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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第14話:時の狭間
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フワァッ・・・・
後ろへ倒れ込むアロイスを支えようと駆け寄ったバルドへセルジオは叫ぶ。
「バルド!氷が割れる!!」
氷の階段が崩れれば皆が石の地面に叩きつけられる。
ササッ!
タッタタッ!!!
バルドは瞬時にアロイスを抱き上げると石の道へ向け疾走した。振り向く事なくオスカーの名を呼ぶ。
「オスカー殿!!!」
「はっ!!」
ガバッ!!
タッスタタタッ!!
トンッ・・・・
オスカーは一言呼応するのと同時にセルジオとエリオスを両脇に抱え石の道へ氷の階段を駆け上がった。
ザアッ!ザアァァァァーーーー
氷の階段は元の滝へ戻る。
氷の階段を駆け上がり、滝を潜り抜け4人は間一髪の所で石の道に足を下していた。
「ふぅーーーー」
4人は揃って深く息を吐いた。
スッストン・・・・
オスカーは両脇に抱えたセルジオとエリオスを石の道へ下した。
「セルジオ様、エリオス様、
大事ございませんか?どこぞ痛みはありませんか?」
オスカーは膝を折り、セルジオとエリオスが真っ直ぐに身体を起こしていられるかを確認する。
不安げな眼差しを向けるオスカーにセルジオとエリオスは同時に返答をした。
「大事ない!どこも痛みはせぬ!それよりアロイス様は大事ないか?」
全く同じ言葉を同時に発し2人は顔を見合わせる。
セルジオは楽しそうにエリオスへ微笑みを向けた。
「ふふふ・・・・エリオス!
我ら同じ事を申しているぞ!面白いな!」
セルジオは腹にじんわりとした暖かい何かを感じていた。
エリオスが呼応する。
「はい。セルジオ様と同時に同じ言葉を発するなど初めてのことです。
このようなことがあるのですね」
エリオスは何とも言えない優しい眼差しをセルジオへ向けた。
オスカーは2人の姿に目を細める。
「ようございました。
咄嗟のことにて、どこぞ傷を付けてはいないかと案じておりました。
セルジオ様とエリオス様は同じ情景を目にされましてから
今まで以上にお互いがお近くにいらっしゃるのですね。
この先は更にお互いのお考えや思いを同じ様に
感じられることになるでしょう。ようございました」
オスカーはたまらず2人を両肩へ抱き寄せる。
「そうなのか!
ウーシーが申していた今と過去、過去と今とは
私とエリオスが同じことを考え、思える手立てなのだな!
水の城塞に着いてからバルドに話そうと思っていたのだ!
私は目の前にある事柄でないのにエリオスの傷が気になったのだ!
馬で駆けている時にだぞ!エリオスの手の傷は痛んではいないかと
気になったのだ!オスカー、そういうことであろう?」
セルジオはオスカーの肩から顔を上げるとオスカーの胸に両手を置き、半ば詰め寄るように問いかけた。
オスカーの目は涙で潤んでいた。
セルジオは不思議そうに首をかしげる。
「オスカー?
いかがしたのだ?泣いているのか?」
セルジオの言葉にエリオスが顔をあげオスカーを見る。
「・・・・オスカー?」
エリオスはこぼれ落ちたオスカーの涙をそっと手で拭った。
オスカーはふっと吐息を漏らすと顔を伏せる。
再び顔を上げ2人の頭を優しくなでた。
「セルジオ様、エリオス様、オスカーは嬉しいのです。
お2人の仲睦まじいお姿を間近で拝見できて嬉しいのです。
本当によかった・・・・宿世の結びが叶い、本当によかった」
オスカーは2人を両肩に抱き寄せ、再び涙を流した。
「うっ・・・・うっうっ・・・・」
バルドに抱えられて、横たわっていたアロイスが目を覚ました。
「アロイス様、大事ございませんか?」
バルドはアロイスの顔を覗きこむ。
「・・・・私は・・・・うっ!」
アロイスは額に左手の甲をあて、頭の痛みを押える仕草をしている。
バルドがアロイスの様子に腰のベルトに巻き付けている麻袋から小瓶を取り出した。
「アロイス様、頭が痛みますか?
