大江戸妖怪恋モノ帳

岡本梨紅

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本来であれば、神流の町人という身分では、黎明と直接会って話をすることなど、決して叶わない。
 だが三年前、薬で、角を一時的に消し、瞳も茶色と、人間の町人に擬態をして、お供も付けずに町を一人で散歩していた黎明を、刺客が狙った。見境のない敵は、近くにいた子供を、邪魔だと言うように殺そうとする。それを黎明が見過ごすことができるはずもなく、咄嗟に子供を抱き込んで守ろうとした。
 ガキィン!
 身を斬られる熱い痛みではなく、刀同士のぶつかり合った甲高い金属音に、黎明はゆっくりと顔をあげた。そこには彼と子供を守るように、黒の長髪を高い位置でくくった、濃紺の着物を着た若者がいた。神流である。
 彼は異能を発動させており、黒から紫へと変化した瞳で、黎明に視線を送った。神流は呆然と自分を見てくる彼に怪我が無いことがわかると、小さく息を吐き出し、襲ってきた妖怪を、力任せに押し返した。
「白昼堂々と、しかもこんな人の往来があるところで殺しをしようとするなんて、随分と考えなしの野郎だな」
「人間ごときが、邪魔をするんじゃねぇ!」
 敵が怒鳴る、神流はそれを鼻で笑う。
「その人間様に、押し負けたのは、おまえだろ?」
「くっ。まずはてめぇから、ぶっ殺してやる!」
 妖怪は己を馬鹿にしてきた神流に矛先を向け、飛びかかる。周囲で様子を伺っていた者たちから、悲鳴が上がった。
「っ!? おい、おまえ!」
「そこを動くな」
 黎明も焦って、呼びかける。だが、神流は短い忠告をすると、自ら敵へと向かっていく。
「ちょ! おい!!」
(あいつ、人間が妖怪に挑むなんて、正気かよ!?)
 黎明は子供を逃がし、腰の刀に手をかけ、神流に加勢しようとする。
「へ?」
 だが、すでに決着はついていた。
 妖怪はどさっとその場に倒れる。血が流れていないところをみると、峰打ちらしい。
「威張っていた割に、この程度か」
 地に伏せる敵に、神流は冷めた目で見下ろしつつ、そう呟いた。
 相手を倒したからか、彼の瞳はいつのまにか、普段の黒に戻っていた。
「すげぇ……。おまえ、すごいな!」
「は?」
 黎明は目を輝かせて、神流に走り寄り、ガシッと手を握る。
「人間なのに、こうもあっさりと妖怪を倒すなんて、驚きだ! あれ? おまえ、瞳の色……」
「あ、あぁ。それは」
 神流が理由を説明しようとするが、黎明は笑う。
「まあいいや! 俺は黎明! おまえは?」
「か、神流、という」
 彼の勢いに押されながらも、神流は名乗った。
「神流はどこかに仕えているのか? それだけの腕があるんだから、重宝されてるだろ」
「いや。むしろ、仕事を探している最中だ。今日も、口入れ屋(職業周旋屋)の帰りだし」
「は!? 勿体ねぇ! だったら、俺が紹介してやるよ!」
 黎明は袖から矢立(携帯筆記具)と紙の束を取り出すと、さらさらとなにかを書き、その部分を破って、神流に差し出した。
「明日の昼九つ(現在の正午)に、これを持って、そこに書かれている場所に来い」
「はぁ?」
 神流は紙に視線を落とす。そこには、大江戸城の番方の庁舎の名前が書かれていた。
「いったいなんの騒ぎだ!」
 そこへ町の与力や同心たちが駆けつけた。彼らを見て、黎明は顔を歪める。
「やべっ。じゃあ俺はこれで! また明日! ちゃんと来いよ!」
「ちょ、おい!」
 言いたいことだけ言って、彼は去っていった。
「神流、ここでなにがあったのだ」
「父上」
 駆けつけた者たちの中に、自身の父があり、神流は書状のことは省いて、起きたことを説明した。
 そして翌日、彼は渡された紙に書いてある通り、大江戸城の番方の庁舎を訪れた。
「おっ。ちゃんと来たな」
 そこには一人の鬼の角を持つ青年がおり、神流に親しみをこめた笑みを見せる。
 それでようやく、神流は黎明の正体に気づいた。
「昨日は助けてくれてありがとな! 改めて名を名乗ろう。俺は現将軍、明星めいせいが息子、黎明だ。よろしくな」
 黎明はにっと歯を見せて笑うが、神流はその場で土下座をした。
「申し訳ありません! あなた様が上様のご子息とは知らず、大変な無礼を!!」
「あー、待て待て! 俺は公の行事にもあんまり出ないし、なにより、言わなかったのが悪いんだからさ。んなことより、早く立て。仕事、紹介してやっから」
 黎明は神流の腕を引っ張って立たせると、そのまま庁舎に入る。そして、自分を助けた褒美として、彼を番方の仕事に就かせるよう、番頭の見越入道の見螺けんらに進言。
 神流は恐れ多いと辞退しようとしたが、黎明の兄の暁星までやってきて、弟を助けた礼だと言われ、神流は承諾せざるを得なかった。
 その後、関係が途絶えるかと思いきや、黎明が頻繁に神流の元を訪れるため、交流が続くようになった。
 余談ではあるが、神流が入った当初は、上司含めみなが馬鹿にしていた。しかし、もとより短気な神流は、実力で馬鹿にしてくる奴らを黙らせた。それ以来、仕事仲間とは良好な関係を築けている。
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