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赤髪よりもやかましい男は、とりあえず王都の外に置いてきます

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「……んん?」
 目が覚めて視界に飛び込んできたのは、ちょっと前までようやく見慣れたなぁと思っていた第二寮棟の綺麗な白い天井だった。
 あれ? おかしいな。確か肉を食べていたはずなんだけど……最後まで食べた記憶がない。ついでに言えば、楽しみにしていた食後のデザートの記憶もないんだが? 
 昨夜のことを思い出そうと考え込んでいれば、誰かが部屋の扉をノックした。
「サフィラス……起きているか?」
「パーシヴァル? うん、起きているよ」
 急いで寝台から降りて扉を開ければ、眉間に皺を寄せ気味のパーシヴァルが立っていた。
「体調はどうだ?」
「え? 体調?」
 剣胼胝で少しざらっとした手が俺の前髪を掻き上げると、整った顔がグッと迫ってきて額を触れ合わせた。近すぎる体調確認に心の臓が騒ぎ出すけど、パーシヴァルが全く気にしていないのに俺が変に動揺しているのもなんだかおかしいので、ここはぐっと平常心を保つ。
「……熱はないようだな」
「うん、体調はすごくいいよ。でも、肉を食べている途中からの記憶がないんだ。なんで?」
「ああ、食事中に眠ってしまったんだ。疲れているようだったので、無理には起こさなかった」
 ってことは、俺はあの肉をほとんど食べないまま寝落ちてしまったのか。
「なんてことだ……」
 とんだ失態に俺が頭を抱えていれば、パーシヴァルが眉間の皺を解いて口元を緩めた。
「その様子なら、本当に調子は悪くなさそうだな。朝食は食べられそうか?」
「勿論! すぐに支度をするから待ってて!」
 俺は急いで顔を洗って身支度を整えると、パーシヴァルと揃ってカフェテリアに向かう。
 カフェテリアでは学院生に混じって、負傷した騎士や疲れた顔の魔法使いも食事をしている。
 魔獣の脅威は去ったとはいえ、まだ王都は混乱している。騎士も魔法使いも大して休む間はないだろう。束の間の休息だな。
 カフェテリアの料理人もそんな騎士や魔法使いたちだけではなく、避難してきた王都民にも対応しなければならないからだろう、いつもなら選べる朝食もスープと麺麭だけになっている。と言っても、具沢山で上等なスープだけどね。
「少しだけお肉を多めにしてもらえますか?」
 昨夜は満足するまで肉が食べられなかったから、こっそりとお願いしてみる。
「いいですよ。他の人には内緒ですからね」
「やった! ありがとうございます」
 俺の我儘に応えて、料理人は肉を多めに入れてくれた。
 駄目元でも頼んでみるものだな!
 空いている席に着くと手短に女神に感謝を捧げ、早速頂こうとすれば、パーシヴァルが自分のスープから肉を掬って俺の器へと入れてくれた。
「え? いいの?」
「ああ。サフィラスはしっかり食べて、いつでも動けるように備えておいた方がいい」
「ありがとう!」
 遠慮なくパーシヴァルからの肉も頂く。よく煮込まれている肉は、口に入れればほろほろと崩れる。塩漬けの肉を使っているので、味もしっかりと付いていた。
 魔獣の大発生で食料の確保が難しくなると見込んで、日持ちのする食材を学院に運び込んだんだろうな。だけど、さすが学院の料理人だ。保存食を使ったスープなのにとっても美味しい。
「サフィラス! パーシヴァル! 久しぶりだな! 昨日は随分活躍したそうじゃないか! 助かったと兄上が言っていたぞ!」
 味わい深いスープを堪能していると、なんだか懐かしい大声がこちらにやってきた。
「……赤髪」
「なんだよ、久しぶりの再会だと言うのに、そんな嫌な顔をしてくれるな。さすがの俺でも傷つく」
