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ご令嬢の前で「胸がでかい」はよろしくない

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「そう言う話をするって事は、すでに怪しい動きをしている輩が居るって事だよね」

 俺は友の為なら幾らでも力を振るっちゃうつもりだから、そんな事情があるなら勿論手を貸す。相手が誰だろうと俺にとって敵ではないけれど、一応相手は知っておきたい。

「ええ。実はファガーソン卿が、パルウム山の麓におられる第二王子殿下に頻繁に使いを送っている事がわかりましたの」

「ファガーソン?」

 すまん、そのような人物に全く心当たりがないんだが。誰だそれ?

「エレーラ様の事は覚えていらっしゃいますか?」

 エレーラ? はて? どこかで聞いた気がするようなしないような?
 
「エレーラ・スティアード令嬢のことだ。夜会で第二王子と騒動を起こしただろう?」

 俺が頻りに首を傾げていれば、パーシヴァルが教えてくれた。

「ああ! 年の割に胸がでかかったあの令嬢か!」

「まぁ……」

 何故かアウローラが口元を抑えて、目をしばたかせる。後ろに控えているリリアナも、少し困ったような顔をしていた。
 え? 何、どうかした?
 彼女たちの反応の意味がわからず首を傾げていれば、パーシヴァルが咳払いをした。

「サフィラス……女性の前だ」

「……あ! えーっと、発育のよろしい感じのご令嬢な!」

 ご令嬢の前で胸がでかいはちょっとまずかったか。根が平民だから、遠回しに言うのが苦手なんだ。
 本当に申し訳ないが、神殿送りとなって学院から姿を消してしまったエレーラ嬢の顔などすっかり忘れてしまって、今となっては胸が大きかった事しか印象にない。それに付随して、脂下がったしょうもない第二王子の姿が思い浮かぶ。あれが我が国の王族かと思うと、ちょっと面白いよな。
 誤解がないように言っておくが、俺は女性の胸に興味はない。バイロンにはそう言う所がお子様なんだって、よく言われたけど。

「ふふふ、サフィラス様がそのような事を口にされたのには驚きましたけど、不思議とはしたない感じはございませんのね」

 そう言ってアウローラは気を遣ってくれたけど、これからは女性に対して胸がでかいとは言わないようにしよう。

「そのエレーラ様のお父上であるスティアード卿は、表立って獣人を差別する態度を見せてはおりませんが、実はかなり強硬な同盟反対派ですの」

「なるほど? ……あ! もしかしてあの偽聖魔法使い騒動は、ファガーソン侯爵が仕組んだってこと? 娘を使って第二王子を籠絡し、うまいこと傀儡に仕立て上げ、同盟を推進している王太子を失脚させようって魂胆だったわけか」

「はっきりとした証拠はございませんが、概ねサフィラス様の想像通りだと思いますわ」

 なるほどね。あの事件はお胸のご令嬢にご執心となった第二王子が、愛だ恋だと盛り上がって起こした騒ぎって事で、令嬢の実家に対しては厳重注意と令嬢の神殿での修行を言い渡しただけで、特に目立ったお咎めはなかった。
 だけど、王家のポンコツ錫杖を宝物庫から持ち出したのは侯爵の入れ知恵だったのか。恋は盲目ってだけじゃなかったんだな。確かに第二王子を手駒にするなら、婚約者であるアウローラが邪魔だ。うまく陥れる事に成功すれば、ブルームフィールド公爵家の名を貶めることもできる。
 だけどファガーソン侯爵が整えた糾弾の舞台は、役者がお粗末だったばかりに完全な失敗で幕を下ろした。そもそも、王太子殿下主催の夜会で騒動を起こすとか、計画そのものが杜撰すぎる。
 本当に一体何がしたかったんだ? 

「それで、その同盟反対の筆頭である侯爵が、またしても第二王子を使って良からぬ事を計画してそうなんだ?」

「それはまだわかりません。ただの慰問ということも考えられますので」

「慰問、ねぇ……」

 そんな腹黒そうな奴が慰問なんてするもんか。間違いなく何か企んでいるだろう。
 第二王子も一度痛い目に遭ってるんだから、同じ手に引っ掛からなければいいけど。一度目は王太子殿下の慈悲でパルウム山送りで済んだけど、次にやらかしたら幽閉、あるいは毒杯って可能性もあるぞ。なにしろ今度の夜会は、他国の要人を招くものだ。何かやらかしたら国内だけの問題じゃ済まなくなる。
 自分の足を引っ張るような愚かな第二王子でも、王太子殿下にしてみれば可愛い弟だったんだろうな。将来役に立ちそうな俺を伴侶に選ぶことで、なんとかその立場を守ってやろうとしていた兄心をわかっていれば、二度と馬鹿なことは仕出かさないとは思うけど。弟も同じように兄を愛しているとは限らないからなぁ。

「……実はつい先日、宝物庫の前管理者がご遺体で発見されましたの」

「え?」

それは一体どういうこと?

