その花の名前は

青波鳩子

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【番外編:後悔の中で ③トビアス・ベルディーニ騎士爵令息】

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騎士団団長である父の前で首を垂れる。

「トビアス、おまえが騎士の叙任式で述べた口上をここで言ってみろ」

「……我、真理を守らん、孤児と寡婦を守らん、祈りを捧ぐ人また勤勉なる人を……守らん……」

「その誓いを述べておきながら、デルフィーナ・クレメンティ公爵令嬢に暴力をはたらいたというのはどういう訳だ。女性は守るものであって攻撃する相手ではない」

「それは誤解です!」

「誤解されるような言動こそが、騎士の風上にも置けぬと言っている」

「いつも言われるままだったのに、あの時だけ俺に言い返し、涙を見せたことは俺を陥れるためのあの女の策略だったのです!」

「いつも言われるまま? おまえはデルフィーナ嬢に何を言っていたのだ?」

「い、いや、俺ではなくて……その、ジュリアが……」

「ジュリア嬢から、デルフィーナ嬢はおまえの言うところの『いつも言われるまま』だったというのだな。ならばおまえが守るのはデルフィーナ嬢であろう」

「ジュリアはあの女に虐められていたのです!」

「あの女と言うな、デルフィーナ・クレメンティ公爵令嬢だ。ジュリア嬢が虐められていたという証拠は?」

「……証拠などっ! ジュリアはいつも泣かんばかりに訴えていました!」

「証拠も無しに、泣かんばかりに訴えていたらおまえはそれを信じるというのだな。
では私も騎士として、泣いておまえの暴力を訴えたデルフィーナ嬢を信じよう。
おまえは何故デルフィーナ嬢の涙は策略だと言い、ジュリア嬢の泣かんばかりの訴えは信じるのか」

「……そっそれは……どうして父上はそんな嫌味な言い方をするのですか? こういう逃げ道を塞ぐような言い方は卑怯に感じます!」

「逃げ道を塞ぐと言ったところが答えだ。
おまえは自分が逃げたくなるようなことを言った自覚もないのか。
卑怯なのは言い逃げするようなことを言ったおまえのほうだろうが! 
おまえは剣に誓った騎士だろう。
何故ジュリア嬢とデルフィーナ嬢の涙に差をつけるのか。もしそれがただのおまえの好き嫌いだというなら、私は今すぐここでおまえの剣を折る! 本当は剣を持った腕ごと斬り落としてやりたいくらいだ!」

そう父に言われ、俺は何も言い返せなかった。
あの時、コルラードが公爵家の権力を使ってと言ったことに、あの女は王妃殿下が決めたことで公爵家は関わりがない、訂正するなら聞いてやるみたいなことを言った。
それがあまりにも高圧的で愚かだと思ってそう言ったら、愚かと言ったかと詰め寄られそうになった。
いや、聞いてやるとは言ってなかったな……そんな言い方ではなかった。

考えてみれば、証拠も無しにあの女に喧嘩を売るようなことを先に言ったのはコルラードのほうだ。
逃げ道を塞がれた気がして頭にきたが、何故『逃げ道』だと思ったのか。
逃げる必要があると思ったということは、卑怯なことを言ったからなのか……。
証拠も無しに、ただあの女が気に食わないというだけの理由で喧嘩を売り、それを正しく返されて逃げたくなって逃げ道を塞がれたと思い逆上した。

……俺たちのあの時の言動は、最初から最後まで卑怯で塗り固められていた……。

「……ジュリア嬢は五か月の服役だそうだ。彼女の犯した罪は公に認められた。
そのジュリア嬢の涙だけを盲目的に信じ、公爵令嬢に暴力をはたらいたおまえを騎士団団長として、騎士を返上させる。
同時に私も団長の地位と、陛下に賜った騎士爵を返上することにした」

「騎士爵をですか! 何故そのような……」

「おまえが言うことか、おまえのしでかしたことの責任を取るためだ」

あの女のせいでこんなことになってしまった……。
だが、そんな個人的な好き嫌いを皆で共有し、それを理由に集団であの女を攻撃していい理由などどこにもなかった……。
それは虐めというものであって、何よりも卑怯な行為だ。

夜会でエクトル殿下が、何度も飲み物を特定の人物にうっかり掛けてしまうなら、掛けているほうがおかしいと思わないのかと言った。
言われてみればそうなのだ。
だが、ジュリアは剣しか取り柄のない俺を素敵だと言ってくれて……。
だから、なんだ。
俺は単なる好き嫌いだけであの女……デルフィーナ嬢に卑怯なことをあたかもそれが正義かのように言っていたのか……。

「どの道おまえは王族の護衛騎士にはもうなれない。ロルダン殿下は先日の風邪を拗らせて、今重篤な状態にあるそうだ。
王妃殿下は泣く泣くロルダン殿下の代わりに新たに弟君のエクトル殿下を王太子とすることを決定なさった。
デルフィーナ・クレメンティ公爵令嬢も他国で療養するようだ。
もちろんお二人は婚約を解消なさった。
王太子ではなくなったロルダン殿下の護衛におまえが付くこともなくなったというわけだ。
たとえおまえの処分がなくとも、あのエクトル殿下がおまえを傍に置くことはないと断言できる。
エクトル殿下は曲がったことが大嫌いなお方で、デルフィーナ嬢に謂われなき侮蔑を向けていたおまえたちを重用することはないだろう」

「では……俺は、これからどうすればいいのですか……」

「バルデム宰相の領地で、雑兵として雇ってもらえることになったが剣を与えられるまで何年もかかるだろう。誰かを守るとはどういうことか、おまえは雑兵からやり直せ。
バルデム宰相の嫡男は、領地で下働きをするそうだ。侯爵令息として、世話をされる側だった人間が、誰かの世話をするのは容易なことではない。それでも命と反省があるならどうにか生きていけるだろう」

「分かりました……。父上の言うとおりにいたします」

騎士でなくなった自分に、何か価値があるとは思えなかった。
卑怯者で愚か。
そんな人間が人を傷つける剣を持ってよいとは思えない。
本来、剣は誰かを傷つける目的で持つのではなく、誰かを守るために在るのに俺はその精神が欠けていた。
だが他にできることは何もなく、剣を杖にして自分を支えていたことに気づいてしまえば、それをなくした今、どうやってこの道を歩いていけるのか。

あの日、デルフィーナ嬢に言った「卑怯な」「愚かな」という言葉は、すべて自分に跳ね返って来た。
そういえばどこかで聞いたことがあった。
怒りに任せて口から飛び出ていく言葉は、自分の中にある認めたくない自分の本来の姿のことだと……。
「卑怯」も「愚か」も、俺自身のことだった。
それを認めたくないから、自分の中から追い出したくてデルフィーナ嬢にぶつけたのか。
真実、自分は卑怯で愚かな……騎士どころか、人として最低の人間だ。
早くゼロからやり直したかった。



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