蟻地獄

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5.蜘蛛の糸

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 布団の上に転がる艶めかしい脚が、痙攣する。病的に青白かった内腿は、噛んだり吸われたり――若者にいたぶられた痕が、残されていた。

「あぁんっ」

 ずちゅりと卑猥な音がして、正一の肌が粟立った。桑山に圧し掛かられ、性器を挿入されたのだ。男に雌孔と茶化された穴は蕩けて、雄に絡み付くようになっていた。

「かたいぃっ、ああっ、あんっ、かたいよぉ」
「……淫売が」

 腰を掴まれて、奥深くまで突立てられた。結合部からどろどろになった体液が、泡を作る。体を貫く凶器に、正一はむせび泣いていた。

「かたいぃ、かたいの、すきぃ」
「お前は天性の淫夫だよ、若槙」

 桑山が乱暴に腰を使う。罰を与えるように乳首を捻られて――それさえも、今の正一には快感になっていた。

「ぁあんっ」

 快楽に沈んだ正一は、纏わりつく視線に、体を震わせた。布団の周り、教え子の三人が、取り囲むようにして正座をしていた。

 桑山と正一の営みを、里中、鈴見、鹿俣が見学するのが当たり前になっていた。

 若い雄は「おこぼれ」を頂戴しようと、辛抱していた。荒ぶった下半身を必死に静め、正一の痴態を目に焼き付けていた。

「ガキにやられたのが、そんなに良かったか?えぇ?淫乱が」

 勃起した陰茎が、内壁を抉るように動く。正一は涎を垂らしながら、昇天した。桑山に口淫され、射精に導かれた性器は、力なく傾いている。その先から、ちょろちょろと水っぽい精子が出ていた。

