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手に入れる前はあんなに欲しいと思っていたのに、ひとたびそれを手に入れてしまえば、熱は静かに去っていく。

本に書かれたその文章は、僕はくぎ付けにした。
まるで僕のために書かれたような文だ。
今の僕の気持ちを代弁してくれている。

「そうだよ……僕もそうなんだ……」

一人きりの部屋で、僕は本に語りかける。
誰にも見られていないから出来る、おかしな言動だ。

……半年前、僕は婚約者のフローラと婚約破棄をした。
そして彼女の妹であるソフィアと新たに婚約を結んだ。

ソフィアは貴族の間でも噂になるほどの美しさを持っていた。
そんな彼女と婚約できるなんて夢のようだった。

「ロイドさん!私、あなたのことが好きなんですぅ」

可愛らしい声に笑顔、僕はたったそれだけの言葉で体が火照っていた。

しかし、半年が経ち、僕はその時の熱を失っていた。
確かにソフィアは美しく自慢の婚約者であった。
だが、話していてもあまり楽しくなくて、あの可愛らしい声も鼻につくようになってきた。

もしこのまま結婚してしまえば、僕は一生その思いを抱えて生きていくことになる。
そのことを考えると、気分が滅入った。

だから僕は浮気をすることにした。
あの時の熱をもう一度味わいたい……単純で愚かな考えだった。

「ロイドさん。私、前からロイドさんのこと気になってたんです。今日はいっぱい楽しみましょうね」

「ああ……よろしくね」

爵位が低い女友達を誘ったら、すぐに二人で出かけることになった。
大通りを歩きながら、二人で店を見て回った。
彼女は子供のように元気に笑ったが、僕はぎこちない笑みしか浮かべなかった。

「また会いませんか?二人で」

「うん。いいよ。また会おう」

その後、彼女と数回デートを重ねた。
時には彼女の家で恋人のような時間を過ごした。
最初こそ罪悪感もあり上手く楽しめなかった僕だが、次第に浮気にハマっていった。

しかしそんな時も突然に終わりを告げた。
いつも通り彼女と外を歩いていると、後ろから肩を掴まれる。
振り向いた僕は愕然とした。

「ロイドさん。何やっているんですか?」

そこにはソフィアの姿があった。
なぜか手には包丁を持っていて、目が血走っていた。

そういえば最近ソフィアの姿を見ていない。
体調が悪いと部屋に籠りっぱなしだったから。
だが、それにしても彼女はこんな女性だったのだろうか。

「ソフィア……こ、これは……その……」

僕が何とか言い訳を考えていると、浮気相手の女性が「あっ」と声を出す。

「すみませんロイドさん。私、用事思い出してしまいました……さようなら」

「え……ま、待て!」

そして危険を察知したように足早その場を去っていってしまった。
彼女の背中から僕は、おそるおそるソフィアに目を移した。

「ロイドさん……ここで何してるんですかぁ?」

ニヤっと笑う彼女に、魅力は微塵も感じなかった。

「ふふ、私知ってますよ?さっきの女と浮気していたんでしょう?随分前から楽しんでましたね。こんなに美しい婚約者がいるのに、どうしてそんなことするんですかぁ?」

包丁がきらりと光る。
通りすがる人々が不審な目で僕達を見つめている。
しかし、助けようと声をかけてくる者は誰もいない。

「ねえ、ロイドさん。どうしてこんなことするんですか?答えて?」

「ご、ごめん……」

上手い言い訳すら思いつかず、ただ謝ることしかできなかった。
ソフィアはため息をつくこともなく、同じ調子で言う。

「私、綺麗ですよね?可愛いですよね?なんでこんなことするんですか?こんなに価値ある婚約者がいるんですよ?ねえ?答えて?納得のいく説明をしてよ。私、綺麗でしょ?価値あるよね?」

まるで壊れた機械のように、彼女は言葉を止めない。
僕は恐怖で侵され、うちに秘めていた本音を言ってしまった。

「か、価値なんてないだろ……今の君は美しくない……」

「え」

ソフィアの目が大きく見開かれた。
そして次の瞬間、腹に鋭い痛みが走った。
顔を下に降ろすと、腹に包丁が刺さっていた。

「ロイドさん。私綺麗だよね?」

足の力が抜けた。
体が崩れ、視界が消え、音も消えた。
意識が消える寸前まで、ソフィアは同じ言葉を何回も繰り返していた。
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