【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

文字の大きさ
87 / 228
Chap.8 All in the golden night

Chap.8 Sec.6

しおりを挟む


 黄金こがね色の果実と純白の生クリームが、薄いパイ生地に挟まれて層を成している。突き刺したフォークはサクリとパイを割り、砕けた破片がプレートにこぼれた。
 すくい上げた一口分のそれを口に入れる。蜜を染み込ませたように甘く芳醇ほうじゅんな果実と、なめらかな生クリームが混ざり合う。パイのサクサクとした食感が口腔内を刺激し、香ばしさが加わった濃厚で甘やかな幸福が味覚を満たした。

美味おいしいね」

 すずやかな声が、私の心の声を訳してくれる。目を向けると、正円形のテーブルを挟んで向かいに座るティアが、優しく唇を曲げた。

「……おいしい。……これも、めるうぃんが、つくった?」
「うん、そうだよ。上手だよね」
「……じょうず」

 ティアの言葉に同意し、温かな紅茶へと口をつける。今日のフレーバーはすっきりとしていた。
 ティーカップをソーサーに戻し、失礼にならない程度で周りを観察する。

 白い壁と天井に、床は明るいブラウンの木材。本物の木かと問われると、頷けない。セトの部屋と違ってイスやテーブル、ソファなどの家具が備わっている。アンティーク調でどれも可愛らしい。ベッドや家具に張られた布地はミントグリーンの小花柄。装飾の金具や脚部分はくすんだ金。ベッドには白いレースの天蓋てんがいが付けられていて、カーテンのように周りを囲んでいる。

 ここはかつてプリンセスの部屋だったんだよ、と言われても受け入れられる。——しかし、どうやらここはティアの個人的な部屋らしい。そんな場所で、窓ぎわの丸テーブルで、私は今、甘いデザートをいただいている。

「こうやって一緒にお茶するの、久しぶりだね」
「……ひさしぶり?」
「うん、久しぶり。……うん? や、そうでもないかも?」
「……?」
「昨日の朝も、一緒にお茶したね」
「きのう……あさ……めるうぃんと、せとは……こーひー?」
「そうそう」
「……きょう、よるは……てぃあと、わたし……ふたり、だけ?」
「うん。例のカードゲーム、僕が1番だから」
「…………かーど」
「……カードの話ってサクラさんに聞いてる? 順番をね、決めてたんだ」
「……じゅんばん……てぃあが、いち?」
「……そっか、聞いてるんだね。……うん、そうなんだけど……」
「………………」
「……僕と寝るのは、嫌かな?」
「……いいえ」
「そう?」

 ティアはフォークを持つ手を止め、ちょっとだけ困ったように笑った。

「……ごめん、今のはだめだね。……心配しないで。僕は、君と寝るつもりないから」
「…………オソウ、しない?」
「うん。……ところでさ、その襲うってワードやめない? セト君が言ったんだろうけど」
「……オソウ、よくない?」 
「僕は良くないスラングだと思うけど……こんなこと言うと、表現は自由だってロキ君に絡まれそうだよね。でもさ……一緒に寝る、とかで伝わるよ」
「……いっしょに、ねる」
「あとは……一緒にベッドに行こう、とか?」
「……べっどに、いく」
「ロキ君が相手なら、部屋に行こう、も覚えとくといいかも」
「……へやに、いく?」
「うん、それは絶対覚えとこうか。……でも、そっか、ロキ君とはもう話せちゃうんだったね」
「……ろきと、はなせる」
「……嬉しい?」
「……はい」
「そう」

 シンプルな茶葉の香りが漂う。床と似た温もりのある色の飲み物を、ティアが口に含む。伏せた目を縁取る粉雪のような睫毛まつげが、薄い影を落としていた。

「……すこし、さみしいな」
「…………さみしい?」
「うん。……サクラさんを抜きにしたら、僕が一番きみと会話できるかなって、思ってたから。セト君が見放したら、君のことを分かって助けてあげられるのは、僕しかいないのかな……なんて。僕なんかが、うぬぼれもいいところなんだけど……」
「…………わからない」
「これは分からなくてもいいよ」
「…………?」

 カップを置いたティアは、前に垂れていた白金の長い髪を耳に掛け、後ろへと流した。青紫の眼が明るくこちらを捉え、

「食べたら、お風呂にでも入る?」
「……おふろ」
「シャワーじゃなくてさ、お湯が溜まってる……バスタブ?」
「……それ、わかる」
「うん、じゃ、用意しとこう」
「……アリガトウ」
「バラの香りは好き?」
「……ばら?」
「入浴剤があるよ。花びらの形をしていてね、浮かべると少しずつ溶けていくんだ」

 楽しそうな顔をしている。待っててね、と声をかけて立ち上がったティアは、バスルームと思われる部屋へと向かい、何かを取って戻ってきた。透明の円柱状のれ物。中には真紅の花びらが詰まっている。ふたがパカリと開くと、気品のある芳香が広がった。

「好き?」
「……はい」
「じゃ、いれよっか」

 にこっと嬉しそうに笑った。水色やラベンダー色など、普段パステルカラーに身を包んでいるティアだが、その華やかな微笑みに、真紅の服も似合うだろうなと思った。

「ね、アリスちゃん。お風呂は僕も一緒に入っていい?」

 花が咲いたような笑顔を見つめていると、ほがらかな声が、なにか——不穏ふおんな問いを、したような。

「……いっしょ?」
「うん。せっかくだし、一緒に入ろうよ」
「………………」
「…………だめ?」

 薄いすみれ色の眼が、うるんっと揺らぐ。
 つややかに光を反射させるそれが、純粋な輝きで私に訴えかけた。

「…………だめ、じゃない……」

 無意識で返した言葉に、ティアがにっこりと破顔した。
 何か間違った選択をした気がするのに、その綺麗すぎる微笑みのせいで深く考えが及ばない。

「残り、食べよっか」
「……はい」

 甘いフルーツを頬ばる。口の中であふれる桃に似た果汁は、もちろん美味しい。……のだけれど。

 (…………一緒に?)

 目の前の、雪のプリンセスみたいな顔を見つめながら。
 自分に待ち受けるこの後の展開を、ゆっくりと理解し、恐怖ではなく——なぜか恥じらいめいた感情に襲われ——

「……あれ? アリスちゃん、なんか顔赤くない? ……熱でもある?」

 そのあとのデザートの味は、もうよくわからなかった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

処理中です...