これはポルデュラ様より頂きましたカモミールの精油です。
鎮痛作用がございます」
ポンッ!
バルドは小瓶の蓋を開け、アロイスの鼻先に小瓶の開封口を近づけ少し揺らす。甘い香りが辺りに漂った。
「アロイス様、
少し深く呼吸をなさって下さい。精油の香を胸深くまで吸い込むのです」
「すぅーーーー・・・・」
アロイスはバルドに言われるままに深く精油の香りを二、三度吸い込んだ。
「・・・・バルド殿、感謝申します。
少し楽になりました・・・・私は・・・・ハッ!ここは!」
慌てて上体を起こすと辺りを見回した。石の道にいることを確認するとホッとした様子で再びバルドの腕に身体を預ける。
「・・・・危うく、皆様に怪我を負わせる所でした!
不甲斐なく申し訳ない・・・・
セルジオ騎士団団長に顔向けできなくなる所でした!」
「セルジオ騎士団と一番に結束が固く、
信頼も厚いと思って下さっている我がラドフォール騎士団で
セルジオ殿はじめ、守護の騎士の皆様に何かありましたら
この命だけでは申し訳が立ちません。私は何と愚かな・・・・」
アロイスは左手で再び額を抑える。
「アロイス様、まだ痛みますか?」
バルドはそっとアロイスの左頬を右手で触れる。体温を確かめたのだ。
「幼い頃のご記憶を辿られて
一気に頭に血が巡ったのでしょう。
しばし、このままにてお休み下さい」
バルドはアロイスの体勢が楽になるように片膝を立て、背中にあてがった。
「いえ、大事ございません。
それよりも日没前に水の城塞に到着しませんと氷の階段が使えません。
今は新月、月明かりがございませんので、足元が危ないのです」
アロイスは上体を起こすと立てた左膝に肘をつき、人差し指と中指を合わせ、目を閉じた。二本の指を唇にあてる。
「ふぅぅぅーーーーふっ!」
合わせた人差し指と中指を呼吸と共に勢いよく宙をきる。
ザァッ!!パリッパリッパリッ!
ザァッ!!パリッパリッパリッ!
潜り抜けてきた右横にある滝がみるみる凍りつき氷の階段ができる。
「ふぅぅぅーーーーふっ!」
ザァッ!!パリッパリッパリッ!
アロイスはそのままの体勢で次々と石の道を覆い隠している18の滝全てを氷の階段へと仕立て上げた。
シュピリトゥスの森を抜けた西側から南側へかけて螺旋状に続く氷の階段は夕陽の赤と氷の水色とが見事な調和を生みだしていた。
セルジオは18の滝が氷の階段へと変化しながら色彩も変わっていく様子に瞳を輝させ見つめていた。ポツリと呟く。
「・・・・この光景は初代様もご覧になってはおるまいな。
これはアロイス様がいらしたからこそ見られる絶景だな・・・・
エリオス、どうだ?この光景は初めてではないか?」
エリオスはセルジオの声音と口調がいつもと異なることに違和感を覚える。
エリオスは気になり、セルジオの顔を覗く。
「・・・・」
今しがたよりやや大人びた表情に不安がよぎり、セルジオの左手を右手で掴んだ。
「セルジオ様?・・・・大事ございませんか?」
ギクリッ!
エリオスの目にはセルジオとアーチ形の木々の中で見た初代の姿が重なって映っていた。
セルジオの発する言葉が初代の声と話し方でエリオスの耳に届く。
「ああ。大丈夫だ。エリオス、どうした?
私の顔をその様にまじまじと視て!何ぞついているか?
