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Chap.5 溺れる涙
Chap.5 Sec.5
しおりを挟む1台のモーターホームが走り去った数時間後。無骨な印象の建物の前に、光り輝く鮮やかな赤い車両が停車していた。車両といってもそれは流線形のコンパクトな物でタイヤはなく、タイヤのある車両と区別する場合はフライングカーと呼ばれる。
「あぁぁあああ! オレが作った! トラップ!!」
建物には道路に面したドアがなく、先ほどまで閉ざされていた防犯シャッターは巻き上げられ、解放されている。その室内から聞こえたのは、ひとりの青年のやかましい声だった。
「なんでっ? せっかく集めたのに! オレの努力の結晶!」
癇癪を起こした子供のように、乱れて重なり合った亡骸を蹴飛ばしていく青年の髪は、車両と同じで鮮血のような赤に染まっている。そしてその背後には、もうひとり。
「……ねぇ、うるさいよ」
青年に比べると背は随分と低く、華奢な体つきをした黒髪の少年だった。風にあおられた毛先が頬をくすぐっている。その少年は室内に入る気はないようで、億劫そうに目を細め、暴れる赤髪の青年を遠目に眺めている。
「うぅぅぅっ……ひどいっ……これ全部集めるのにオレ、何日も徹夜したのに……」
「……そうだっけ? 盛ってない? ……まぁ、ボクからしたら、こんな古典的な罠に掛かってくれたことを感謝したら? って思うね。食料缶を開ける小道具とか、あれも作ったの? それともアンティーク?」
「これ全部壊すとか! 絶対アイツらだ! こんな所まで出てくるなんて! テリトリー拡げすぎだ! オレの遊び場なのにっ」
少年の声は聞こえていないのか、赤髪の青年は中央の柱に向かいながら、独り言のように文句を唱えている。その独り言を拾った背後の少年は肩をすくめた。
「あのひとたちが、こんな罠に掛かるかなぁ?」
「そっか、セトだ! トラップにチョコレート缶使ったから! アイツ昔から好きだから!ショコラセト!」
「……そんな馬鹿だったら、とっくに死んでない?」
「くっそ~……せっかくスプラッタムービー撮れると思ったのに! 感染者が人間に襲いかかるやつ! 手とか脚とか引きちぎるやつ! オレの名前を冠して作るはずだったのに!」
赤髪の青年が大きな柱に触れると、一部分に切れ目が入り、表面がスライドしてのぞき穴程度の正方形の穴が空いた。青年は首から下げていたトルネード状の奇異なペンダントトップを手に取り、内部に先端を突き刺す。
「ねぇ、ボクの話、ぜんぜん聞いてないでしょ」
諦めの混じった少年の声に、もう用が終わったのか柱を元に戻した赤髪の青年は、駆け足で入り口まで戻って行った。少年の前に立つと、にぱっと口を開いて破顔し、
「聞いてる! なんて?」
少年はまぶしさに目を細めるような表情で、その真っ赤な短髪に縁取られた笑顔を見上げた。じとりとした目線を送ってから小さく吐息し、手にしていた消毒剤を青年めがけて吹きかける。目をつむった青年は素直に受け入れ、「お、さんきゅ!」暢気な感謝を述べた。消毒を終えると、少年は赤髪の青年に無言で背を向け、外に停めた車両へスタスタと戻っていく。
「え! 怒った!? なんでなんで!?」
「……だからうるさいってば」
小型の赤い車両のドアが、飛びたつ鳥の羽根のように上に開いた。座席はふたつのみ。少年は手前に乗り込み、赤髪の青年が反対から周って隣にすべり込んだ。
「今ってオレ、怒らすようなことしたかっ?」
「常にしてるんじゃない?」
「なんでっ? それなら謝るから赦して! ごめん!」
「はいはい。わかったから、とりあえず見せてよ」
「何を? ん? オレは赦されたのか?」
ドアが閉まると、内部は暗くなり、車体が透過したかのように鮮明な外部が映し出された。車両が地から浮き上がり、初速からトップスピードで滑り出す。慣性によって座席に強く押しつけられたが、ふたりは驚愕することなく慣れたようすで会話を続けた。
「見たいのは、その失敗作のスプラッタムービー」
「ダメだ! これは駄作だから! スプラッタしてない!」
「できばえはどうでもいいよ。……ボクはただ、答えが知りたいだけ」
「ああ! セトか! チョコ缶を開けるマヌケなセト、見たい?」
「開けてないんじゃないかなぁ? ……まぁ、あんな罠に掛かる人がいるなら、見てみたいよね」
「よし! じゃあ見せてやろう! 絶対セトだぞ! オレは確信してるっ」
うきうきと跳ねるような話し方の青年は、そのまま「メアリ! 新しく入れたやつ、編集して再生してくれ! あっ、トラップのスイッチ入る前にさかのぼって! 初めから見たい! 人間が映ってるとこクローズアップで!」ディスプレイに向かって次々と命じた。車両に搭載されたマイクが音声を拾い、タイムラグがあってから、ディスプレイに複数の角度で撮影された映像を出し始めた。
ひとりの人間が、建物に足を踏み入れるところから始まっている。中央のもっとも大きな表示領域は、その人間を正面からとらえた映像だ。
「……あれっ? セトじゃないな?」
「まぁ、そうだよねぇ……」
「んんん? これ、オマエか?」
「なに言ってるかな。ボクなわけないでしょ」
「そうか! 髪型が違うな!」
「……馬鹿なの?」
「これ見るのか? セトもアイツらもいないけど」
「そうだねぇ……でも、このひと、あれだけの感染者を倒せるとは思えないけどね」
「仲間が来るんだろ? こういうの、お約束って言うんだぞ」
「ふぅん……まぁ、見ようよ。あれ全部を倒したなら、いい暇つぶしになるかも。……逃げちゃったこのひとも、他の仲間も、みぃんな捕まえてさ……遊ぼうよ」
「それいいな! パニックムービーにしよう! 傑作を撮るぞ!」
「……主役は?」
「生き残ったヤツ!」
軽快に答えた赤髪の青年。黒髪の少年は映像を見つめたまま、その左の頬に愛らしいえくぼを作って微笑んだ。
「全滅も、ありだね」
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