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クイン

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二章

小説を書こう 1

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 美晴は買い物を終え、バス停が目と鼻の先というところで停車していたバスが発進した。
 
――少しくらい待ってくれたって罰は当たらないのに
と美晴は肩を落としていた。たんぽぽの綿毛が一吹きのそよ風で舞う。
「こんちには」
とあいさつと同時に美晴の肩を誰かが叩いた。美晴が振り返って確認する。
「あら? あなたは芙蓉書店の」
「はい、青山 咲です」
 黒く艶のある長い髪を揺らし、青山 咲は微笑んでいる。年齢は肌艶を見て二十四歳ぐらい。よく見ると右目の下に泣きぼくろがあり、それが彼女の容姿を引き立たせているものだと美晴は検討する。
「どうですか?」
 なんのことだろうと美晴は首を傾げると、青山は物を書くジェスチャーをする。
「あ、小説のことね。ごめんなさい勘取りが悪くて、いえね、少し読んでみて難しいと思ったわ。私には到底できないわね」
 あの後、何日かして健司が本を返してくれたので、美晴も読んでみたが、簡単そうに書いてはいるものの色々な制約だったり制限だったりがあり、大変な作業であると美晴は認識するのだった。
「そんなことないですよ! あきらめちゃだめです。いきなり長編を書こうとするのは酷だったりしますが、短編なりショートなりと短いのから挑戦してみたらどうでしょうか?」
 焦る青山に対し、美晴は首をふる。
「勘違いしていますよ、青山さん。私が書くのではありません」
「え」
「息子なんですよ。書いてるの」
 青山の頭の中で処理が追い付いていなかったのか、微妙な沈黙が場を支配した。
「あ、えっと息子さん……」
 美晴は苦笑し、
「ええ、年齢はもうすぐで五十になるんですけど、引きこもりなんです。それが急に作家になるって言い始めて」
「そういうことですか」
 青山は納得した様子であった。青山と会話していると、このまま息子に対する愚痴をこぼしてしまいそうになり、美晴は必死でこらえた。
「すいません、お名前伺ってもよろしいでしょうか?」
「名乗っていませんでしたね。すいません海山 美晴といまます」
 青山は清々しい笑みを浮かべ、よろしくお願いしますと返事した。
「早速ですが美晴さん。この後、何かご予定なんてありますか?」
「いえ」
「よければ立ち話もなんですから、あそこのカフェでも」
 青山が指さした方向に若者に人気のあるカフェチェーン店がある。美晴は少しためらった。青山は美晴の様子をすぐに察し、
「何かご予定があるなら、断っていただいて大丈夫ですよ」
 美晴は両手を振り、
「そ、そうじゃないの。そのこんなおばあちゃんと一緒なんて嫌なんじゃないかと思って」
 青山は数度まばたきをし、
「ふふ、私から誘っておいてそんな感情抱きませんよ。それに私おばあちゃん子なんです」
 青山はカフェの方へと歩みだす。スズランの花のような愛らしい人とう印象だったが、意外と押しが強い女性だなと美晴は思いながら後をついていった。
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