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Chap.8 All in the golden night
Chap.8 Sec.6
しおりを挟む黄金色の果実と純白の生クリームが、薄いパイ生地に挟まれて層を成している。突き刺したフォークはサクリとパイを割り、砕けた破片がプレートにこぼれた。
すくい上げた一口分のそれを口に入れる。蜜を染み込ませたように甘く芳醇な果実と、なめらかな生クリームが混ざり合う。パイのサクサクとした食感が口腔内を刺激し、香ばしさが加わった濃厚で甘やかな幸福が味覚を満たした。
「美味しいね」
すずやかな声が、私の心の声を訳してくれる。目を向けると、正円形のテーブルを挟んで向かいに座るティアが、優しく唇を曲げた。
「……おいしい。……これも、めるうぃんが、つくった?」
「うん、そうだよ。上手だよね」
「……じょうず」
ティアの言葉に同意し、温かな紅茶へと口をつける。今日のフレーバーはすっきりとしていた。
ティーカップをソーサーに戻し、失礼にならない程度で周りを観察する。
白い壁と天井に、床は明るいブラウンの木材。本物の木かと問われると、頷けない。セトの部屋と違ってイスやテーブル、ソファなどの家具が備わっている。アンティーク調でどれも可愛らしい。ベッドや家具に張られた布地はミントグリーンの小花柄。装飾の金具や脚部分はくすんだ金。ベッドには白いレースの天蓋が付けられていて、カーテンのように周りを囲んでいる。
ここはかつてプリンセスの部屋だったんだよ、と言われても受け入れられる。——しかし、どうやらここはティアの個人的な部屋らしい。そんな場所で、窓ぎわの丸テーブルで、私は今、甘いデザートをいただいている。
「こうやって一緒にお茶するの、久しぶりだね」
「……ひさしぶり?」
「うん、久しぶり。……うん? や、そうでもないかも?」
「……?」
「昨日の朝も、一緒にお茶したね」
「きのう……あさ……めるうぃんと、せとは……こーひー?」
「そうそう」
「……きょう、よるは……てぃあと、わたし……ふたり、だけ?」
「うん。例のカードゲーム、僕が1番だから」
「…………かーど」
「……カードの話ってサクラさんに聞いてる? 順番をね、決めてたんだ」
「……じゅんばん……てぃあが、いち?」
「……そっか、聞いてるんだね。……うん、そうなんだけど……」
「………………」
「……僕と寝るのは、嫌かな?」
「……いいえ」
「そう?」
ティアはフォークを持つ手を止め、ちょっとだけ困ったように笑った。
「……ごめん、今のはだめだね。……心配しないで。僕は、君と寝るつもりないから」
「…………オソウ、しない?」
「うん。……ところでさ、その襲うってワードやめない? セト君が言ったんだろうけど」
「……オソウ、よくない?」
「僕は良くないスラングだと思うけど……こんなこと言うと、表現は自由だってロキ君に絡まれそうだよね。でもさ……一緒に寝る、とかで伝わるよ」
「……いっしょに、ねる」
「あとは……一緒にベッドに行こう、とか?」
「……べっどに、いく」
「ロキ君が相手なら、部屋に行こう、も覚えとくといいかも」
「……へやに、いく?」
「うん、それは絶対覚えとこうか。……でも、そっか、ロキ君とはもう話せちゃうんだったね」
「……ろきと、はなせる」
「……嬉しい?」
「……はい」
「そう」
シンプルな茶葉の香りが漂う。床と似た温もりのある色の飲み物を、ティアが口に含む。伏せた目を縁取る粉雪のような睫毛が、薄い影を落としていた。
「……すこし、さみしいな」
「…………さみしい?」
「うん。……サクラさんを抜きにしたら、僕が一番きみと会話できるかなって、思ってたから。セト君が見放したら、君のことを分かって助けてあげられるのは、僕しかいないのかな……なんて。僕なんかが、うぬぼれもいいところなんだけど……」
「…………わからない」
「これは分からなくてもいいよ」
「…………?」
カップを置いたティアは、前に垂れていた白金の長い髪を耳に掛け、後ろへと流した。青紫の眼が明るくこちらを捉え、
「食べたら、お風呂にでも入る?」
「……おふろ」
「シャワーじゃなくてさ、お湯が溜まってる……バスタブ?」
「……それ、わかる」
「うん、じゃ、用意しとこう」
「……アリガトウ」
「バラの香りは好き?」
「……ばら?」
「入浴剤があるよ。花びらの形をしていてね、浮かべると少しずつ溶けていくんだ」
楽しそうな顔をしている。待っててね、と声をかけて立ち上がったティアは、バスルームと思われる部屋へと向かい、何かを取って戻ってきた。透明の円柱状の容れ物。中には真紅の花びらが詰まっている。蓋がパカリと開くと、気品のある芳香が広がった。
「好き?」
「……はい」
「じゃ、いれよっか」
にこっと嬉しそうに笑った。水色やラベンダー色など、普段パステルカラーに身を包んでいるティアだが、その華やかな微笑みに、真紅の服も似合うだろうなと思った。
「ね、アリスちゃん。お風呂は僕も一緒に入っていい?」
花が咲いたような笑顔を見つめていると、ほがらかな声が、なにか——不穏な問いを、したような。
「……いっしょ?」
「うん。せっかくだし、一緒に入ろうよ」
「………………」
「…………だめ?」
薄いすみれ色の眼が、うるんっと揺らぐ。
つややかに光を反射させるそれが、純粋な輝きで私に訴えかけた。
「…………だめ、じゃない……」
無意識で返した言葉に、ティアがにっこりと破顔した。
何か間違った選択をした気がするのに、その綺麗すぎる微笑みのせいで深く考えが及ばない。
「残り、食べよっか」
「……はい」
甘いフルーツを頬ばる。口の中であふれる桃に似た果汁は、もちろん美味しい。……のだけれど。
(…………一緒に?)
目の前の、雪のプリンセスみたいな顔を見つめながら。
自分に待ち受けるこの後の展開を、ゆっくりと理解し、恐怖ではなく——なぜか恥じらいめいた感情に襲われ——
「……あれ? アリスちゃん、なんか顔赤くない? ……熱でもある?」
そのあとのデザートの味は、もうよくわからなかった。
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