相澤雅治 

俊也

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バトルの出会いは突然に。

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ここまで、なのか…。
目も眩むような絶望感、も通り越して、既に精神が麻痺してしまっているかもしれない。
「おう、前に行け、アレに乗るんだあくしろよ」
屈強な男…テンプレ通りのそのスジのもの2人に両脇を抱えられ、相澤雅治はゆらゆらと埠頭に向かっていた。
視線の先には夜目にも分かる。
遠洋漁業?に使うと思しき漁船。
クソみたいな人生だったな。
氷河期だか何だか知らないが、何も成し遂げられず、底辺ブラック企業の営業に…。
その環境なりに器用に立ち回る能力などなし。上司先輩達のサンドバッグとなり…
疲弊し切った精神、かつては何か夢や志らしきものを持っていたかもしれないが、結局ギャンブルや風俗に逃げ場を求めるしかなく…。
気がついたら借金が膨れ上がり、今ここに…。
どこで間違えた。
両親が亡くなって…大学中退…
ただでさえ就職状況は…

いや、やめよう。考えたところで…。
両脇を抑える筋者達の腕力が痛いくらいに増す。
目の前のタラップを渡って漁船に乗れば、完全なる人生終了…。
「くく…。まず半年耐えれば生きて帰れるぜ?
確率5パーくらいだがなぁ?
勿論生命保険との二段構え。俺らにはどっちに転んでもノープログラム笑
まあ頑張れや。」
後方からのリーダー格の男、永田哲三の下卑た声…。

だが、それどころでなかった。
相澤の脳髄の中で、痛いほどの勢いで電撃のような何かが駆け巡っていた。

これじゃない。
記憶はある。だが、
これは「俺」ではない。
そう…。

「おら乗れえ!!!」
怒声が脳髄を貫いた瞬間、そこで何かが弾けた。
ピキィン。

次の瞬間、両脇の筋者が突如崩れ落ちた。
それまで力を入れていた相澤の身体の感触、手応えが突然消えたのだ。
自分たちの腕力と体重を支える脚力が、突然逆流し…としか説明できない流れで、二人の屈強な男がコンクリートの地面に叩きつけられる。
「ごばあっ!!」
「はげぶっ!」
その二人の後頭部にに間髪入れず、踵蹴りを叩き込む相澤。
!!!$%??!@!?
永田と、付き人の倉田は愕然とした。
シノギとも言えない、無数のカモを引き渡すだけの作業だった筈が…。
無力そのものの素人中年が逆襲…
しかもそれなりに腕の立つ2人を瞬時に斃す…だと!?
「テメェ!!」
倉田は目の前の現実を専門分野の暴力でねじ伏せるべくダガーナイフを抜いた。
190センチ110キロの修羅場で鍛えた巨体。
173センチ70キロ程度の貧弱リーマンに負けるはずもなく…

力任せでない、シャープな身のこなしで相澤に肉薄する倉田。
「エグってワカらせてやらぁ!」
パシッ。

なにっ。
永田もナイフを突き込んだ倉田も目を剥いた。
悠々と受け止め、押さえたのだ。
相澤雅治が。
ナイフ抜きのパンチだとしてもすぐ背後の海面に殴り飛ばされそうな倉田の太い腕…手首付近を。
「クソがあ!それがどうした!」
そう、圧倒的筋力、体格差で押し込んでしまえばいい。
だが…
うっ、動かない…。
それどころか!
短身痩躯の素人の筈の相澤が逆に押し返して、倉田の両腕を抑え込みつつ逆にナイフを突き返して来たのだ…!

どっ、どういう怪力!?
文字通りの力関係は逆転した。
大人と赤子並みに。
そして躊躇いもなく、相澤雅治は倉田の鳩尾にナイフの切先を突き込んでいく。
「ああああひっ、や、やめ…やめてとめて…おごう!??!」
豆腐のように貫かれる倉田の筋肉と心臓。
血の噴水からはスマートに身を躱す相澤。

いったい何…こいつ…。
震えながらも、拳銃を抜き払う永田。
今まで目にしてきた、生業としてきたものとはあまりに異質な、次元の違いすぎる暴力…ッッッ!?
「舐めとんのかキサマァ!」
それでも反射的にトカレフの引き金を引く。
パァン!
外れた。
いや、避けた!?
バカな!?
あくまでポーカーフェイスを崩さず。
しかし信じられない速度で両者の距離を詰める相澤。
「あああああああああああ!?」
2発発砲も当たらず。
永田の顔面に右ストレートがめり込む。
「ぶべぱあっ!?」
仰向けになった永田の胸を相澤の右脚が抑え込み、いつの間にか奪われた拳銃が突きつけられる。
「あ…が…やめ、許して…」
返答は2発の銃声。
突如蘇った「何か」に記憶は混濁している。
だが相澤雅治としての怒りと憎悪の対象。
そして今後もまとわりつく敵。
この男がそうであるという認識があるなら、相澤になんの躊躇もない。

いつの間にやら載せられる筈の漁船は強引に出航し逃亡していた。
永田の懐を探る相澤。
例のトカレフは…予備弾倉もなく、やはり模造品。
奪ってもリスクを増やすだけだ。
セーフティーを戻し適当な位置に置く。
財布から推定30万円のみ頂くこととした。

立ち上がる相澤雅治。
どうやら、オレはオレとして自我を取り戻したらしい。
だが、今何故こうなっていたのかはわからない。

サイレンの音がようやく聞こえ出した中、通りに出て、3分程早足で歩いた所でタクシーを拾う。
返り血等は少なくとも素人が気づくレベルでは浴びていない。

なんか物騒ですねえ、というドライバーとの会話に適当に付き合いつつ、自分が取り上げられていたと思しきスマホを覗く。
「木下部長」の名義のメッセージに何度も営業報告が、ノルマがどうのと自分宛の罵倒が並んでいた。
いくつもの着信履歴も。
怯えと、精神の疲弊、怒りの記憶の残滓
先程までの自分が…。

仕方ない、明日だけは普通にこれまでの相澤雅治として「出勤」するか…。









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