 どうやら無意識に嫌な顔をしていたらしい。なんというか、条件反射というやつだ。
「あ、ごめん。無意識だった。悪かったよ、よかったら座れば?」
「いいのか?」
「どうせ、相席するつもりできたんだろ」
「なんだ、バレていたのか。じゃぁ、遠慮なく」
 赤髪が席に着く。
 この顔ぶれも久しぶりだな。学院を離れていたのは一、二ヶ月のことなのに、それ以上の月日が経っているような気がする。なにしろ、色々ありすぎたからなぁ。
 だけど、なんだかんだ言ってやっぱりここクレアーレが落ち着く。たとえ赤髪がうるさかったとしても。今となっては、この騒がしさもなかなか悪くはないと思う。
「王都の方はどうなってるの? お兄さんから何か聞いている?」
 召喚獣を呼び出した後はほとんど森の方にかかりきりだったので、街がどうなったのか気になる。
「ああ、サフィラスの召喚獣たちが、城郭内に入り込んだ魔獣をあっという間に倒してくれたおかげで、今朝からは負傷した王都民の救護と、冒険者ギルドと協力して素材の回収をしてる」
「そっか、よかった」
「なんだ、このスープは!」
 みんなが和やかに食事をしているカフェテリアに、赤髪の大声が可愛らしく思えるほどの耳障りな怒声が響く。周囲の視線が一斉に声の出所に向けられた。
 ちょっと偉そうな騎士が、部下らしき男に何やら文句を言っている。
「国の為に働いているこの私に、こんな屑のような具しか入っていないスープを出すとは! 馬鹿にしているのか!」
 はぁ? 屑のような具だと? そいつは聞き捨てならないな。
「ブ、ブライアント班長、あまり此処で問題を起こさない方が……またハーヴァード団長に叱られてしまいますよ」
「うるさい! 魔獣を前に撤退をするような奴が一体なんだというんだ!? はっ! 笑わせる! あの男は腑抜けだ! あんな奴が第二騎士団長だとは心底情けない! あの男よりも俺の方が剣の腕は上なんだ! あんな魔獣ども、俺なら簡単に倒せたというのに! くそっ、あの忌々しい若造め!」
 ハーヴァード団長って、もしかして赤髪のお兄さんのことじゃないか。
 俺の隣で赤髪が拳を握ったのがわかった。俺は小刻みに震えている赤髪の拳に手を置く。まぁまぁ、ちょっと堪えてくれ。気持ちはわかるが、赤髪がやらかせば兄上の立場が悪くなるぞ。
 代わりに俺が立ち上がると、パーシヴァルも一緒に席を立った。気持ちは嬉しいけど、ここは俺に任せてほしい。
「パーシヴァル、ごめん。赤髪と一緒にちょっと待ってて貰えないかな」
「……無茶はするなよ」
「勿論」
 俺は大声でハーヴァード第二騎士団団長の文句を言い続けている男の前に歩いてゆく。男を宥めている部下は、怒鳴られすぎてすっかり小さくなっていた。この人も厄介な奴が上司で災難だな。
「ねぇ、おじさん」
「……なんだ、お前は?」
 いきなりやってきた俺に、騎士は怪訝な目を向けた。
「おじさんが誰をどう思っていようとそれはおじさんの勝手だけどさ、誰の耳に入るかわからないこんな場所で喚き散らすのはやめた方がいいと思うよ。それに、せっかく美味しいスープを味わっていたのに、おじさんが煩いせいで台無しなんだけど」
「なんだとっ! あれだけ魔獣が雪崩れ込んできた王都で、今生きていられるのは誰のおかげだと思っているんだ!」
「誰って、そりゃぁ主に俺のおかげだけど?」
 正確には召喚獣たちのおかげだね。本当に頼りになる友人たちだよ。
「貴様っ! たかだか学生が! 礼儀ってものを教えてやる!」
 男が俺の胸ぐらを掴むのと同時に転移して、王都の外に連れ出した。
「っ!」
 突然周囲の様子が変わって驚いた男は、きょろきょろと視線を巡らせて息を呑んだ。辺りには素材になるのを待っている魔獣が転がっている。昨日王都の森から飛ばしたやつだな。
