上 下
263 / 298
求婚を…… ~クラリス視点~

5

しおりを挟む

「お父さま、アルベルト様をお見送りしてきました」

 私が報告がてら執務室に顔を出すと、デスクで書類にペンを走らせていたお父さまが顔を上げた。

「ああ、クラリス。ちょっと話をしよう」

 返事をするより先にディールにお茶の準備を指示する。

 ……断れない。

 ソファーにちょこんと座り、淹れてもらった紅茶をコクンと飲む。

 お父さま……怒ってるかしら……

 婚約解消が決まっているのに、求婚された事を相談しなかった(というか、忘れてた)後ろめたさに顔が上げられない。上目遣いでチラッとお父さまを盗み見た。

 怒ってはいないものの、複雑な顔をしているお父さま。

「クラリス、アルベルト王子に求婚されたのなら、きちんと言いなさい」
「ごめんなさい……」
「怒っているわけじゃない。もしもの時、対処が遅れたら命取りだからね……貴族社会は一筋縄ではいかない。外堀を埋められて仕方なくということも多々ある」

 ……ごもっとも。

「まぁ、幸いにもアルベルト王子は正々堂々と求婚の報告にくるような好青年だ。ムリヤリという事はないだろう……この事をミカエルには言ったのかい?」

 ミカエルの名に私の身体はピクリと震えた。

「ミカエルは婚約解消する件を知っているし、王子と結婚するもしないも、アルフォント家にも多少影響が出るからね」
「影響……やはり王家と婚姻を結んだ方がミカ……アルフォント家の為になりますか……?」

 小さな声でボソボソ質問をした私に、お父さまは少し間を置いて返答をする。

「全くならない……と言ったら、嘘になるかな。まぁ、多少だがね」

 少し濁した言葉とはいえ、私とアルベルト様の結婚がアルフォント家に影響を与える事実に心がドシンと重くなり、視線を落とした。

「どっちにしても、ミカエルも知っておいた方がいい案件だ。どうする? 私から言っておこうか?」

 黙ったままゆっくり左右に首を振った私を見て、お父さまは頷き、公爵家当主の顔から優しい父親の顔になる。
しおりを挟む

処理中です...