『ショパンへのオマージュ』“愛する姉上様”

大輝

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第13章 新学期

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新学期が始まった。

9月の半ばから学内コンクールが始まるので、音楽院の生徒達は、休み時間も放課後も、練習に明け暮れている。

レッスン室は、22時まで使用出来るので、涼太も晴香も遅くまで練習しているようだ。

【カフェ】

〈ランチを食べる星、健人、涼太、晴香〉

「ヴァイオリンの人は良いですよね、どこでも弾けて。ピアノ科は、この時期レッスン室の奪い合いですよ」

「どこでも、ってわけいかないけど、裏庭で弾いたりはするわね」

「ああ、早く食べて行かなきゃ、また一条さんに取られちゃう」

「お前、飯ぐらいゆっくり食えよ」

「ああん、うちに防音室が欲しい」

「あーら、朝美さん。お先に」

〈一条が、食事を終えて出て行く〉

「ゲッ、先越された」

「その「ゲッ」って言うのいい加減にやめなさいよ」

【保健室】

〈窓が開いている。窓際に立って外を見ている星〉

午後の授業は自習なので、僕はサボり。

ヴァイオリンが聞こえてくる。

バッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番。

コンクールの課題曲だ。

「またサボってるの?城咲先生に言いつけるわよ」

「先生に会いに来たんですよ」

「くだらない事言ってないの」

「自習だから、ここで勉強して行きます」

「本当に勉強するのよ」

【ピアノ科の廊下】

〈放課後。第1レッスン室に入ろうとする晴香。第2レッスンに入ろうとする一条。2人は一度顔を見合ってから中に入って行った〉


【晴香の家】

「ねえ、お父さん。防音室が欲しいよー」

「コンクール優勝したら、作ってやる」

「えー、今すぐー」

「最近城咲先生と岡崎先生が来て下さるから、お客様も増えたし、作ってやったら?」

「そうだよね?ほら、お母さんもああ言ってるしー」

「コンクール終わるまで店の手伝いは良いから、頑張って優勝しろよ」

「遅くまで学校で練習して来たんでしょう?今日はもう寝なさいよ」

【星の部屋】

〈フレデリックとニコロが、ベッドの上のテディベアにくっついて寝ている〉

「皆んなこっちに来ちゃって…お姉様が寂しがるぞ」

アマデウスもだいぶ大きくなって、いたずら盛りだ。

「コラコラ、アマデウス。網戸に登ったら破れるだろ」

〈猫を抱いて窓を閉めようと、ふと外を見る〉

え?

今頃どこ行ったんだ?

〈駐車場に車が無い。青くなって部屋を飛び出す星〉

【家の外】

〈マウンテンバイクに乗り腕時計を見ると12時を回っている〉

こんな時間にどこ行ったんだよ。

〈住宅街を飛ばして海岸に出る〉

居た…

〈陽の車が止まっている。星に気づき窓が開く。ブラームスの第3シンフォニーがかかっている〉

「こんな時間に、何やってるの」

「星君」

「一人で危ないでしょう」

「急に海が見たくなっちゃったの~」

「僕に言ってよ。邪魔じゃなかったらいつでもついて来るから」


【弦楽科第1教室】

〈ヴァイオリンを弾く涼太。曲はバッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番〉

(この曲を初めて聞いたのは、7才の時。星ちゃんの家で、クレーメル先生のCD。それで、ヴァイオリニストになりたいと思ったのよ)

「もう一度、ここから」

「はい」

「そこは、もっと、こういう感じで」

〈岡崎葵先生のお手本〉

「はい、もう一度」

【ピアノ科の第1ピアノ教室】

〈ピアノを弾く晴香。曲はショパンのエチュードOp10〉

(この曲は、先生のCDを何度も何度も聞いた。寝ないで聞いたんだから。絶対優勝して、秋のオルフェウス音楽祭で弾くんだからね)

「ちょっと待って。今の所はどうしてそう弾いたのですか?」

「え…?」

「ここです。どうして今の音で弾いたのですか?」

〈楽譜を指差す陽〉

「ここからの流れで…」

「何と無く出てしまった音が一つでも有ってはいけません。全ての音に魂を入れて弾いてください」

「はい」

「そこは、もっと指を軽くして」

【裏庭】

〈第1ピアノ教室の窓を見上げる星〉

音が変わった…姉上かな?