「こ、ここは一体……」
「王都の外だよ。ここでならいくらでも怒鳴れるでしょ。好きなだけ言いたいことを言えばいいよ」
「お、お前……転移魔法が使えるのか」
「まぁね。それより、俺はハーヴァード第二騎士団団長を知っているので一言言わせてもらうけど、あの人は部下思いの立派な方だよ。だからこそ、部下を守るために戦略的撤退をしたんだろ。馬鹿みたいになんでもかんでも突っ込んでいけばいいってもんじゃない。そんなこともわからないような奴は、さっさと退団する事をお勧めするよ。あんたのような奴が一人でもいると、死ななくていい人が死ぬことになるんだ。そもそも、あんたはそんなに偉そうに言えるほど強いの?」
「なっ! 貴様! 私を誰だと思っている!」
「さぁ?」
 そんなの俺が知るわけがないし、全く興味もない。
「そんなに強いって言うなら、ここから一人で王都まで戻ってこられるよね」
 だいぶ遠くとはいえ、王都はちゃんと見えている。頑張って歩けば昼過ぎには戻ってこられるんじゃないかな。この辺りの魔獣は殲滅しているはずだから、きっと一人でも大丈夫だろう。
「……は? なんだって?」
「万が一魔獣が出ても大丈夫でしょ。なにしろ、ハーヴァード団長よりも強いんだから。それじゃ、俺は一足先に戻ってるよ。じゃぁね」
 男は何か喚き散らかしていたけれど、折角のスープが冷めてしまうので俺はとっとカフェテリアに戻った。

「ただいま!」
「大丈夫だったか?」
「うん、全然大丈夫だよ」
「……タイがゆがんでいる」
 カフェテリアに戻ると、待ち構えていたパーシヴァルが、男に掴まれたせいで崩れてしまった襟元をぱぱっと直してくれた。
「ありがとう」
「……おい、サフィラス。あの騎士はどうした? まさか、っ……」
 一人で戻ってきた俺を見た赤髪が、なぜか顔を青褪めさせる。なんでそんなに動揺してるんだと思ったけど、「まさか」の後に続きそうになった言葉を慌てて否定する。
「いやいや! 騒いでも誰にも迷惑がかからない王都の外に置いてきただけだから! 二、三刻もすれば戻ってくるって! もう危険はないだろうし、運が良ければ後片付けをしている同僚に拾ってもらえるんじゃないかな」
「そうか……すまない。面倒をかけた」
「いや、俺が耐えられなかっただけだよ」
 ようやく落ち着いた俺はスープにありつく。よかった、まだ十分温かい。
「うん、美味しい」
 赤髪が言うには、あの男はそれなりの家の五男で、ほんのちょっと剣の腕が立つからってだけで、かなり強引に押し付けられる形で騎士団に入団してきたそうな。
 わかりやすく言うと、剣を振るうぐらいしか能が無く、かといって正規の入団試験ではとても騎士にはなれないような奴が、上のゴリ押しで騎士になったってことだな。
 案の定、乱暴な上に性格にも問題がある。そのせいで、どの部隊からも受け入れをお断りされていたところを、ハーヴァード団長が引き受けたらしい。何も肩書を与えないわけにもいかない相手だったので、とりあえず班長にして何人かの部下をつけてやったそうだが、どうやらそれではご不満だったらしい。しかもハーヴァード団長の方が年下だったから、尚のこと反発していちいち突っかかっているんだとか。なんて迷惑な。
 赤髪はお兄さんを尊敬しているからな。あんなことを言われて冷静でいられるはずがない。だからと言って、殴ったりしていたら大変なことになっていた。
 しかし、ああ言う輩のせいで部隊が全滅したって話はそう珍しくない。俺はそんな冒険者パーティを見たことがある。だから、そうなる前にとっとと退団させるか、訓練兵からやり直させるべきだ。
 あいつが剣を持つなんて100年早いわ。
 
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