上 下
99 / 177
連載

サフィラス、第二学年に進級する

しおりを挟む
 「そういえば二人は婚約したと聞いたぞ。よかったじゃないか、おめでとう」

 「あ、ありがとう」

 クラウィスが俺たちの婚約を祝福してくれる。クラスメイトにも散々祝いの言葉を貰ったけど、何回言われても照れるものだ。その点、パーシヴァルはいつも通り平常心ってやつだ。太陽の騎士は揺るがないな。

 「いずれ二人はそうなるのだろうと思っていたが……互いに良き番を得たな。リベラもそう思うだろう?」

 「ええ、本当に。いつ番うのかと思っていましたから」

 え、そうだったの? 俺たちはそんな風に見えていたのか。道理でナイジェルやフラヴィアが突っかかってくるはずだ。俺にそんなつもりはなくても、彼らにとっては恋敵だったんだもんな。
 だからと言って、相手の尊厳を踏み躙るような卑劣な事を考えたり、道理の通らない我儘で周囲に迷惑をかけるのは駄目だろう。

 「俺も二人のように、良き番と巡り会いたいものだ」

 クラウィスが眩しいものを見るような眼差しを俺たちに向ける。

 「心配しなくても、クラウィスならきっと素敵なお相手が見つかるさ! 俺が保証する!」

 「うん、そうだな。俺もいつか現れる番に恥じぬよう努めなければな」

 王族の、ましてや王太子であるクラウィスのお相手は、そう簡単には決まらないだろうけど。でも、クラウィスは本当にいい男だ。将来国を背負って立つ彼を、理解し支えてくれる伴侶にきっと巡り会える。
 しかし、まさか俺が友人とこんな話をする日が来るなんて思ってもみなかった。婚約とか伴侶とか。前世も今世も、そんなものには全く無縁だと思っていたけど。人生どこで何が起きるのか分からないなぁ、なんてしみじみと思いながら隣にちらと視線を向ければ、ばっちりと目が合ったパーシヴァルが表情を緩めた。

 「っ!」

 うわ、またしてもっ! 柔らかなその笑みにうっかり当てられてしまった俺の顔が、パッと火照る。
 どうした、落ち着け、俺! 恋を知ったばかりの乙女じゃあるまいし。太陽の騎士の眩しい笑みに目が眩むのはいつものことじゃないか!
 ……そう。いつもの事だけど、最近なんだか今までと違うんだよ。どうにも調子が狂う。

 「初々しいな、」

 クラウィスとリベラに暖かな眼差しを向けられて、最近慣れ親しんでしまった居た堪れなさを味わっていれば、一体どんな緊急事態だよと言わんばかりの勢いで、赤髪がカフェテリアに飛び込んできた。そのままずんずんと真っ直ぐにこちらにやって来たが、肩で息をしているその顔はまるで怒らせたオーガのようだ。
 おいおい、穏やかじゃないな。一体何があったんだよ。帯剣こそしていないが、今にも剣を抜きそうなその様子に、リベラがクラウィスを守るように素早く立ち上がった。そんなやんごとなき2人がまるで視界に入っていないのか、赤髪は勢いも鋭くパーシヴァルに人さし指を向ける。

 「お、お、おっ……!」

 「お?」

 「おっ、おっ、おっ……」

 顔を赤くして、お、しか言わない赤髪に、俺とパーシヴァルは顔を見合わせて首を傾げる。何か妙な呪いでもかけられたのか?

 「お、おめ、……くそーっ! 祝福なんかできるか! おい、ベリサリオっ! やっぱり剣術大会で俺と勝負しろ! お前がサフィラスに相応しい男か俺が見極めてやる!」

 「はぁ?」

 呆れた声を上げたのは、パーシヴァルじゃなくて俺だ。いきなりやって来て一体なんなんだ? 全く意味のわからない男だな。やっぱり呪われているんじゃないか?
 俺はパーシヴァルを指差している赤髪の人差し指を掴むと、曲がらない方にグイッと曲げてやった。

 「痛ってぇー!」

 赤髪が悲鳴を上げて床に蹲る。なんだよ、大袈裟だな。俺は手加減したぞ。こんな奴でも騎士を目指しているからな。剣を握る手は大事だろう。

 「お前、本当に声がでかいな。ここは騒ぐ場所じゃないぞ。パーシヴァルは剣術大会に出ないって、はっきり断っただろ。それに俺に相応しいとか相応しくないとか、それを決めるのはお前じゃない」

