大江戸妖怪恋モノ帳

岡本梨紅

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 それから黎明は宣言通り、二日に一度の割合で、比奈のもとを訪れるようになった。黎明、比奈、神流でたわいのない話をしては、月が高くなると兄妹に挨拶をして、帰って行く。

 ある日、黎明は珍しくその日の仕事を終えて、町ではなく城内の中庭を散歩していた。
「黎明様」
 そこへ彼の姿を見かけた仕事中の神流が、小走りで寄って来る。
「おう、神流。仕事、ご苦労さん。どうした?」
 労いながらも、神流が仕事中に声をかけてくるのは珍しいと内心思いつつ、話を聞く体制をとる黎明。
「あの、今日、家にいらっしゃいますか?」
「そのつもりだけど、都合が悪いなら控えるぞ」
 黎明がそう言うと、神流は首を横に振った。
「いえ、そうではありません。その、厚かましいことだと、重々承知をしております。ですが、今日は比奈のそばに、いてやってくださいませんか?」
「なんかあんのか?」
 自分を頼ってくれるのは嬉しいが、理由がわからず黎明は首をかしげる。そんな彼をみつつ、神流は気まずそうにしつつも、事情を話す。
「実は今日、私は宿直とのいなのです。あの結界が万全でないとわかった以上、比奈を一人にしておくのが心配で。……両親は頼りになりませんから」
「あぁ、そういうことか。別に俺は構わんが、恋人でもない男が、妹と二人きりって、別の意味で心配じゃねぇのか?」
 黎明のもっともな問いかけに、神流は小さく笑った。
「あなた様でしたら、比奈の嫌がることはしないでしょう?」
 黎明にとって、友と呼べる存在は神流しかいないため、彼は照れたときの癖で頬をぽりぽりと掻く。
「まあ、手を出す度胸もないと思いますが」
「一言、余計だっての」
 神流の言葉に、黎明が噛みつく。ふと、神流の笑みが消えた。
「それと最近、比奈の様子が変なんです。事情を聞いても、なんでもないの一点張りで」
「え? そうなのか? 俺、結構な頻度で通ってるのに、気がつかなかった……」
 黎明が深々とため息をついて落ち込むので、神流は肩をすくめる。
「比奈は、黎明様を心配させたくないんですよ。それにあれは自分の感情を隠すのが、非常に上手いので」
「……心配させまいと、押し殺すのが癖になってんだろうな」
 黎明はため息をついた。
「原因、推測とかでもいいから、わからないのか?」
「比奈宛に同じ筆跡で文が送られてきています。比奈には同性の、文をやり取りするような友はいません。なにより、字が角ばっていることから、比奈に惚れた輩の仕業かと思われます。前にも似たようなことがありましたので」
「……おまえ、もしかして盗み見てんの?」
「失礼な。偶然ですよ。偶然」
 黎明は疑わしげな目を向ける。
「まぁいいや。それで、そんときはどうしたんだ?」
 神流は爽やかな笑みを浮かべた。
「それはもう、きっちり、しっかり、お礼参り、をさせていただきました」
「過激だな!?」
 神流の仕事は番方。すなわち警備である。だが守るべき主である黎明に対しても、比奈が絡むと彼は容赦がなくなる。
 神流が愛すべき妹を困らせる相手に黙っていることはないだろうと、彼も予想はしていたが、思っていたよりもやらかしていたことに、顔を青くした。
 しかし、神流はよりいっそう、笑みを深めるだけで、反省している様子はない。
「ま、まぁ、とりあえず、今夜のことはわかった。さすがに、一晩ずっとってわけにはいかねぇけどな。まあ、なにかしら対策は取るよ」
「そう、ですか。お願いします」
「それと、本当の意味で比奈を守るために、俺の妖力を込めたお守りを、渡すつもりだ」
「本当の? では今、比奈が持っているものは、結界同様、無意味だと?」
「あれからは禍々しい妖気を感じた。でも、弱い妖怪避けくらいにはなるさ」
 神流は眉間に皺を寄せる。
「……黎明様のお力で、比奈の部屋の結界を、作り直すことはできませんか?」
 人間とは違い、妖怪は妖術が使える。種族によって、攻撃特化であったり防御特化であったりと異なるが、鬼は攻撃も防御も得意としていた。
「してやりたいが、例の坊さんの魂胆がわからねぇ。下手に刺激すると、獲物を横取りされたと、比奈本人ではなく、家族を襲うかもしれん」
「私は戦えますので、それでも構いませんが」
 比奈のことで両親を身内と思えない神流は、冷たく言い放つ。
「馬鹿か。それで悲しむのは、比奈だぞ」
「……」
 愛しい妹のことを持ち出され、神流は黙る。
「本当は、お守りもどうしようかと思ったんだ。だが兄上は、居場所を知るためのものだろうと。そういう術に関しては、兄上のほうが詳しいから、確かだろう」
暁星ぎょうせい様が……。そのせいで比奈は、監視されていると感じているのですか?」
「多分な」
 神流は手を握りしめる。そんな彼の肩を、慰めるように黎明が叩く。
「大丈夫だ。ここまで関わったんだし、見捨てるようなことは、絶対にしない。大事な親友の妹だしな。比奈は俺が守る」
「よろしくお願いいたします」
 神流は黎明に、深々と頭を下げた。
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