない。ということは……?
「——いや、言ってみただけだ。本気じゃねぇよ。そんな真剣に取んな」
「…………せとも、かーどが、したい?」
「別に」
「もし、したいなら……どうぞ?」
「……俺が勝ったらどうすんだよ」
「……そのときは、わたし……ここで、ねむる? ……ここは、ねむっても、いいですか?」
「………………」
数秒、細く睨むような目をした。
頬がこわばる私に、「知らねぇ」ため息のような息を吐き出す。怒っては……いない、のか。判断できない。
「参加なんてしねぇよ。安心しとけ」
投げやりな音で唱えたきり、セトは前を向いてもうこちらを見ない。セトの横顔から自分の膝の上へと目を移した。……なにか、間違えただろうか……?
考える私の膝の向こうでは、まだ話し合いが行われている。
「ロキ君、きみ、わがままだよ? 却下しすぎ」
「アンタらだって棄却してンじゃん」
「君ほどじゃないよ」
「あの……ふたりとも、もうすこし歩み寄って……」
「メル君、歩み寄るにしてもこれ以上は無理じゃない? 心理戦じゃなく記憶力も影響しないカードゲームなんてないよね?」
「……ぁ、ブタのしっぽ? とかは? たしかあれって運の要素もあるよね……?」
「僕は知らないけど、どんなゲーム?」
「ぇ……っと、カードを丸く広げて……」
メルウィンの優しい声が、ゲームの説明をしてくれている。カードゲームなんてしなくても、適当にじゃんけんで決めてしまえばいいのに……そんなふうに早さを求めてしまうのは、きっと疲弊しているからだろう。
メルウィンの説明を訳す翻訳機の言葉は、うまく頭に入ってこない。食後なのも相まって、とろとろと眠気に蝕まれていく。……どうしよう、とても眠たい。この話し合いは、いつになったら終わるのだろう……?
§
「…………?」
右腕のあたりに掛かった違和感に、セトは横を見下ろした。
黒い頭が、寄り添うようにもたれ掛かって——そのまま前方に倒れそうだったので、とっさに左手を出して受け止めてしまった。流れ落ちる髪が指先に絡まる。何事かと思い、ぎょっとしたが……どうやら眠っているらしい。くたりと力をなくして身を任せる頭は、閉じられたまぶたが見えた。
起こそうと思ったが、緩いアーチをえがいて並ぶ細い睫毛に気を取られ、声が出せない。受け止めた重みをそっと下ろしていくと、無防備にもセトの膝上で横向きのまま頭を落ち着かせた。いっさい起きることなく、死体のように深く眠る姿に困惑する。よく眠る人間だとは思っていたが、たまに異常なくらい眠りが深い。呑気なやつ、と判断していた。しかし、日常は警戒を見せておきながら、こうも容易く眠りこけることができるだろうか?
まるで薬で眠っているみたいな、病人のような眠りつきに——どこか不審の念をいだきつつ見つめていた。
頬を隠す黒髪を、指先で払う。眠る横顔は蝋人形のように動かない。触れてみなければ生命を信じられないほど、固まっているように見える。——かといって、さすがに触りはしないが。
隙だらけの、無警戒な姿。苦手ではあるが、嫌ではなかった。張り詰めた表情よりも、穏やかな寝顔のほうがイラつかない。
ただ、なにか——心臓を引っ掻かれているような——危機感めいた焦りも、覚える。
(……ロキには、渡したくねぇな)
不意に浮かんだ霞のような意思を、セトが捉える間もなく、「もぉ! いいかげんに決めてくれんかぁ?」張りあげたハオロンの声が届いたのか、閉じられていたまぶたが小さく反応した。
——無意識に、騒音を遮るよう、その耳に手をかざして——重ねて。触れてしまったことに舌打ちしつつ、膝上から目をそらして横を向いた。他に考えるべきことでも探そうと、思考を切り替えるよう試みる。指先の感触は意識しない。
どうせ直に誰かへ引き渡すことになる。それが誰であれ、眠りを妨げることになるのだから、今しばらくは眠らせてやってもいいと——思えた。
せめてもう少しくらい——このままで。
セトの胸中に芽生えた、そんな願いは、いったい誰の為のものか。
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