 「だ、だけど俺は諦めたわけじゃないぞ!」

 「……この男は何を言っているんだ?」
 
 勢いよく立ち上がって叫んだ赤髪に、リベラは呆れた眼差しを向けた。本当に何を言っているんだろうな。
 ところで、剣術大会は学年の最後の催しだ。話に聞くところによると、毎年かなり盛り上がるらしい。ここで剣の実力を認められれば、王国騎士団から直々にお声が掛かることもあるので、腕に覚えのある者はこぞってこの大会に出場する。

 「そういえば、ディランさんは出場するんだよね?」

 「ああ、最後の出場になるからと張り切っていた」

 ディランさんが出場するなら、赤髪の優勝はまずあり得ないな。今年もきっと優勝はディランさんだろう。

 そんな俺の予想通り。
 剣術大会の優勝者はやっぱりディランさんだった。在学中の四年間に渡り、優勝の座を守り続けた学生は学院創立以来初めてだそうだ。ちなみに赤髪も良いところまで行ったんだけど、ディランさんと対戦するには及ばなかった。随分落ち込んでいたけど、来年に向けてまぁ頑張れと言った感じだ。
 兎にも角にも、大いに盛り上がった剣術大会も終わり、俺はいよいよ第二学年となった。



 「え、夜会?」

 「ええ、そうですの。リリアナ、お二人に招待状を」

 アウローラに促されたリリアナが、太陽と獅子の紋章が黄金に輝く眩しい封筒の乗ったトレイを、俺たちの前にすっと差し出した。宛名はパーシヴァルと俺の連名だ。
 放課後のサロンに招待された時から、なんとなくただのお茶会じゃないだろうなとは思っていたけど。まさかの、陛下主催の夜会のお誘いだった。

 「この夜会はワーズティターズ王国からお客様をお招きしての夜会です。これから我が国は同盟に向けて本格的に話を進めることになります。ですが、貴族の中にはまだ獣人に対して差別的な考えをお持ちの方々がいらっしゃいますでしょう? ですから、同盟を結ぶ前に少しでも互いの理解を深められればと、陛下はお考えなのですわ。サフィラス様とパーシヴァル様は、クラウィス王太子殿下のご学友ですから、是非この夜会に参加して頂きたいのです」

 「なるほどね。互いの理解を深めるのはとても良い考えだと思うけど、そんな大層な夜会に、いくら学友だからって俺みたいなのが参加して良いものなの?」

 「ええ、もちろんですわ。サフィラス様はワーズティターズの内乱を収めた、影の英雄でいらっしゃるでしょう。寧ろお二方が参加されていないければ、ワーズティターズの来賓の皆様が疑問に思われますわ」

 俺は英雄でもなんでもない。ただ、ちょっとクラウィスに手を貸しただけだ。それに、外つ国からのお客さんが参加する夜会っていうのは、堅苦しくて苦手なんだよな。前世でもそんな夜会に参加したことがあるけど、ひたすら肩が凝っただけだった。できればお断りしたいところだけど。陛下主催の夜会を断るっていうのも、なかなか勇気がいる事だ。

 「……それに実はもう一つ、ご招待したい理由わけがございますのよ」

 澄んだアメジストの瞳がきらりと光る。なるほど、そっちが本当の目的か。

 「同盟反対派貴族の方々の中に、王太子殿下を失脚させ、第二王子殿下を推そうとする動きが見られるのです」

 思わぬ人物が出てきたな。俺はすっかり忘れていたぞ。

 「ええっと、あの愚王子を……んんっ、失礼。第二王子を王太子にしようってこと? そいつらは正気なのか?」

 「単純で御し易い。傀儡にするにはうってつけなのだろうな」

 俺も大概だが、パーシヴァルもなかなか辛辣だな。でも事実だから否定のしようもない。
 アウローラがわざわざサロンに俺たちを呼んだ訳がわかった。いくら王都に居ない第二王子とはいえ、こんな会話をうっかり聞かれでもしたら不敬罪だ。

 「反対派の方々が、この夜会で何かを企だてている可能性がございます。勿論、王太子殿下も手をこまねいているだけではございません。ですが、打った手が完璧であるかと問われれば、否と答えるほかありません。このような言い方はとても卑怯だとは思いますが、何か事が起きた時、クラウィス様を守れるのはお二人だと思っておりますの」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話

黄金 
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。 恋も恋愛もどうでもいい。 そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。 二万字程度の短い話です。 6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。