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けしからん王太子再び

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「今からエト・ケテラに向かわれるのですか?」
 杖と指輪を取り返しに行く前に、一応アウローラには声をかけた。すぐに戻ってくるとはいえ、急にいなくなったら心配するだろうからね。
「うん、ちょっと大事な用があるんだ。ここはもう大丈夫そうだし、今のうちに行っちゃおうと思って。道すがら魔獣を片付けながら行くつもりだから、戻ってくるのは明日か明後日になるかも」
 今世では行ったことのないエト・ケテラには直接移動ができないので、飛び石転移で一番近い国境まで行って入国するつもりだ。それなら移動のついでに、魔獣も退治しちゃおうなどとパーシヴァルと話をしたのだ。
 王都は落ち着いたものの、周辺ではまだ魔獣の大発生は続いている。王国の騎士や魔法使いだってそんなに広く手は回らないだろうし、各地の領主だって自領の騎士や兵士だけで対処するのは大変だろう。
 俺が魔獣を倒して余裕が出たところは、他領を助けてあげればいい。大変な時なんだから、互いに協力しなきゃね。
「サフィラス様……魔獣を討伐して頂けるのは大変ありがたいことと思っております。わたくし達だけでは、今すぐにすべての地に手を差し伸べることはできませんもの。ですが、だからと言ってわたくし達が出来ないことをサフィラス様にお任せしてしまうのは如何なものかと思っております。
 確かにサフィラス様の魔法はとても強力ですわ。これまでも、そのお力に何度助けられたかわかりません……正直申し上げますと、魔獣が王都に流れ込んだ時、今ここにサフィラス様がいらっしゃればとわたくしは思ってしまいました。ですから、サフィラス様とパーシヴァル様が王都に駆けつけてくださった時に、心の底から安堵いたしましたの。ですが、わたくし達はサフィラス様の寛大さに甘えすぎているのではないかと、今は深く反省しております。サフィラス様は王国に仕える魔法使いでも、依頼を受けた冒険者でもなく、守られるべき民の一人です。しかもまだ学生の身分なのですから……何より、わたくしはサフィラス様のお体が心配なのです。昨夜はお食事中に意識を失われておりましたわ。わたくし達の為に、無理をなさっているのではと……」
「いやいや、ちょっと待って!」
 なんだか俺をすごく良い人みたいに言ってるけど!
 俺の行動原理は、動きたいか動きたく無いかだ。別に寛大でもなんでも無い。
 アウローラは真っ当な考えを持った貴族のご令嬢だ。どんなに親しくても、無条件に甘えることを良しとせず、頼ることを当たり前だと思わない。そして人の為に尽くすことを、相手に押し付けたりもしない。
 案外アウローラの姿勢と真逆な奴は多いもので、冒険者時代にはそう言う輩に何人も会ってきた。当然俺はそんな奴らの要望に応えたりはしなかったけどな!
 だからこそ俺は、アウローラのような人には積極的に関わろうって思っちゃうんだよな。大概俺もお人よしなのかもしれないけど。それだって、誰に対してもってわけじゃない。
「アウローラ嬢、俺のことを心配してくれて嬉しいよ。色々と考えてくれたみたいだけど、そもそも俺はやりたいことしかやらない主義なんだ。やりたくないことは、例え国王陛下が頭を下げたって絶対にやらない。どんなに不敬だって言われてもね。それに、俺はそんなに善人じゃないから、誰かのために自分の力を使わなきゃなんて考えは、爪の先ほどもない。俺のやっていることの全ては、俺自身がやりたくてやっていることだから、あんまり大袈裟に考えられちゃうと、好き勝手やりにくくなっちゃうから気にせずにいて貰えるとありがたいよ。それから、昨日はぐっすり眠ってすっかり回復しているから大丈夫! 朝は美味しいスープをお腹いっぱい食べたしね」
 これでも以前に比べればかなり体力はついている。何年も碌でもない環境で育ったせいで、だいぶ虚弱ではあるけれど。今はお肉をたくさん食べているから、これからの成長に乞うご期待だ。
「……わたくしは得難き友人と出会えたことを、女神フォルティーナに感謝しなければなりませんわね」
 アウローラが表情を綻ばせる。アウローラこそ聖女なんてものに祭り上げられて、気苦労も多いだろう。あんまり考えすぎず、肩の力抜いてやってほしい。
「サフィラス様、お任せしてしまいますが、どうかなにとぞよろしくお願いいたします。パーシヴァル様、サフィラス様が無茶をなさりませんよう、くれぐれもよろしくお願いいたします」
「ああ、任された」
