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第3話 スキル<縁切り>が効かない!?

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 メルキオールの屋敷は王宮から程近い、一等地にあった。
 敷地の中には三階建ての母屋の他に、小屋まであった。庭木もきれいに整えられている。近衛騎士って稼いでるんだな。
 俺は夜闇に負けじとそびえ立つ、白亜の屋敷を眺めた。

「さあ、どうぞお入りください」

 メルキオールに続いて、正門をくぐる。屋敷の玄関にしつらえられたドアを開ければ、執事とおぼしき初老の男が俺たちを出迎えた。

「そちらのお客様は……?」
「彼はジュスト殿。私の恩人だよ。例の件を片付けてくれた」
「それは素晴らしい。ジュスト様、わたくしはネイビスと申します。メルキオール様のお屋敷で執事を任されております」
「初めまして。ジュストという。今日は突然押しかけてすまない」
「ジュスト殿、遠慮はなさらず。みんな、ジュスト殿に温かい食事を用意してくれ」

 俺は食堂に通された。
 長テーブルに座っているのはメルキオールと俺だけだ。家族らしき人の姿はない。

「あんたって独身?」
「21歳になるので、そろそろ身を固めろと言われているのですが。なかなかご縁がなくって」
「ふーん。じゃあ視てあげようか、恋愛運」
「いいんですか?」

 メルキオールが食いついてきたので、俺は分厚い眼鏡を外した。長テーブルの上にオラクルカードを広げて、両手でかき混ぜる。

「いいと思った時にストップをかけてくれ」
「承知しました」

 俺は夢中になってカードをシャッフルした。これ以上ないほどに混ざり合ったタイミングで、メルキオールが「ストップ」と言った。
 俺はカードを一箇所にまとめた。
 そして、一番上に来たカードをめくった。カードには悪魔の絵が描かれていた。おどろおどろしい絵柄を見て、メルキオールが肩を落とす。

「私の恋愛運はダメですか」
「いや、悪魔は一概に悪い札とは言いきれない。こいつは執着を表すカードでさ、溺れるようなセックスを暗示している」
「そ、そうですか……」
「あんたって爽やかなイケメンだけど、好きと決めた相手には随分とこだわってしまうようだな」

 メルキオールがうなだれた。

「過去の恋愛がそうでした。重いからと言われてフラれてしまった」
「まあ、そう気落ちするなよ。あんたの重たい愛を受け入れてくれる相手が近くにいるって、俺の眼が告げている」

 眼鏡をかけ直そうとしたところで、俺は手を止めた。
 んんっ?
 メルキオールの左胸に白い薔薇が咲き始めているぞ。まだ蕾だが、これから開花していくことだろう。

「なーんだ。意中の相手、いるんじゃないか」
「います。目の前に」
「目の前……? って、俺!?」
「ジュスト殿。私の瞳にあなたという人が住みついてしまった。あなたは陛下の胸に巣食った黒い薔薇を粛々と切り落とした。乙女のように繊細なお顔立ちなのに、なんと頼もしい人だろうと思いました」
「……悪いが俺は男色家ではない。その恋、悪縁に変わる前に処置させてもらう」

 俺は両手を合わせた。
 メルキオールの将来を考えれば、子を成せない俺を選ぶのは避けた方がいいだろう。リンリンと鈴のように鳴る快音が頭に響いたところで、俺の右手が刃へと変わった。
 そして俺はメルキオールの左胸に咲いた白薔薇を刈ろうとした。しかし、切り落としたはずの白薔薇がすぐさま復活して、蕾が膨らんでいく。
 俺のスキル<縁切り>が通じない?
 どういうことだ。

「あんた、特異体質か」
「いいえ。魔法はビシバシ喰らいますし、呪われたこともあります」
「となると、俺のスキル<縁切り>だけが発動しないのか」
「ジュスト殿。せっかく巡り合ったのだから、縁を切るだなんて言わないでください」
「近衛騎士と路地裏の占い師がどうやって幸せになるんだ」
「この屋敷から路地裏に通えばいいでしょう」

 食事が運ばれてきたので、会話は一旦そこで打ち切りになった。
 俺は塩加減が絶妙なスープをぺろりと平らげ、メインディッシュである子鹿のステーキに手をつけた。俺は大食いだ。儚げな顔からは想像もつかないと言われて、何度も幻滅されたことがある。
 どうだ、メルキオールよ。
 料理にがっついてる俺を見て、恋心が冷めただろう?
 
「美味しそうに召し上がるのですね。私も健啖家なので、気が合いますな」
「……失望しないのか」
「元気いっぱいで可愛らしいです」

 メルキオールはどうやら恋愛初期に起こりがちな、アバタもえくぼ状態に陥っているらしい。ヘンに騒ぐとかえってメルキオールを興奮させてしまうだろう。俺は無言で残りの料理を腹に収めた。
 ご丁寧に食後のお茶まで出された。

「ジュスト殿はどうして路地裏に? あなたの眼があれば、貴族のお抱え占い師にもなれるでしょう」
「俺は自由が好きなんだよ」
「なるほど。覚えておきます」
「いいや。俺のことは忘れてくれ。あんたはヤバい任務を片付けてくれた俺に恩義を感じて、それを恋だと勘違いしているようだ。俺は明日、路地裏に帰る。そしたらもう会いに来ないでくれ」

 メルキオールが白磁のティーカップを両手で包み込んだ。
 カップに満ちた水色すいしょくの美しいお茶をじっと見つめている。

「そうですよね。私たちは出会ったばかりだ。好きだと言われても、ジュスト殿からしたら自分の何を知っているんだと不快になりますよね」
「未来を視てやる。あんたの隣には、俺じゃなくて貴族の令嬢が立っていることだろう」

 俺はメルキオールの碧眼をのぞき込んだ。
 曇りのない目をしているな。路地裏で人間の汚いところ、ダメなところばかり見つめてきた俺とは大違いだ。メルキオールはおそらく性善説を信じていることだろう。
 俺の目が輝き、手のひらがカッと熱くなった。
 中空に手をかざし、ビジョンを投影する。
 映し出されたビジョンを見て、俺はのけ反った。

「な、なんだ、これは……!」

 俺とメルキオールが裸になってベッドの上で睦み合っている。この角度、メルキオールの性器が俺のナカに入ってるよな。俺は恥じらいながらもアンアンと啼いて、大いに感じているようだった。

「……どうも調子が悪いようだ」
「天啓のようなビジョンですな!」
「あんたは俺を抱くことに疑問を抱かないのか」
「いずれはそうなりたいと願っております」

 再び右手を刃に変えて、メルキオールの左胸から突き出ている白薔薇を切り落としたが無駄だった。すぐに新たな白薔薇の蕾が現れた。

「……今夜は泊まらずに帰る」
「ふかふかのベッドと、足が伸ばせるバスタブはいいのですか? それにこんな夜半にあなたのような美しい人が歩いていたら危険ですよ」
「あんたは危険じゃないのか」
「心外ですな。私は合意のない行為は絶対に致しません」

 メルキオールは嘘を言う男には思えなかった。
 俺は快適な入浴と睡眠に抗うことはできず、結局メルキオールの屋敷に泊まった。
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