 放心した正一に、桑山はしつこく腰を叩きつけた。痙攣する孔に挿入を進めると、内壁は雄に絡み付いて、搾り取ろうとする。

 あまりの気持ち良さに、桑山は呻き声を上げた。

「っ……売女(ばいた)より質が悪りぃよ、お前は」

 頭が快楽で溶けた正一に、桑山の罵りは聞こえなかった。桑山が射精したら、もう次は新しい――ぎらついた目をした、若い雄を欲しがっていた。

 ちらりと下半身を見れば、猛ったそれに、正一の期待は膨らんだ。無限に男を欲しがる孔が、誘うように鳴き声を上げた。

「……いいぞ」

 引き抜いた桑山が、許可を出す。我先にと迫ってきた青年に、正一は股を開いた。最初に挿れたのは、鹿俣だった。

 最初とは違い、躊躇いもなく巨根を後孔に押し当てた。パクパクと口を開けたそこは、雄を美味そうに飲み込んでいく。

「かのまたぁ」
「先生、先生のなか、きもちいいっ」


 鹿俣の男根にイかされた日から、正一は乱れ狂った。男の精を垂れ流す股を拡げて、挿れて、挿れてと懇願するようになったのだ。

 そんな年上の男の痴態に煽られたのか、若い雄が、正一に群がった。加減を知らない若者達は、劣情をぶつけた。

 抱き潰された正一は、それから外出することはなくなった。下着を付けない浴衣姿で、布団に転がる。閨で、快楽だけを欲しがる生き物になっていた。

「もっとぉ、もっとぉ」
「先生のなか、っおかしくなりそう」

 興奮した鹿俣が、腰を叩きつける。勃起した性器を、正一の頬に押し付ける里中が「せんせぇ」と強請った。

 萎びた性器を鈴見に弄られながら、里中の雄を咥えた。青臭い先走りを啜って、夢中でしゃぶる。

「んぅ、んんっ、んぉ、おいひぃ」
「先生の口の中、あったかい……アソコと一緒だね」

 腰を突き出されて、正一は根元まで飲み込んだ。青臭さと若草のような匂いが混じり合い、脳内を犯されているようだった。

「んんぅっ!」

 教え子に嬲られ、喜ぶ中年の愛人を、桑山は睨みつけていた。時おり、舌打ちをしながら、タバコ燻らす。正一に発情した子分に、面白半分で、遊ばせた。

 今では、後悔している。

 乱れる淫夫に取り付かれた若い雄は、貪るように正一を抱いた。よがり狂う正一は、それこそ――桑山のみならず、若者を狂わせていた。

 独占しようにも、正一が桑山だけでは満足しないのだ。際限なく、雄を求める淫乱になった男を、桑山は鑑賞した。

 子分をけしかけた身でありながら、桑山は怒りと情欲に支配されていた。

 ガキのイチモツに喜ぶ正一を絞め殺してやりたくなる。

 だが、布団の上で淫猥な姿をさらす正一を、ずっと見ていたい。

 桑山はタバコを灰皿に押し付けた。

「おい、そいつは明日、商品に出すからな。分かってるだろうな」
「はーい」
「はい」
「……はい」

 正一の口腔に射精した里中が、返事をすると、続けて他の二人も反応する。何も知らないのは、商品に出される正一だけだった。

「……?」

 教え子が出した精液を飲み下しながら、正一は溶けた頭を動かした。すぐに里中が口を塞ぐように、接吻は始めた。

 荒っぽい口づけに溺れながら、教え子の背中に腕を回す。体内で爆ぜる感覚がして、鹿俣が射精したのが分かった。

「んぅんっ……ん、ふぅん」
「……先生をどうしても出さないと駄目ですか」
「品揃えが悪くてなぁ、人が足りねぇと、見栄えが悪いんだよ」

 射精しても、硬さを残す鹿俣の陰茎が、中で大きくなっていく。気持ち良さに、正一は体をのけぞらせた。

「こんなとうが立った男、買う物好きはいねぇよ」
「?」

 桑山の声は、半分しか耳に入らない。娼館で働いていた正一は、桑山の本職を知らなかった。

「まぁ一応、用心して、高くつけとくから……買われねーよ」

 桑山は人身売買を商いとしていた。戦争孤児や、戦争で夫を亡くした未亡人……食い扶持を失い、貧困に喘ぐ人間を競りに出す。

 月に一度、桑山が開催する競売には、様々な階級の人間が集まる。米兵といった外国人から、旧華族、人手の足りない商人など、わざわざ関西から足を運ぶ者もいる。売れやすいのは、主に女子ども。体裁が奉公人なら、ましな方だった。

 大概、愛人や気晴らしのおもちゃ代わりに、人を買っていく。男は肉体労働者として買われるが、若く健康な男ばかりだった。

 今月の競売は、若い女が八人、浮浪児十人、男は一人の合計十九人。いつもだったら三十人ほど集まるのだが、孤児院などを政府が建設し始めて、身元不明の子どもの数が減った。

 数合わせで、娼婦を出せば、買われるかもしれない。数合わせで、正一を出すことに決めた。三十七になる中年に、興味を示す輩はいないだろう。

 だが桑山は内心、娼婦よりも、失うのを恐れていた。まさか買う人間はいないだろうが、用心のため、目が飛び出すような値段を付けることにした。

「明日の競売が終わったら、好きにしていーぞ」

 桑山の許可に、男達は色めき立った。

 ……

 正一は久しぶりに白いシャツと上等なズボンを履かせられ、壇上にいた。

 舞台の上には、正一と同じように――洋風の恰好をした男女が、手首と腰を縄で縛られた状態で、横一列に並ぶ。

 じっくりと鑑賞するのは、スーツや着物を着て、葉巻を咥える男達だった。演劇場を貸し切った競売は、観客席はほぼ埋まっていた。

 みんな優雅に、周囲と談笑していた。復員服など着ているものは、舞台から見当たらなかった。裕福な身なりから、富裕層であることを察した正一は、ぼんやりと観客を見渡した。

 早く、長屋に帰りたい

 下着を脱いで、布団に寝っ転がれば、男が圧し掛かってくる。正一はただ、股を開いておけばいい。そうしたら、すぐに極楽浄土にいけるからだ。

 ここに連れて来られる前、どうしても男が欲しくなった正一は、桑山にしなだれかかった。長屋で犯されると、一時、熱は冷めたが、また体がうずいていた。

 舞台は照明が当たって、眩しい。そして暑い。体のうずきと一緒に、正一の肌は汗ばんでいた。

「えー、今月もお集まり頂き、誠に感謝いたします」

 舞台に上がった桑山が、慣れたように挨拶をする。ここでやっと正一は、元同僚の商売を理解した。

「早速ですが、始めたいと思います。まずは最年少、七歳。性別は男。健康診断を受けさせましたが、栄養失調なく、健康――三千円から始めたいと思います」

 観客席から、着物姿の男が手を上げる。

「三千五百円」
「四千円」
「四千三百」
「四千五百!」

 盛り上がる観客を尻目に、正一は舞台に突っ立っていた。商品が足りないと聞こえたが、どうやら数合わせで連れて来られたらしい。

 同じく競売にかけられる者達が愛想よく微笑む中――正一はしゃぶった里中の陰茎を思い出していた。
 雄を咥えると、口の中が唾液で溢れる。今も舐めた感触を思い出すだけで、口の中が湿っていた。

