相澤雅治 

俊也

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自由への一撃

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一夜が、明けた。
明治川食品営業部
それが名古屋の都心部にある相澤の勤め先である。
そのフロアに一歩踏み込む。
確か、昨日までは、職場が近づくにつれ、頭痛や吐き気、めまいがしてたんだったか…。
オフィスの同僚達が呆気に取られている。
現在9時30分。
彼ら彼女らの知る相澤雅治は、律儀に定時30分前に来ては、やや遅れて出勤してきた木下営業部長に一方的に怒鳴られテンパり、そしてよろよろと頼りなく外回りに行く…。
そのイメージと、全く違っていた。
遅刻を悪びれるという概念すらなく。
ポケットに左手を突っ込みオフィスを悠然と歩く。
気まぐれに視察に来た経営陣幹部のような…いやもっと上の…
本当にあの相澤!??
「キサマああああああ!!
上司を舐めとんのか!
完全既読無視とかオレはストーカーですかあああ!?
そもそも!オレの電話には2コールで出ろ!
ヤーカドさんの案件、てめえで処理しろと…」

ああ、こいつだったか…。
胸の中にまだ残るヘドロ。
「なんとか言えや!給料没収するぞゴラァ!?」
「…みたい。」
「アア!??」
「休みたい。しばらく、こっち側は。」
胸ぐらを掴まれる相澤。
「てめえマジで人権無くすぞ!?24時間365日働かせてや…」
!?
唐突に床に倒れ臥す。
罵倒していた部長、木下の方が!
「ごぶあああああ!!がはっ、げっふっ!」
周囲が一斉に立ち上がり、騒然となる。
「部長!」
「きゃあっ!何!?」
「部長ッ!」
「大丈夫ですか!血、血を吐いてる!」

「あー倒れた。過労だろうな、救急車よんでやりな。
じゃ、俺退職届(レシートの裏)置いて帰るから。」
もはやかつて恐れていた上司には一瞥もくれず、両手ハンドポケットで去っていく相澤。
「おい!相澤!お前何普通に…」
「あいつがなんかしたのか!?」
「いや?手ぶらで突っ立ってただけですよ。」
「だよな、俺も見てた。大体そんな事できるキャラじゃないし。」
「それより救急車は…」
皆が唐突な非日常に放り込まれ狼狽し、相澤の後をつけるどころでもなかった。
それに部長は急病で倒れ…

違う、違うよアレは。
オフィスの隅に居た女性社員、生田絵理香は内心で呟く。
ボディーブローか何か。
相澤さんはコンマゼロ数秒で繰り出した。恐ろしく速い突き。
(元空手部の)私でなきゃ見逃しちゃうね…。

かと言って、相澤を追ったり、警察に云々という発想は浮かばなかった。
私たちの知らないだれか。
というより、圧倒的に高い次元にいる何者か。
さっき入ってきた時から何もかもが違った。
怒られ役社員が突然キレた、などという低次元の話ではない。
怪物…

それも、本来なら名前すら口にできないレベルの途方もない禁忌…。
学生時代膝を怪我しなければプロ格闘家にも、と言われた彼女だからこそ、感じることのできた戦慄…。

(胃は破裂したか。まあ地獄だろうな。
一命取り留めればめっけもんだろう。
どうでもいい、あんな不摂生の塊相手ではリハビリにもならない。
それよりも…)
当の張本人は雑踏を久々にのんびりと歩く。
文字通り、休みたかった。
「どちら側の相澤雅治」も。
ネットニュースを見る限りでは、昨夜の「謎の暴力団員殺害事件」の報道はまだされていない。
警察は当然水面下で動いているであろうが、おそらく最速で重要参考人として手配するにも2.3日はかかるだろう。
個人レベルで気づく者はいるかもだが、組織としては…。

とりあえず…だ。
ファミレスで食事を摂り、目についた小綺麗なシティホテルにチェックインする。
それからシャワーを浴び、相澤は泥のように眠り込んでしまった。


「すみませんお呼びたてして。」
尾張田与おわりだよ総合病院に、壮年の外科医を訪れて刑事2名が来た。
「いえ、不審な事件性のある怪我と言うならば…。それより、どう言う状態なのでしょうか?」
「私も初めて見る『症例』でして…
患者の胃は交通事故等の内臓破裂に近い状態。
ですが、『外傷』つまり患者の皮膚、皮下脂肪、筋肉、それらの組織の損傷痕は一切無いのです。
患者本人はまだ意識が…」
外科医の説明に、顔を見合わせる刑事2名。
「ええとつまり、患者は疾患でなくなんらかの負傷。
だが身体の外側は一切傷がなく、臓器のみと…?」
「はあ、まあシンプルに申し上げれば、そうなります。」
………!!
「まずは貴重な情報提供、ありがとうございました。」
病院を出る2名の刑事。

「えっ、馬場さん、まさか事件だと思ってます?」
そう後輩の男性刑事に言われた馬場警部補は振り返る。
「逆に事件性なしとして、報告書上げられるかお前…?」
「それは…確かに」
「昨夜の筋者殺しの件と無関係、とも言い切れねえ。」
「えぇ…?」
「どちらも不可解過ぎると言うことだ。
任意で聞き込みをしたガイシャの親の組幹部に聞き込みをした範囲じゃ抗争になるような火種はない。
もちろん隠してデカい取引がありトラブった可能性はある。
だかそうだとしても、死んだ4人のうち2人は凶器が特定されてねえ。
複数で襲いかかったなら、手際良く刺すなり撃つなりすればいいんだが…?
近くに人家も多い場所でそもそも派手にかますかと言う疑問もあるしな。
で、その2人の傷跡も、もしかしたら凶器でない可能性もある、と鑑識医が言っていた。」
「と、言う事は…えっ?素手の拳や蹴り?」
「素手よし、武器使用よし。
そう言うプロ中のプロが居たって可能性があるってことだ。」
「嘘でしょ…」
「ただ、そう考えてなお、先程のアレなどはファンタジー過ぎる。
ブルース・リーが生き返っても無理だろう。
当然そんな根拠じゃ、上が俺の思うように手配してくれるとはとても思えんが…やるだけはやってみるしかない。」
しばらく休みは取れねえな、と後輩刑事の杉内は内心で嘆息した。






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