それよりもどうだ?水のカーテンが氷の階段になり、
夕陽を映しているのだぞ。絶景だと思わぬか?」
エリオスは初代セルジオの問いかけにバラの噴水を調整していた初代セルジオの時代の自身を思い浮かべた。
「ふっ・・・・」
誰ともなくふっと笑うと初代セルジオに向けて呼応した。
「左様にございます。正に絶景。
セルジオ様と共にこの絶景を拝見でき幸せにございます。
オーロラ様にも早くご覧頂きたいものです」
エリオスの口からオーロラの名が出る。
アロイスはセルジオとエリオスのやり取りをじっと見つめていた。
「・・・・」
オスカーの眼の前にいたセルジオとエリオスが20歳前後の騎士の姿に変わっていた。元いた今の2人の姿は見えない。オスカーは20歳前後の騎士へ向け、2人の名を呼ぶ。
「・・・・セルジオ様?エリオス様?」
よく見ると2人の騎士の『影』が見当たらない。
20歳前後の騎士はオスカーの問いかけに呼応することなく、2人で会話を始めた。
『セルジオ様、
例のこと・・・・一月後でございます。
準備は進めておりますが・・・・国王のお申し付け通りでよろしいのでしょうか?』
『エリオス、
今更何を申しているのだ!
国王直々のお達しだぞ!王命に背く訳にはまいらぬ。
そして、エステール騎士団にとってこの上なく名誉なことだ!
そなたがその様に申す理由が分からんぞ!
エステール騎士団第一隊長の言葉とは思えん!』
少し強い視線をエリオスへ向けている。
『はい、仰る通りでございます。
しかしながら一国の王から他国王への献上品のお届けは
本来であれば王都騎士団総長のお役目のはず!
それを一貴族の騎士団へ命が下るとは・・・・
セルジオ様がいささかの懸念も抱かれないのであれば、
そこはお考えが浅い様に感じます』
『ふんっ!エリオス、相変わらずだな!
言いにくいことをずけずけと!遠慮が全くないではないか。
我の考えが浅いと思うのであればそれはそれで結構なことだ!』
『我の浅い考えを正すのがそなたの役目だ!
されど!今回ばかりは聴けぬぞ!これは国王直々の命だ。
何としても何が起ころうとも従わねばならん!
上意下達の仕組を
王国内に知らしめる絶好の機会なのだ!』
『なれば王都騎士団総長が担う役目を王命にて
エステール騎士団が担うこととなった故、
我らは王命に従うのだと大儀が立つではないか』
『わかったか!エリオス!
この話を何度すればそなたは聴きいれるのだ?
エリオスと言えどもこれ以上、この話をするのであれば
そなたは今回の役目から外すぞ!その覚悟があっての進言か!?』
『セルジオ様、よくよくお考え下さい!
私の身などいかようになっても構いません!
確かに上意下達の仕組を王国各貴族騎士団へ
知らしめる方策であると言えばそうなのでしょう』
『しかしながら私が申し上げていますのは、
セルジオ様が行かねばならぬ理由にございます。
王命ではなく、王都騎士団総長よりの命であれば上意下達の仕組と申せます。
されど、国王直々にエステール騎士団へ命が下るとなれば、
それはもはや上意下達ではございません。
国王のお好みであると言わざるを得ません』
『それは他貴族騎士団からセルジオ様への妬みを植え付け、
セルジオ様をエステール騎士団を貶める策略の
何ものでもございません』
『さればよくよくお考えになってのことなのかと申し上げているのです。
セルジオ様はご自身にどれほどの眼が王国内外から向けられているのか?
向けられた眼はどのようなものなのか?
そのことをお考えになっておられぬと申しているのです』
『そこがお考えが浅いと申しているのです。
セルジオ様の御身を思えばこそ申しているのです。
それでもお聞き届け頂けないのあれば役目を外して頂いて構いません!
私の身一つでセルジオ様がお守りできるのであればた易きこと!
どうぞ、今回の役目と言わず今すぐ
エステール騎士団第一隊長の任をお解き下さい!』
『わかった!そこまで申すのであればエリオスの好きにすればよい!
されど我も好きにするぞ!王命は絶対だ!
誰が何と言おうと我は王命に従うのみ!
エリオスの第一隊長の任は王命に従った後に解く!