「亡くなり方が不自然でしたので、その方の事を内々に調べさせて頂きました。そうしましたら、何者かの依頼を受けて、呪物庫から鱗を持ち出した事を窺わせる内容のお手紙が見つかりましたの。すぐに魔法師団が呪物庫を確認しましたところ、何枚かの鱗が偽物にすり替わっておりました」

うわ、それはまた王家の醜聞に繋がりかねない話だな。第二王子が勝手にポンコツの国宝を持ち出したり、呪物をすり替えられたり。お粗末にも程があるぞ。

「呪物庫は管理者が変わってから一度も開かれておりません。ですので、鱗がすり替えられたのは第二王子殿下が宝物庫に入られた時だと思われます」

……ってことは、すり替えを指示したのはファガーソン侯爵って可能性が濃厚じゃないか?
あの愚王子、とことん利用されてるな。
しかもすり替えているところが、妙にズル賢い。そもそも呪物庫なんて滅多に出入りしないだろうからな。無くなっているならばともかく、すり替えられているなんて誰も気がつかないだろう。

「ちなみに、鱗を持ち出させた奴が誰かは、わかって無いんだよね?」

「はい。手紙の相手が誰なのかわからないよう、随分と周りくどい方法をとっていたようですの。もしかしたら、前任の管理者自身も相手が誰なのかわかっていなかった可能性がありますわ」

 証拠がなければ追及はできないだろう。第二王子の騒動から随分と時間が立っているし、証拠はすっかり消されてちゃっているだろうな。

「……その呪物とやらは、鱗の他にもあるのだろうか?」

 パーシヴァルが難しい顔で尋ねた。また眉間に皺が寄っている。せっかくのいい男なのに、痕にならないか心配だな。
 だけど残りの素材があるのかは俺も気になる。だいぶ焼けてはいたけど、あれだけの巨体だ。そこそこ色々回収できたはず。

「爪と牙が一本ずつございます。ですが、こちらは魔気がかなり残っておりますので、容易に触れる事はできません」

 うわ、恐るべき厄災竜だな。あれから結構な時が経ってるのに、まだ触れない程の魔気が残っているのかよ。だとしたら、厄災竜の骸は相当魔気を撒き散らしていたんだろうな。

「捌ききれなかった竜の体はどうしたんだろう?」

「国中の魔法使いが防壁魔法で竜を覆い、火の山の釜に沈めたと聞いております」

 それは正しい始末の付け方だな。火の山の釜なら跡形もなく燃え尽きただろう。その様子、是非とも見てみたかった。うっかり死ななきゃ、俺も厄災竜の後始末に参加したんだけど。
 それはともかく。何かを企んでいるらしい人物の手元に、その厄介な竜の鱗があるって事が気になる。
 王都とヴァンダーウォールの深淵に放り込んだとしても、あれで全部使ったとは考えにくい。

「事情はわかった。クラウィスたちのことは俺に任せてくれていい。豪華客船に乗ったつもりでいてよ!」

「ありがとうございます、サフィラス様。頼もしいですわ」

 難しい話の後は美味しいお菓子とお茶をご馳走になって、俺とパーシヴァルはサロンを後にした。
 第二寮棟に引越しした俺だけど、パーシヴァルとは階が違う。俺が2階でパーシヴァルは4階だ。中途半端な時期の引っ越しだったので、同じ階にはできなかったらしい。
 そんなこと俺は全然気にしていないんだけど、パーシヴァルは毎回俺の部屋まで送り迎えをしてくれる。毎日の事で大変だろうから、棟のエントランスで待ち合わせしようと言ってるんだけど、俺のお断りはさらっと流されている。
 今日も当然のように、パーシヴァルは部屋の中まで送ってくれた。

「今日もありがとう、じゃぁ……」

「サフィラス、」

 送ってくれたお礼を言おうとすれば、それを遮るように名前を呼ばれた。
 しかも、真剣な眼差しでじっと見つめられている。な、なんだか距離が近いな。
 えーっと……これは、どう言う状況かな?

「パ、パーシヴァル? どうした?」 

「……俺は何があろうと、サフィラスを支援する。だから、絶対に一人で行動しないでほしい。動く前に、必ず俺に声をかけると約束してくれ」

 なんだかよくわからないけれど、そんな真っ直ぐな眼差しで言われちゃったらそうするしかない。パーシヴァルが俺のことを心配してくれているのは分かるから。

「……う、うん。わかった」

 俺が頷くと、パーシヴァルは表情を緩めた。最近よく見るようになった、なんだか妙に落ち着かない心持ちにさせる甘さの混じったあの笑みだ。太陽の王子の微笑みに目を眩ませていれば、不意に額に温かくて柔らかいものが触れて、すぐに離れていった。
 レモネとミンタの香りが、鼻先にふわりと香る。

「……え?」

 今の何?

「約束したぞ、サフィラス。じゃぁ、また明日迎えにくる」

「……」

 何が起きたのかわからず呆然と立ち尽くす俺を一人残し、パーシヴァルは部屋を出ていった。
 目の前でパタンと扉が閉まる。
 今のって、今のって、もしかして、
 接吻……!
 パーシヴァルが俺に何をしたのか理解した途端、発火したように顔が熱くなった。 あの! あの! あの真面目で、太陽の騎士のパーシヴァルが! 俺に接吻だとっ!?
 柔らかな感触がまだ額に残っていて、さっきのは錯覚じゃないと告げている。

「うっ、うわーっ! うわーっ!」

 言いようのない恥ずかしさと居た堪れなさに、俺は倒れ伏して床を転げ回った。
 ああ! もうっ! 不意打ちはずるいぞっ! それに、俺の心の臓はなんでこんなにどきどきしているんだ? 額に唇が触れただけじゃないか! 俺は人生二回目で、しかも大人だったんだぞ! 額の口付けだけで、なんでこんな……! 全く意味が分からん!

「つ……疲れた……今日はもう寝よう……」

 一頻り騒いで、なんとか冷静さを取り戻した俺だけれど、寝台に入ってからも、時折額の接吻を思い出しては、言いようのない恥ずかしさとくすぐったさに、ひたすら悶える夜を過ごしたのだった。
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