5 / 15
一章
作家宣言3
しおりを挟む
美晴が帰宅すると珍しく健司がテーブルの椅子に座っていた。
「ただいま」
といっても健司はだんまりであった。美晴はいつものことと思い、買ってきた物を冷蔵庫にしまっていく。買い物袋の隣にある書店の袋を美晴は一瞥する。
――さてどう切り出したものか……。
美晴は思案していると健司が口を開いた。
「あのさ……」
両手を組み親指を回しながらまごついている息子を見て、美晴は幼い日の健司を思い出した。何か言いたい時に彼はこの行動をする。
「昨日の作品は、ほら、あれだ、舞い上がっちゃってその冷静に読むと確かに、変だなって思ったよ。それでその……また作品を書いたんだ。今度のはもっとわかりやすく書いたやつだから」
昨日あんなに怒っていたのにもう切り替えている。一体、息子の心境に何が起きたのかわからなかった。だけどあきらめていないことが見て取れて美晴は嬉しかった。
――これ、といって紙を美晴に渡した。
「あきらめないこと、お母さんは素敵だと思うの」
と美晴は言うと、
「ふん」と鼻で健司は返事するのだった。
「そうそう、お母さん。こんな物買っちゃった」
そういって美晴は先ほど行った書店の袋をテーブルに置いた。一瞬、健司の眉が跳ねた。
「何?」
「お母さん、健司が作家を目指すって聞いて、本屋さんに久しぶりにいったのよ。そしたら、健司の言っていたライトノベルっていうコーナーを見かけたから、思わず買ってみたの」
美晴は袋から二冊の本を取り出した。表紙には『ライトノベルの書き方』『新人賞の取り方』の二冊を並べた。
「お母さん店員さんにあれこれ聞いて、この二つはライトノベルを書くうえでとっても参考になるって教えてもらったの」
明るく話す美晴とは対照的に、健司はまたも顔を赤くした。
「おいババア。本屋ってあのスーパーの前の芙蓉書店のことか……」
美晴は頷くと、同時に罵声とののしりが美晴の鼓膜を叩いた。目をぎゅっと瞑り、嵐が去るのを待つ子ヤギのように美晴はただ動かないでいた。
気づけば健司はその場には居ず、床に落ちた本だけであった。美晴はそれを拾い、「大丈夫、まだ破れていないわ」とつぶやいた。
今日の晩御飯は健司の大好物のハンバーグ。午後七時になっても健司が二階から降りてくる気配はない。美晴はお膳に晩御飯のハンバーグと白ご飯を置き、部屋のドアの前の床に置いた。
「晩御飯置いておくね」
ドアの向こうにいる健司に知らせた。返事はなかった――。そのお膳の横に先ほどの書籍も置いておいた。一時間後、きれいに平らげた食器とお膳が健司の部屋の前に置いてあった。さっきと違うのはお膳の隣に置いていた書籍が返っていないことだった。
「ただいま」
といっても健司はだんまりであった。美晴はいつものことと思い、買ってきた物を冷蔵庫にしまっていく。買い物袋の隣にある書店の袋を美晴は一瞥する。
――さてどう切り出したものか……。
美晴は思案していると健司が口を開いた。
「あのさ……」
両手を組み親指を回しながらまごついている息子を見て、美晴は幼い日の健司を思い出した。何か言いたい時に彼はこの行動をする。
「昨日の作品は、ほら、あれだ、舞い上がっちゃってその冷静に読むと確かに、変だなって思ったよ。それでその……また作品を書いたんだ。今度のはもっとわかりやすく書いたやつだから」
昨日あんなに怒っていたのにもう切り替えている。一体、息子の心境に何が起きたのかわからなかった。だけどあきらめていないことが見て取れて美晴は嬉しかった。
――これ、といって紙を美晴に渡した。
「あきらめないこと、お母さんは素敵だと思うの」
と美晴は言うと、
「ふん」と鼻で健司は返事するのだった。
「そうそう、お母さん。こんな物買っちゃった」
そういって美晴は先ほど行った書店の袋をテーブルに置いた。一瞬、健司の眉が跳ねた。
「何?」
「お母さん、健司が作家を目指すって聞いて、本屋さんに久しぶりにいったのよ。そしたら、健司の言っていたライトノベルっていうコーナーを見かけたから、思わず買ってみたの」
美晴は袋から二冊の本を取り出した。表紙には『ライトノベルの書き方』『新人賞の取り方』の二冊を並べた。
「お母さん店員さんにあれこれ聞いて、この二つはライトノベルを書くうえでとっても参考になるって教えてもらったの」
明るく話す美晴とは対照的に、健司はまたも顔を赤くした。
「おいババア。本屋ってあのスーパーの前の芙蓉書店のことか……」
美晴は頷くと、同時に罵声とののしりが美晴の鼓膜を叩いた。目をぎゅっと瞑り、嵐が去るのを待つ子ヤギのように美晴はただ動かないでいた。
気づけば健司はその場には居ず、床に落ちた本だけであった。美晴はそれを拾い、「大丈夫、まだ破れていないわ」とつぶやいた。
今日の晩御飯は健司の大好物のハンバーグ。午後七時になっても健司が二階から降りてくる気配はない。美晴はお膳に晩御飯のハンバーグと白ご飯を置き、部屋のドアの前の床に置いた。
「晩御飯置いておくね」
ドアの向こうにいる健司に知らせた。返事はなかった――。そのお膳の横に先ほどの書籍も置いておいた。一時間後、きれいに平らげた食器とお膳が健司の部屋の前に置いてあった。さっきと違うのはお膳の隣に置いていた書籍が返っていないことだった。
16
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件
石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」
隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。
紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。
「ねえ、もっと凄いことしようよ」
そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。
表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。
もしもしお時間いいですか?
ベアりんぐ
ライト文芸
日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。
2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。
※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。


極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
鬼母(おにばば)日記
歌あそべ
現代文学
ひろしの母は、ひろしのために母親らしいことは何もしなかった。
そんな駄目な母親は、やがてひろしとひろしの妻となった私を悩ます鬼母(おにばば)に(?)
鬼母(おにばば)と暮らした日々を綴った日記。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる