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第21話 悲しき存在

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 晴れ渡る秋空の下、いよいよ豊穣祭が始まった。
 アゼルク公爵領では、領民たちが屋台を開いたり、歌やダンスに興じている。豊穣祭をきっかけにお付き合いを始める若者も多いのだとか。
 一方、アゼルク家の敷地は、緊張に包まれていた。国王陛下がいらっしゃったのだ。賢王と名高い陛下は、「楽にせよ」とおっしゃって、俺たちをねぎらった。天幕で覆われた席に鎮座された陛下はご機嫌がよさそうである。
 俺とヴァンは陛下に挨拶をしに行った。
 侍従が陛下に伺いを立てる。俺は陛下と言葉を交わす許可を得た。

「アゼルクの次男、エドゥアールでございます。こちらは従者のヴァンであります」
「今日は『火炎獅子』を舞うそうだな。楽しみにしているぞ」
「もったいないお言葉ありがとうございます」

 陛下はお優しかった。
 この方は「揺りかご計画」について何も知らないのだろう。間近で接してみて、邪気のようなものが一切感じられなかった。賢王が、行きすぎた優生思想を許すわけがない。「揺りかご計画」の首謀者は家臣か、あるいは魔法学園の学長か。いずれにせよ、俺を殺す気満々なのだろう。
 あれっ?
 群衆の中に見知った顔がいるぞ。マルクトくんとユーネリアさん姉弟だ。

「マルクトくん! ユーネリアさん! 来てくれたんだね」
「おじい様が連れてきてくださったんですの」
「リューネンのお兄ちゃん、ダンスを踊るんでしょう?」
「そうだよ。よく見ててくれよな」

 ヴァンが俺に耳打ちをした。

「おそらく……『揺りかご計画』の首謀者は、あの姉弟の目の前でエドゥアール様を亡き者にするつもりでしょう」
「えぇっ!? 趣味悪すぎ」
「彼らを孤立させるのが目的なのです。負けてはなりませんよ」
「分かってるぜ」

 祭りが進んでいき、俺が『火炎獅子』を披露する時間が迫ってきた。

「エドゥアール様、緊張されていますか」
「うんにゃ。俺のお馬鹿具合を舐めるなよ? 人を笑わせたくて、うずうずしているぜ」
「ふふっ。頼もしいですね」

 司会を務めていたパパが、俺を呼んだ。

「さあ、みなさまご注目ください。アゼルク家創設のきっかけになった舞い、『火炎獅子』をわが息子エドゥアールが披露いたします」

 俺は観衆に向かって手を振った。
 手の甲に魔法陣を描いて、魔力を発動する。頭の中に浮かんだ扉を、俺はゆっくりとこじ開けていった。やがて光の束が頭の中を何本も駆け巡って、俺の手の甲に魔法紋が浮かんだ。
 さーて。
 一世一代の大舞台だ。気合い入れてくぞ!
 俺は炎でできた獅子を召喚した。そして、純魔法を使って命を吹き込んだ。
 がううっと火炎獅子が吼えて、俺を追いかけ始めた。
 俺は敷地の中を逃げ回った。途中、わざと転んでみせる。オーバーリアクションで驚くと、観客から笑いが起こった。
 よし。
 いい反応だ。
 続いて、俺は逆に火炎獅子を追いかけた。俺が歯向かってくるとは思わなかった火炎獅子が、おおんと悲鳴を上げる。またしても笑いが起きた。
 音楽の演奏がまだ続いている。
 規定の5分間に至るまでは、もう少し足りない。俺は火炎獅子にギリギリ触れるか触れないかのところで、足踏みをした。ぱちぱちと爆ぜる火の粉が降りかかってくる。俺のプラチナブロンドは灰まみれになっていた。
 すべてはみんなのためだ。
 ここで完璧な舞いを披露すれば、アゼルク家の存在感を示すことができる。クラウス兄ちゃんの婚約の件だって、グローゼス太公が考え直してくれるかもしれない。

「あらよっと!」

 俺はくるくると側転をした。火炎獅子が待ってましたとばかりに飛びついてくる。クライマックスが近い。
 俺がフィニッシュを決めようとした時のことだった。

「……んで。あそんで」

 虚空からしわがれた声が聞こえてきた。
 何もなかった空間から、無数の手が伸びてくる。
 クラウス兄ちゃんが言っていた。「揺りかご計画」では、人体を介さずに強化人間を作っていると。
 この手はどうやらその、悲しい存在らしい。
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