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第1話 切羽詰まった客
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鉛色の夜空が、王都の路地裏を見下ろしている。
闇は好きだ。俺の顔を隠してくれる。
俺はいわゆる女顔である。色白かつ黒目がちで、唇が赤い。その手の顔立ちが好きな奴らに付きまとわれて、たびたび嫌な思いをした。
それに、俺は占い師だ。ちょっと怪しい雰囲気の方が都合がいい。俺は23歳の若造である。しゃがれた声を出して、実年齢より上だとお客に思わせている。
「よう、ジュスト」
「このあいだは鹿肉のステーキ、ごちそうさま」
「あんたらにはいつも世話になってるからな。また奢らせてくれ」
仲間たちに挨拶を済ませると、俺はいつものように路地裏の一番奥に陣取った。
俺は分厚い眼鏡をかけているうえに、頭から黒いフードを被っている。まごうことなき不審者である。
しかも、ラクレ教によって異端とされている魔術書を筆頭に、占星術盤、オラクルカードといったオカルトグッズをこれ見よがしに広げている。
こんな俺の元を訪れるのは酔狂な客か、よほど切羽詰まった客だ。
おっと、靴音が聞こえてきたな。
どうやら、相当焦った客がやって来たらしい。
「私はメルキオール・アコーズと申します。あなたがジュスト殿ですか!?」
路地裏には似つかわしくない礼儀正しい男が現れたので、その場にいた荒くれ者やいかがわしい露天商が下卑た笑い声を上げた。
「お兄ちゃん。堕胎の薬なら、アタシの店に来な」
「いいガタイしてんなあ。騎士か?」
暗闇にまぎれて顔のパーツまではよく見えないが、メルキオールと名乗った男は長身で、腰に剣を下げている。胸当てをつけただけの軽装だが、メルキオールには隙が感じられなかった。
俺は服の中に武器を仕込んでいる。いわゆる暗器使いというやつだ。試しに痺れ薬を塗った短い矢を放つ。メルキオールは手刀で毒矢を叩き落とした。
へえ。至近距離からの攻撃を無効化するとはねえ。なかなかやるじゃないか。
「時間がないのです。お金ならいくらでも積みます。だから、私のあるじを助けてください」
「俺はただの占い師だけど?」
「……縁切り屋。あなたのもう一つの職業でしょう?」
「俺のスキル<縁切り>をご所望とはね。お兄さんのご主人様はかなりの遊び人と見える」
「遊びというか、あるじの場合は病気です。悪い女に捕まっては、家の財産に手をつけている……」
メルキオールは前払いだと言って、パンパンに膨れた革袋を渡してきた。革袋の口を緩めて中身を確かめれば、みんなが一番好きな色の硬貨が詰まっている。
「これは孤児院に届けてくれ。俺のスキルは聖女から授かったものだ。カネは受け取れない」
「そうなのですか……。ではどうすれば依頼を引き受けていただけるのですか? お望みとあらばこのメルキオール、土下座だろうが犬の真似だろうが、何でも致します」
身を挺してあるじを助けようとするメルキオールの姿を受けて、俺の頭の中で快音が響いた。リンリンと澄んだ鈴のような音色が、俺に「行け」とけしかける。
「分かったよ、お兄さん。あんたのあるじを助けようじゃないか」
「本当ですか? では、早速ですがこの転移石を使わせていただきます」
俺は占い道具を背負い袋にしまうと、メルキオールに近づいた。メルキオールが「失礼」と言って、俺の肩を抱いた。転移石が放つ青白い光が俺たちの全身を舐めていく。
「お人よしだねえ、ジュスト」
「またタダ働きかい」
路地裏の仲間たちの呆れた声が遠ざかっていく。
光の柱に包まれたあと、俺の視界が一瞬、暗くなった。転移石によって現場に運ばれるのは初めてではない。でも、空間を遊泳する際に味わう、船酔いのような不快感にはなかなか慣れることができない。
視界が切り替わった。
俺は鏡張りの部屋にいた。四方を取り囲む壁はもちろん、天井や床までピカピカに光っている。
こんなに悪趣味でカネのかかった部屋の持ち主は、ひとりしか思いつかない。