「えー、それでは五千八百円のお客様!落札で!」

 舞台に上がった者達が、次々と競り落とされていく。正一の隣に立っていた十八の娘が、三万円で競り落とされると、順番がきた。

「次は男、歳は三十七。サイパン帰りの復員兵。肉体は至って健康――百万から始めます」

 桑山の口から飛び出した値段に、観客がどよめく。「百万?」「千円じゃないのか?」と質問が飛び交った。

 桑山はもう一度「百万、です」と言った。米十キロで二千円のご時世だ。百万に、ざわめきが大きくなるが、手を上げる者はいない。

 早く帰りたい

 正一は体を重ねることばかり考えていた。今日、鹿俣は来るかな。最初は壊されると慄いた巨根が、恋しかった。

 早く、突っ込まれたい

「おりませんか?百万です、この男は百万――いらっしゃいませんね?」

 桑山が確認した時だった。

「百万」

 手が上がった。観客席にいた者と桑山、そして正一――競売の全員が、声のする方に、視線を向けた。

「百万です。私の他にいらっしゃいませんね」

 スーツ姿の男が立ちあがった。黒髪を後ろに撫で付けた長身の男が、舞台に近づいて行く。顔が見える距離まで来た時、正一は声を上げた。

「あ……」
「いらっしゃらないようでしたら、私が買います」

 精巧な人形のように整った顔は、変わりがなかった。付け加えるなら、十八から五年で、精悍さが増したことか。

 輝くばかりの男――美貌に磨きがかかった教え子は、正一の腕を取った。

「ちょ、ちょっと、お客さん――」

 桑山の焦った声を聞き流し、久野木は観客席に声をかけた。

「糸川」
「はい」

 ぱたぱたと駆け寄って来た細身の男が、桑山に革のバッグを渡した。

「こちら百万、入っておりますので」
「おい、ちょっと待てよっ!」
「――なんです?」

 有無を言わせない声だった。久野木は正一を引っ張ると、舞台から降ろした。

「私が買ったんです。何か問題が?」
「……いや」
「それでは」

 引きずられるように、正一は観客席を抜ける。振り向けば、舞台で桑山が棒立ちになっていた。

 まるで親とはぐれた子どものような顔に――正一は手を伸ばしたが、宙を切る。よろけながら演劇場を出ると、玄関に車が停まっていた。後部座席のドアが開いていた。

 ジープ以外で、それも国産らしい車に驚いていると、背中を押された。後部座席に転がるように、車に詰め込まれる。

「出してくれ」
「はい」

 ドアを閉めた男が、運転手に声をかける。正一はおそるおそる、背中を正した。教え子はさらに体格も良くなり、おいそれと近づけない雰囲気があった。

「……久野木?」
「先生」

 背中に腕を回され、押された。気が付けば、教え子の肩に顔を押し付けていた。久野木はぎゅうぎゅうと、正一を抱きしめる。耳元で、すすり泣く声がした。

「ど、どうし、てっ、あんな場所に!」
「……すまない」
「先生、お会いっ、お会いしたかったです。ずっと、ずっと会いたかったっ!」
「……うん」

 号泣する教え子を、正一も抱きしめた。逞しい背中は、若々しさに溢れていた。ためらう程、上質なスーツを着ている。ぱっと視線を走らせれば、翡翠のカフスボタンに、腕時計をはめていた。

「せんせい……」

 涙を流す姿まで美しい教え子は、正一の顔に触れた。滑らかな手が、頬や目尻に移動する。眼前の、涙でまつ毛が濡れた瞳は輝いていた。

 奥底に見えるのは――教室で迫ってきた時の、激情の光。正一は鳥肌を立てていた。
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