それまではそなたはエステール騎士団第一隊長だ!それでよいな!』
『はっ!承知致しました。
後一月身命を賭してお仕え致します』
20歳前後のエリオスはセルジオへかしづいた。
バルドとオスカーは2人のやり取りを時が止まった様に凝視していた。
普段のバルドとオスカーであればセルジオとエリオスの姿が見えなくなれば血眼になって探すはずである。だが、今回は2人の動きは止まったままだった。
「これは・・・・」
アロイスは額に18の滝を凍らせた二本の指をあてた。
立ち上がり、深く息を吸い込むと20歳前後の騎士の姿で会話をするセルジオとエリオスへぐっと顔を向ける。バルドとオスカーへ声を上げた。
「バルド殿、オスカー殿、
このままここに留まりますと『2つの時』が重なり、
時の狭間に陥ります。
セルジオ殿とエリオス殿は時の狭間から抜け出せなくなります」
「これは初代セルジオ様の時代にエリオス様がセルジオ様の盾となり
命を散らしたエフェラル帝国への献上品をお届する王命の経緯です。
この場で・・・・この話は、この場で交わされていたのです!
何度もこの場にてお2人のお姿を目にしていましたが、
会話を・・・・話の内容を聞き取れたのは初めてです!」
アロイスは一瞬うつむき、哀し気な眼をした。深く息を吸い込むと2本の指を額から口唇へ落す。
「ふぅぅぅーーーー!」
2本の指に息吹を吹き込むとバルドとオスカーへ向けて叫んだ。
「バルド殿!オスカー殿!
蒼玉の短剣で初代セルジオ様とエリオス様のお姿を
砕いて下さい!今、お2人のお姿を凍らせます!
このお姿は時の狭間が見せる幻影」
「今の時を生きるセルジオ様とエリオス様は
時の狭間に取り込まれています。
幻影を蒼玉の短剣で砕けば、
お2人の首飾り『月の雫』が呼応し、
時の狭間から抜け出せます!構えーーーー!」
アロイスは息吹を吹き込んだ2本の指を十字に切る。
ザッザッ!
ピキィーーーーン
耳をつんざく音と共に初代セルジオとエリオスの幻影が凍り付いた。
バルドとオスカーはアロイスの号令に自然に身体が動く。
カチャッ!
スチャッ!
ドンッッ!
腰の蒼玉の短剣を抜き、左手で握ると右手を柄頭を添え、右ひじを後方へ引いた。そのまま一気に凍り付いた初代セルジオとエリオスの幻影目掛けて石の道を蹴るのだった。
後ろへ倒れ込むアロイスを支えようと駆け寄ったバルドへセルジオは叫ぶ。
「バルド!氷が割れる!!」
氷の階段が崩れれば皆が石の地面に叩きつけられる。
ササッ!
タッタタッ!!!
バルドは瞬時にアロイスを抱き上げると石の道へ向け疾走した。振り向く事なくオスカーの名を呼ぶ。
「オスカー殿!!!」
「はっ!!」
ガバッ!!
タッスタタタッ!!
トンッ・・・・
オスカーは一言呼応するのと同時にセルジオとエリオスを両脇に抱え石の道へ氷の階段を駆け上がった。
ザアッ!ザアァァァァーーーー
氷の階段は元の滝へ戻る。
氷の階段を駆け上がり、滝を潜り抜け4人は間一髪の所で石の道に足を下していた。
「ふぅーーーー」
4人は揃って深く息を吐いた。
スッストン・・・・
オスカーは両脇に抱えたセルジオとエリオスを石の道へ下した。
「セルジオ様、エリオス様、
大事ございませんか?どこぞ痛みはありませんか?」
オスカーは膝を折り、セルジオとエリオスが真っ直ぐに身体を起こしていられるかを確認する。
不安げな眼差しを向けるオスカーにセルジオとエリオスは同時に返答をした。
「大事ない!どこも痛みはせぬ!それよりアロイス様は大事ないか?」
全く同じ言葉を同時に発し2人は顔を見合わせる。
セルジオは楽しそうにエリオスへ微笑みを向けた。
「ふふふ・・・・エリオス!
我ら同じ事を申しているぞ!面白いな!」
セルジオは腹にじんわりとした暖かい何かを感じていた。
エリオスが呼応する。
「はい。セルジオ様と同時に同じ言葉を発するなど初めてのことです。
このようなことがあるのですね」
エリオスは何とも言えない優しい眼差しをセルジオへ向けた。
オスカーは2人の姿に目を細める。
「ようございました。
咄嗟のことにて、どこぞ傷を付けてはいないかと案じておりました。
セルジオ様とエリオス様は同じ情景を目にされましてから
今まで以上にお互いがお近くにいらっしゃるのですね。
この先は更にお互いのお考えや思いを同じ様に
感じられることになるでしょう。ようございました」
オスカーはたまらず2人を両肩へ抱き寄せる。
「そうなのか!
