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 アラルドは手に病院で見るような銀色の台を持っていた。
 その台の上には、これまた病院で見るような注射器や粉薬があった。
 僕はそれを見て、全身から血の気が引くのが分かった。
 
「アラルド、それを机の上に置いてくれる」

「ああ」

 机の上に置かれたそれを、父さんはギロリと睨みつけた。
 そして今度は弟を睨みつける。

「おいアラルド。説明しろ。これは何だ?」

「兄さんから説明してもらったら? これは兄さんの部屋にあったものだから」

「あ……」

 咄嗟に言い訳をしようと口を開いたが、言葉は出なかった。 
 まさかこれが知られていたなんて思いもしなかったから。
 マリアンヌが僕の肩に手を置く。

「ね、ねえどういうこと? コート、あなた……何かしたの? 病気だったとか?」

「コート! ちゃんと説明しろ! 黙っていては分からんだろ!」

 父の困惑したような怒声も浴びて、僕はもう限界だった。
 助けを求めるようにティナを見ると、彼女はとても冷たい目をしていた。
 まるで氷を更に冷やした何かみたいに、見ているだけでこちらが凍ってしまいそうだった。

「……薬物さ」

 嘘をついてもどうせバレるだろう。
 購入元をたどればすぐに僕のものだと判明するし、皆を納得させるだけの嘘も思いつかないし、なによりもう疲れた。

「……スラムで違法薬物を買っていたんだ……そしてそれを注射器で摂取していた……二年前くらいかな、一度やったらやめられなくてさ……ははっ……」

 情けない苦笑を浮かべると、頬に痛みが走った。
 どうやら父がビンタをしたようだ。

「この馬鹿息子……どこまで私をコケにしたら気が済むんだ……」

 父さんが怒るのも分かる。
 僕は男として失格だから。
 後継ぎを作ることを求められる長男にとって、誰にも恋愛感情が湧かないなんて不利益でしかない。
 加えてやっと子供を作ったと思ったら、それは愛人の腹に出来た不貞の子。

 そんな僕を不憫に思ったのか、家のためか分からないが、父さんは僕に耳打ちをしてくれた。
 この場だけ乗り切ればいいと、子供だけ貰って、マリアンヌとは別れたことにして秘かに関係を続ければいいと。

「ごめん……本当にごめん……」

 本当は分かっていた。
 両親は僕の気持ちよりも家の体裁の方が大事なのだと。
 だから、不貞に厳しい契約書にしたし、ティナの家にも金銭的な援助をした。
 
 でも本当はずっと辛かった。
 家族にこんな僕を認めてほしかったのだ。
 そんな気持ちを抱えて、僕は薬物に頼るしかなかった。
 それは僕を、一瞬で最高の気持ちにさせてくれたから。

「コート……私たち、終わりだね」

 幻滅したようなマリアンヌの声が聞こえる。
 彼女の声も、ティナの瞳のように冷たかった。
 僕はもう一度、ティナを見た。

「ティナ。いつから気づいてた?」

 彼女は少し悲しそうに答える。

「一年くらい前から……自分の胸にしまっておこうと思ってた、あなたが正直に自分の罪を認めて離縁をしてくれるのなら。でもあなたはそれをしなかった。だから言うことにしたの」

「そうか……そんなに前から……」

 もし誰かが認めてくれたら何か変わったのだろうか。
 いや、変わらない、その人の気持ちに僕はきっと気づかないだろうから。
 ふいにマリアンヌへの感情が恋愛感情だったのか、分からなくなってきた。
 しかしそれを確かめるために彼女の顔を見る勇気はなかった。

 僕はその場に俯くと、はっきりとした口調で言った。

「ティナ。僕と離縁してくれ」

 こんなに真っ黒な僕を庇うことなど誰にもできなかった。
 父は大きな舌打ちをして、マリアンヌは席を立った。
 しかしティナは椅子に座ったまま、おそらく僕を見て言った。

「もちろんよ、コート」
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