「お兄さん。あんたのあるじって、まさか」
「国王陛下です」
メルキオールの言葉に、さすがの俺も驚いた。
闇は好きだ。俺の顔を隠してくれる。
俺はいわゆる女顔である。色白かつ黒目がちで、唇が赤い。その手の顔立ちが好きな奴らに付きまとわれて、たびたび嫌な思いをした。
それに、俺は占い師だ。ちょっと怪しい雰囲気の方が都合がいい。俺は23歳の若造である。しゃがれた声を出して、実年齢より上だとお客に思わせている。
「よう、ジュスト」
「このあいだは鹿肉のステーキ、ごちそうさま」
「あんたらにはいつも世話になってるからな。また奢らせてくれ」
仲間たちに挨拶を済ませると、俺はいつものように路地裏の一番奥に陣取った。
俺は分厚い眼鏡をかけているうえに、頭から黒いフードを被っている。まごうことなき不審者である。
しかも、ラクレ教によって異端とされている魔術書を筆頭に、占星術盤、オラクルカードといったオカルトグッズをこれ見よがしに広げている。
こんな俺の元を訪れるのは酔狂な客か、よほど切羽詰まった客だ。
おっと、靴音が聞こえてきたな。
どうやら、相当焦った客がやって来たらしい。
「私はメルキオール・アコーズと申します。あなたがジュスト殿ですか!?」
路地裏には似つかわしくない礼儀正しい男が現れたので、その場にいた荒くれ者やいかがわしい露天商が下卑た笑い声を上げた。
「お兄ちゃん。堕胎の薬なら、アタシの店に来な」
「いいガタイしてんなあ。騎士か?」
暗闇にまぎれて顔のパーツまではよく見えないが、メルキオールと名乗った男は長身で、腰に剣を下げている。胸当てをつけただけの軽装だが、メルキオールには隙が感じられなかった。
俺は服の中に武器を仕込んでいる。いわゆる暗器使いというやつだ。試しに痺れ薬を塗った短い矢を放つ。メルキオールは手刀で毒矢を叩き落とした。
へえ。至近距離からの攻撃を無効化するとはねえ。なかなかやるじゃないか。
「時間がないのです。お金ならいくらでも積みます。だから、私のあるじを助けてください」
「俺はただの占い師だけど?」
「……縁切り屋。あなたのもう一つの職業でしょう?」
「俺のスキル<縁切り>をご所望とはね。お兄さんのご主人様はかなりの遊び人と見える」
「遊びというか、あるじの場合は病気です。悪い女に捕まっては、家の財産に手をつけている……」
メルキオールは前払いだと言って、パンパンに膨れた革袋を渡してきた。革袋の口を緩めて中身を確かめれば、みんなが一番好きな色の硬貨が詰まっている。
「これは孤児院に届けてくれ。俺のスキルは聖女から授かったものだ。カネは受け取れない」
「そうなのですか……。ではどうすれば依頼を引き受けていただけるのですか? お望みとあらばこのメルキオール、土下座だろうが犬の真似だろうが、何でも致します」
身を挺してあるじを助けようとするメルキオールの姿を受けて、俺の頭の中で快音が響いた。リンリンと澄んだ鈴のような音色が、俺に「行け」とけしかける。
「分かったよ、お兄さん。あんたのあるじを助けようじゃないか」
「本当ですか? では、早速ですがこの転移石を使わせていただきます」
俺は占い道具を背負い袋にしまうと、メルキオールに近づいた。メルキオールが「失礼」と言って、俺の肩を抱いた。転移石が放つ青白い光が俺たちの全身を舐めていく。
「お人よしだねえ、ジュスト」
「またタダ働きかい」
路地裏の仲間たちの呆れた声が遠ざかっていく。
光の柱に包まれたあと、俺の視界が一瞬、暗くなった。転移石によって現場に運ばれるのは初めてではない。でも、空間を遊泳する際に味わう、船酔いのような不快感にはなかなか慣れることができない。
視界が切り替わった。
俺は鏡張りの部屋にいた。四方を取り囲む壁はもちろん、天井や床までピカピカに光っている。
こんなに悪趣味でカネのかかった部屋の持ち主は、ひとりしか思いつかない。
「お兄さん。あんたのあるじって、まさか」
「国王陛下です」
メルキオールの言葉に、さすがの俺も驚いた。
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