ウーシーが申していた今と過去、過去と今とは
私とエリオスが同じことを考え、思える手立てなのだな!
水の城塞に着いてからバルドに話そうと思っていたのだ!
私は目の前にある事柄でないのにエリオスの傷が気になったのだ!
馬で駆けている時にだぞ!エリオスの手の傷は痛んではいないかと
気になったのだ!オスカー、そういうことであろう?」
セルジオはオスカーの肩から顔を上げるとオスカーの胸に両手を置き、半ば詰め寄るように問いかけた。
オスカーの目は涙で潤んでいた。
セルジオは不思議そうに首をかしげる。
「オスカー?
いかがしたのだ?泣いているのか?」
セルジオの言葉にエリオスが顔をあげオスカーを見る。
「・・・・オスカー?」
エリオスはこぼれ落ちたオスカーの涙をそっと手で拭った。
オスカーはふっと吐息を漏らすと顔を伏せる。
再び顔を上げ2人の頭を優しくなでた。
「セルジオ様、エリオス様、オスカーは嬉しいのです。
お2人の仲睦まじいお姿を間近で拝見できて嬉しいのです。
本当によかった・・・・宿世の結びが叶い、本当によかった」
オスカーは2人を両肩に抱き寄せ、再び涙を流した。
「うっ・・・・うっうっ・・・・」
バルドに抱えられて、横たわっていたアロイスが目を覚ました。
「アロイス様、大事ございませんか?」
バルドはアロイスの顔を覗きこむ。
「・・・・私は・・・・うっ!」
アロイスは額に左手の甲をあて、頭の痛みを押える仕草をしている。
バルドがアロイスの様子に腰のベルトに巻き付けている麻袋から小瓶を取り出した。
「アロイス様、頭が痛みますか?
これはポルデュラ様より頂きましたカモミールの精油です。
鎮痛作用がございます」
ポンッ!
バルドは小瓶の蓋を開け、アロイスの鼻先に小瓶の開封口を近づけ少し揺らす。甘い香りが辺りに漂った。
「アロイス様、
少し深く呼吸をなさって下さい。精油の香を胸深くまで吸い込むのです」
「すぅーーーー・・・・」
アロイスはバルドに言われるままに深く精油の香りを二、三度吸い込んだ。
「・・・・バルド殿、感謝申します。
少し楽になりました・・・・私は・・・・ハッ!ここは!」
慌てて上体を起こすと辺りを見回した。石の道にいることを確認するとホッとした様子で再びバルドの腕に身体を預ける。
「・・・・危うく、皆様に怪我を負わせる所でした!
不甲斐なく申し訳ない・・・・
セルジオ騎士団団長に顔向けできなくなる所でした!」
「セルジオ騎士団と一番に結束が固く、
信頼も厚いと思って下さっている我がラドフォール騎士団で
セルジオ殿はじめ、守護の騎士の皆様に何かありましたら
この命だけでは申し訳が立ちません。私は何と愚かな・・・・」
アロイスは左手で再び額を抑える。
「アロイス様、まだ痛みますか?」
バルドはそっとアロイスの左頬を右手で触れる。体温を確かめたのだ。
「幼い頃のご記憶を辿られて
一気に頭に血が巡ったのでしょう。
しばし、このままにてお休み下さい」
バルドはアロイスの体勢が楽になるように片膝を立て、背中にあてがった。
「いえ、大事ございません。
それよりも日没前に水の城塞に到着しませんと氷の階段が使えません。
今は新月、月明かりがございませんので、足元が危ないのです」
アロイスは上体を起こすと立てた左膝に肘をつき、人差し指と中指を合わせ、目を閉じた。二本の指を唇にあてる。
「ふぅぅぅーーーーふっ!」
合わせた人差し指と中指を呼吸と共に勢いよく宙をきる。
ザァッ!!パリッパリッパリッ!