姉上は「どこかで自分のCDが聞こえてきても、わからないかも知れないわ~」なんて言っていたけど、僕はわかるんだ。

あ、また変わった…今度は生徒だな。

音だけじゃなくて、テクニックや内面の表現も違う。

姉上と言えばショパンと言われるけど、サン=サーンスや、ラフマニノフも良いし、勿論モーツァルトもだ。

弟の僕が言うのも変だけどね。

メンデルスゾーンのトリオは、姉上のが一番好きだな。

言ったら切りが無いけど…

「おう、星。ここだったか」

〈ピアノの音。曲はショパンのエチュードOp10〉

「あーこの曲。俺城咲先生のCD持ってる」

へー、健人もピアノのCDを聞くようになったのか。


今日は日曜日、朝のうちにウォーキングだ。

僕は、いつもの公園へ向かった。

【丘の上の公園】

いつもの様に公園を一周する。

樹々の中を抜けて高台に向かった。

今日も居た。

僕に気づいて手を振っている。

【高台】

「城咲君、おはよう」

「おはよう」

9月とは言えウォーキングすれば汗をかく。

「あんまり側に来ない方が良いよ。僕、汗臭いから」

「どれ?」

「良い匂い。爽やかな汗ね」

しまった…汗と言えば、この人とは前にちょっと有ったんだった…

ちゃんと拭いておかないと。

僕は、ポケットからフェイスタオルを出して汗を拭いた。

「遺伝子レベルで相性が良いと、相手の匂いが好きらしいわよ」

桜井さんは、そう言って僕の匂いを嗅いでいる。

「好きよ」

「え?」

「貴方の匂い」

なんだ、匂いの事か…って、ええ!?

もしかして、遺伝子レベルで相性が良いって事?

なんだかドキドキしてきた…

何でいつもこの人にはドキドキさせられるんだろう?

年下だと思ってからかってるならやめてくれよな。


「明日から、コンクール始まるね」

「本選のコンチェルトは、うちのオケが弾くのよ」

「そうだね」

「2年生だから、知ってたか」

「うん」

「普通科の子で興味の無い子は、聞きに来ないけど」

「涼太が居るから、去年も聞いたよ」

去年涼太は、セミファイナルまでしか進めなかったから、コンチェルトは聞けなかった。

今年は、頑張ってほしいな。

「全部門終わったら、秋のオルフェウス音楽祭よ」

「そうだね…姉は何を弾くのか、まだ聞いてないんだ」

「面白いのね、そういう事は話さないの?」

「話す時も有るけどね、僕の方からは聞かないんだ」

「そうなのね」

聞いたら「言ってなかったかしら~」なんて時も有るけどね、ハハ…

「この前のリサイタルなんて、僕の一番好きな曲弾くのわざと黙ってたり…まあ、そんな時も有るよ」

「へー城咲先生って可愛い人ね。じゃあ、今度の曲も私からは言わない事にするわね」

【城咲家のレッスン室】

「はーい、こっちにいらっしや~い」

何だ何だあ?

満面の笑みで僕を捕まえている…なんだか嫌ーな予感がするけど…

うっ、ピアノの前に座らされた。

姉上のレッスンしなさいオーラで金縛り状態だ。

「はい、モーツァルトのソナタ、弾いてご覧なさい」

と言って譜面なんか開いてるし。

あのね、姉上。

僕は、コンクール出ないんだから…

モーツァルトのソナタ15番。

好きな曲だけどね…聞くだけなら。

ニコニコしてるからよけい怖いぞ。

ピアノ科の生徒は、姉上のレッスンは「言葉とか優しいんだけど、内容は厳しくて、弾けるまで終わらせてくれない」と言っている。

僕は仕方なくピアノを弾いた。

仕方なくね、仕方なく…

これが何時間続いたか、って…思い出しても怖いよ。




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