「やだなぁ、二人とも。俺はもう無茶なことはしないよ!」
 俺がそういえば、二人からは全く信用できませんと言わんばかりの視線が向けられてしまった。いや、いや、無茶をするのは俺だけじゃないぞ。パーシヴァルの無茶だってなかなかなものだ。
 だけど、パーシヴァルが無茶をする時は大体俺が絡んでいるので、それ以上は黙っておくことにした。

 アウローラに見送られて、俺とパーシヴァルはエト・ケテラに向かった。
 いつでも転移で戻ってこられるので、特に旅支度はしていない。必要なものがあれば取りに戻ればいいし。
 ちなみに俺は旅が好きなので、そんな無粋をするのは緊急の時だけだ。
 道すがら溢れている魔獣を片付けて、ちょっと美味しいものをいただいたりしながら、俺たちはエト・ケテラの国境にたどり着いた。あちこちで魔獣を一掃しながらきたので、すっかり日が暮れている。
「……ここからはオルトロスの嗅覚にかかってる。俺の匂いがする魔法具を持っている奴がいるんだけど、そいつを探し出してくれないか?」
 オルトロスはそれぞれの頭を周囲に向けて、ふんふんと鼻をならす。
 間も無く俺の魔力の匂いを嗅ぎ取ったのか、二つの頭を同じ方向に向けたオルトロスが走り出した。
 低木の茂みも足場の悪い斜面も難なく走ってゆく。ウェリタスがどこにいるのか、俺には皆目見当がつかないけど、オルトロスにはもう彼の居場所がわかっているんだろう。
「そういえば、このエト・ケテラには魔獣が溢れている様子はないな?」
「そうだね……」
 確かにパーシヴァルの言う通り、一帯は静かで魔獣の気配は感じられない。というか、静かすぎてかえって気味が悪いくらいだ。
 後ろからパーシヴァルが考え込んでいる気配がする。
「何か気になる?」
「……ああ。各地で魔獣の大量発生が起きているというのに、このエト・ケテラとヴァンダーウォールには今の所何も起きていない……まるで何かの緩衝帯のように感じられないか?」
「言われてみれば」
 この二つの地に共通していることは、シュテルンクルストとの国境に接していると言うことだ。
 シュテルンクルストの向こう側半分は海に面してる。陸地側はこのエト・ケテラとソルモンターナ、それからアドマーレという国がある。アドマーレの国境付近でも何も起きていなければ、パーシヴァルの言う緩衝帯説が信憑性を帯びてくる。
 大発生させた魔獣を自国に入れないための緩衝帯か、それとも他に意図があってのことか。何が起きているのかはわからないけど、まずは大事なものを取り返してからだ。
 真っ暗な森を疾走していたオルトロスが、突如として唸り声をあげて興奮しだす。
「オルトロスは一体どうしたんだ?」
 そもそも見た目がちょっぴり怖いオルトロスだ。そんな彼らが荒ぶる獣となって双頭を振り回していれば、パーシヴァルだって心配するだろう。
「どうやらウェリタスご一行が近くにいるみたい」
 思ったよりも早くウェリタスが見つかったけど、こう暗いと周囲がどうなっているかわからない。灯りで照らしても、俺には何も見えないんだけど。
 オルトロスはますます速度をあげて、細い獣道を猛烈な勢いで駆け抜ける。なんというか、彼らはあまり細かい事が気にならない質なので、深い茂みも行手を塞ぐ枝も容赦なく踏みつけへし折ってゆく。ウェリタスに向かってまっしぐらだ。
「ちょ、ちょっと待って、オルトロス! できればもう少し静かに走って欲しいんだけど!」
 飛んでくる小枝の破片や葉っぱが顔に当たるので、堪らず防壁を張る。
「サフィラス、先に灯りが見えるぞ」
「え?」
 オルトロスが突進してゆく先に、松明の灯りが点々と見える。どうやら、ウェリタスはあそこで野営をしているらしい。どうやって彼らの前に登場しようかと思案する間も無く、オルトロスは勢いよく森から飛び出した。
 大きな体で地響きと土埃を立てながら見事な着地を決めると同時に、パーシヴァルの気配が一瞬にして変わった。完全に戦うもののそれだ。
「……うーん、飛び込む場所はもうちょっと選んで欲しかったなぁ」
 十数人に及ぶ騎士達の剣が一斉に俺たちに向けられ、その後衛には魔法使いたちが並ぶ。どうやら敵陣営のど真ん中に飛び込んじゃったみたいだけど、一介の魔法使いの護衛にしては些か数が多すぎないか?
「おや、驚いたな。逃げ出した精霊が自ら私のところに戻ってくるとは」
 二重の護りの後ろに、ウェリタスとまさかの人物がいた。なるほど、そりゃぁ護衛が多くて当たり前だ。
「……これはこれは、エイドリアン・アエテルニタス・シュテルンクスト王太子殿下。その節はどうもお世話になりました」
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