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クイン

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一章

作家宣言3

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 美晴が帰宅すると珍しく健司がテーブルの椅子に座っていた。

「ただいま」

 といっても健司はだんまりであった。美晴はいつものことと思い、買ってきた物を冷蔵庫にしまっていく。買い物袋の隣にある書店の袋を美晴は一瞥する。

――さてどう切り出したものか……。

 美晴は思案していると健司が口を開いた。

「あのさ……」

 両手を組み親指を回しながらまごついている息子を見て、美晴は幼い日の健司を思い出した。何か言いたい時に彼はこの行動をする。

「昨日の作品は、ほら、あれだ、舞い上がっちゃってその冷静に読むと確かに、変だなって思ったよ。それでその……また作品を書いたんだ。今度のはもっとわかりやすく書いたやつだから」

 昨日あんなに怒っていたのにもう切り替えている。一体、息子の心境に何が起きたのかわからなかった。だけどあきらめていないことが見て取れて美晴は嬉しかった。

――これ、といって紙を美晴に渡した。

「あきらめないこと、お母さんは素敵だと思うの」

と美晴は言うと、

「ふん」と鼻で健司は返事するのだった。

「そうそう、お母さん。こんな物買っちゃった」

 そういって美晴は先ほど行った書店の袋をテーブルに置いた。一瞬、健司の眉が跳ねた。

「何?」

「お母さん、健司が作家を目指すって聞いて、本屋さんに久しぶりにいったのよ。そしたら、健司の言っていたライトノベルっていうコーナーを見かけたから、思わず買ってみたの」

 美晴は袋から二冊の本を取り出した。表紙には『ライトノベルの書き方』『新人賞の取り方』の二冊を並べた。

「お母さん店員さんにあれこれ聞いて、この二つはライトノベルを書くうえでとっても参考になるって教えてもらったの」

 明るく話す美晴とは対照的に、健司はまたも顔を赤くした。

「おいババア。本屋ってあのスーパーの前の芙蓉書店のことか……」

 美晴は頷くと、同時に罵声とののしりが美晴の鼓膜を叩いた。目をぎゅっと瞑り、嵐が去るのを待つ子ヤギのように美晴はただ動かないでいた。

 気づけば健司はその場には居ず、床に落ちた本だけであった。美晴はそれを拾い、「大丈夫、まだ破れていないわ」とつぶやいた。

 今日の晩御飯は健司の大好物のハンバーグ。午後七時になっても健司が二階から降りてくる気配はない。美晴はお膳に晩御飯のハンバーグと白ご飯を置き、部屋のドアの前の床に置いた。

「晩御飯置いておくね」

 ドアの向こうにいる健司に知らせた。返事はなかった――。そのお膳の横に先ほどの書籍も置いておいた。一時間後、きれいに平らげた食器とお膳が健司の部屋の前に置いてあった。さっきと違うのはお膳の隣に置いていた書籍が返っていないことだった。
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