ザァッ!!パリッパリッパリッ!
潜り抜けてきた右横にある滝がみるみる凍りつき氷の階段ができる。
「ふぅぅぅーーーーふっ!」
ザァッ!!パリッパリッパリッ!
アロイスはそのままの体勢で次々と石の道を覆い隠している18の滝全てを氷の階段へと仕立て上げた。
シュピリトゥスの森を抜けた西側から南側へかけて螺旋状に続く氷の階段は夕陽の赤と氷の水色とが見事な調和を生みだしていた。
セルジオは18の滝が氷の階段へと変化しながら色彩も変わっていく様子に瞳を輝させ見つめていた。ポツリと呟く。
「・・・・この光景は初代様もご覧になってはおるまいな。
これはアロイス様がいらしたからこそ見られる絶景だな・・・・
エリオス、どうだ?この光景は初めてではないか?」
エリオスはセルジオの声音と口調がいつもと異なることに違和感を覚える。
エリオスは気になり、セルジオの顔を覗く。
「・・・・」
今しがたよりやや大人びた表情に不安がよぎり、セルジオの左手を右手で掴んだ。
「セルジオ様?・・・・大事ございませんか?」
ギクリッ!
エリオスの目にはセルジオとアーチ形の木々の中で見た初代の姿が重なって映っていた。
セルジオの発する言葉が初代の声と話し方でエリオスの耳に届く。
「ああ。大丈夫だ。エリオス、どうした?
私の顔をその様にまじまじと視て!何ぞついているか?
それよりもどうだ?水のカーテンが氷の階段になり、
夕陽を映しているのだぞ。絶景だと思わぬか?」
エリオスは初代セルジオの問いかけにバラの噴水を調整していた初代セルジオの時代の自身を思い浮かべた。
「ふっ・・・・」
誰ともなくふっと笑うと初代セルジオに向けて呼応した。
「左様にございます。正に絶景。
セルジオ様と共にこの絶景を拝見でき幸せにございます。
オーロラ様にも早くご覧頂きたいものです」
エリオスの口からオーロラの名が出る。
アロイスはセルジオとエリオスのやり取りをじっと見つめていた。
「・・・・」
オスカーの眼の前にいたセルジオとエリオスが20歳前後の騎士の姿に変わっていた。元いた今の2人の姿は見えない。オスカーは20歳前後の騎士へ向け、2人の名を呼ぶ。
「・・・・セルジオ様?エリオス様?」
よく見ると2人の騎士の『影』が見当たらない。
20歳前後の騎士はオスカーの問いかけに呼応することなく、2人で会話を始めた。
『セルジオ様、
例のこと・・・・一月後でございます。
準備は進めておりますが・・・・国王のお申し付け通りでよろしいのでしょうか?』
『エリオス、
今更何を申しているのだ!
国王直々のお達しだぞ!王命に背く訳にはまいらぬ。
そして、エステール騎士団にとってこの上なく名誉なことだ!
そなたがその様に申す理由が分からんぞ!
エステール騎士団第一隊長の言葉とは思えん!』
少し強い視線をエリオスへ向けている。
『はい、仰る通りでございます。
しかしながら一国の王から他国王への献上品のお届けは
本来であれば王都騎士団総長のお役目のはず!
それを一貴族の騎士団へ命が下るとは・・・・
セルジオ様がいささかの懸念も抱かれないのであれば、
そこはお考えが浅い様に感じます』
『ふんっ!エリオス、相変わらずだな!
言いにくいことをずけずけと!遠慮が全くないではないか。
我の考えが浅いと思うのであればそれはそれで結構なことだ!』
『我の浅い考えを正すのがそなたの役目だ!
されど!今回ばかりは聴けぬぞ!これは国王直々の命だ。
何としても何が起ころうとも従わねばならん!
上意下達の仕組を
王国内に知らしめる絶好の機会なのだ!』
『なれば王都騎士団総長が担う役目を王命にて
エステール騎士団が担うこととなった故、
我らは王命に従うのだと大儀が立つではないか』
『わかったか!エリオス!
この話を何度すればそなたは聴きいれるのだ?
エリオスと言えどもこれ以上、この話をするのであれば
そなたは今回の役目から外すぞ!その覚悟があっての進言か!?』
『セルジオ様、よくよくお考え下さい!
私の身などいかようになっても構いません!
確かに上意下達の仕組を王国各貴族騎士団へ
知らしめる方策であると言えばそうなのでしょう』
『しかしながら私が申し上げていますのは、
セルジオ様が行かねばならぬ理由にございます。
王命ではなく、王都騎士団総長よりの命であれば上意下達の仕組と申せます。
されど、国王直々にエステール騎士団へ命が下るとなれば、
それはもはや上意下達ではございません。
国王のお好みであると言わざるを得ません』
『それは他貴族騎士団からセルジオ様への妬みを植え付け、
セルジオ様をエステール騎士団を貶める策略の
何ものでもございません』
『さればよくよくお考えになってのことなのかと申し上げているのです。
セルジオ様はご自身にどれほどの眼が王国内外から向けられているのか?
向けられた眼はどのようなものなのか?
そのことをお考えになっておられぬと申しているのです』
『そこがお考えが浅いと申しているのです。
セルジオ様の御身を思えばこそ申しているのです。
それでもお聞き届け頂けないのあれば役目を外して頂いて構いません!
私の身一つでセルジオ様がお守りできるのであればた易きこと!
どうぞ、今回の役目と言わず今すぐ
エステール騎士団第一隊長の任をお解き下さい!』
『わかった!そこまで申すのであればエリオスの好きにすればよい!
されど我も好きにするぞ!王命は絶対だ!
誰が何と言おうと我は王命に従うのみ!
エリオスの第一隊長の任は王命に従った後に解く!
それまではそなたはエステール騎士団第一隊長だ!それでよいな!』
『はっ!承知致しました。
後一月身命を賭してお仕え致します』
20歳前後のエリオスはセルジオへかしづいた。
バルドとオスカーは2人のやり取りを時が止まった様に凝視していた。
普段のバルドとオスカーであればセルジオとエリオスの姿が見えなくなれば血眼になって探すはずである。だが、今回は2人の動きは止まったままだった。
「これは・・・・」
アロイスは額に18の滝を凍らせた二本の指をあてた。
立ち上がり、深く息を吸い込むと20歳前後の騎士の姿で会話をするセルジオとエリオスへぐっと顔を向ける。バルドとオスカーへ声を上げた。
「バルド殿、オスカー殿、
このままここに留まりますと『2つの時』が重なり、
時の狭間に陥ります。
セルジオ殿とエリオス殿は時の狭間から抜け出せなくなります」
「これは初代セルジオ様の時代にエリオス様がセルジオ様の盾となり
命を散らしたエフェラル帝国への献上品をお届する王命の経緯です。
この場で・・・・この話は、この場で交わされていたのです!
何度もこの場にてお2人のお姿を目にしていましたが、
会話を・・・・話の内容を聞き取れたのは初めてです!」
アロイスは一瞬うつむき、哀し気な眼をした。深く息を吸い込むと2本の指を額から口唇へ落す。
「ふぅぅぅーーーー!」
2本の指に息吹を吹き込むとバルドとオスカーへ向けて叫んだ。
「バルド殿!オスカー殿!
蒼玉の短剣で初代セルジオ様とエリオス様のお姿を
砕いて下さい!今、お2人のお姿を凍らせます!
このお姿は時の狭間が見せる幻影」
「今の時を生きるセルジオ様とエリオス様は
時の狭間に取り込まれています。
幻影を蒼玉の短剣で砕けば、
お2人の首飾り『月の雫』が呼応し、
時の狭間から抜け出せます!構えーーーー!」
アロイスは息吹を吹き込んだ2本の指を十字に切る。
ザッザッ!
ピキィーーーーン
耳をつんざく音と共に初代セルジオとエリオスの幻影が凍り付いた。
バルドとオスカーはアロイスの号令に自然に身体が動く。
カチャッ!
スチャッ!
ドンッッ!
腰の蒼玉の短剣を抜き、左手で握ると右手を柄頭を添え、右ひじを後方へ引いた。そのまま一気に凍り付いた初代セルジオとエリオスの幻影目掛けて石の道を蹴るのだった。
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