1,542 / 1,646
ヨルダン・クリストフ
しおりを挟むヨルダン・クリストフ・バッハ。それが少年の名前。
彼はその名に誇りを持っていた。誰もが知る音楽の父として知られる“あのバッハ”の血筋である事に。しかしそのバッハは、彼の憧れているバッハとは掛け離れた人物だった。
クリストフの家系は、レオンやジルのように音楽家の名家ではなかった。いや、嘗ては名家だったようだが、ある一件を境に徐々に衰退していったのだ。
それが世に知られるバッハが、少年時代に音楽を学んでいた先生の元で、月明かりの中書き写したという“月光写譜”のエピソード。それによりクリストフの家系に代々伝わっていたという、音楽によって”人に影響を与える“能力が奪われ、楽譜を写したバッハはその後メキメキと実力を上げていき、一躍有名な音楽家としてデビューを果たした。
初めのうちは、そのバッハを育てたとしてクリストフの先祖も注目を浴びたが、それも直ぐに風化していった。バッハの家系図は複雑で、クリストフの家系も今有名になっているクリスティアン・バッハの家系も、元を辿れば同じ血筋なのだが、その中でも音楽の才能に長けた家系ばかりではなかったのだ。
クリストフの父の代では、既にバッハの名は隠されていた。故にクリストフが生まれた時には、既に別の姓を名乗りしがない音楽家として活動していた。
そしてその活動の中には、教団での活動も含まれており、クリストフも教団へ入団させられていた。教団はクリストフの家系を助け、クリストフの家系も教団の為に尽くして来た。要は協力関係にあった。
病気で亡くなった父の手伝いをする中で、クリストフは教団の持つ資料から自らの家系の事を知る事になる。そこで初めてクリストフの中に大きな目的が出来た。
月光写譜のエピソードを知り、そこで能力が奪われた事を知った彼は、自ら計画を立て今回の騒動を引き起こしたのだ。その計画を実現に向けて動き出す段階は、彼にとって屈辱と苦痛に塗れる毎日だった。
クリストフの父に頼まれ、マティアスは彼を自分の付き人として引き取り、音楽学校に通うようになった。だが周りは音楽の才能や名家の者達ばかりで、家のないクリストフは酷いイジメと偏見の目に晒された。
本当なら自分の家系が音楽の父を生み出した有名なバッハの家系として脚光を浴びる筈だった。そんな想いを誰にも明かす事なく、只ひたすらに耐えその感情を育ての親でもあるマティアスにすら悟られる事なく過ごしていた。
心配するマティアスに学校を辞めるかと問われた事もあったが、あくまで凡人を演じ切る為にクリストフは惨めな役から降りることはしなかった。
彼への偏見は学校だけに留まらず、アルバの住人達からも向けられていた。教会に擦り寄り養ってもらっている卑しい者、そう思う人も少なくは無い。誰がやっているかは分からなかったが、彼に嫌がらせをする者もいたようだ。
だがそれでも、クリストフは憎しみや怒りを彼らに向けることはなかった。全ては計画の為、自身の家計から能力を奪い、我が物顔で音楽の父と呼ばれ音楽界隈にふんぞり変える、忌まわしき者に全てをぶつける事だけを目指して耐え忍んできた。
それでも一人で計画を実現させるのには限界があった。そこへ現れたのが、シン達もよく知る黒いコートの人物だった。だが知っているとはいえ、その存在自体を知っているだけであり、素性については彼らもクリストフも全く知らない。
復讐がメインとなっていた彼の計画に、世界の歴史自体を塗り替える事が出来る力が与えられた。急激に計画が現実味を帯び始めて来た事により、いよいよクリストフは教団を動かし、式典の準備とターゲットの呼び出しを決行へと移す。
最早彼だけの計画だけではなく、WoFの歴史に影響を与えるほどの計画となった。コレも黒いコートの人物による実験の一端だったのかも知れない。そしてその実験は、シン達の登場により新たな別の意味をも含み、クリストフによって実行されそして彼の目的の成就という形で幕を閉じる。
「漸く果たせましたよ、父上・・・。これで我々の家系は本当の歴史を取り戻し、栄光を取り戻しました。これもベルンハルト様やアンブロジウス様、アンナ様の協力のお陰です。感謝します」
彼らの前に身体を引き摺りながら移動したクリストフが、笑みを浮かべて感謝の言葉を送る。意識を奪い利用していたとはいえ、彼ら霊体の力がなければ一人でここまでやれなかった。
目的の達成に伴い、彼らを縛っていた呪縛からも解放されてそれぞれの意識を取り戻していた。言葉を発することは出来なかったようだが、クリストフに利用されていた記憶ももしかしたら残っているのかもしれない。
それでも彼らは、ボロボロの身体で感謝を述べるクリストフに慈愛に満ちたような微笑みを向けた。それがまるで、クリストフの先祖達が彼の功績を讃えてくれているようで、クリストフは消えゆく今の世界線と共に、これまで押し殺していた感情を露わにし声を出して泣き始めた。
その様子を、共に消えゆくマティアスが物陰から見ていた。彼の父親に託されたクリストフの生涯に後ろめたさも感じたが、本人が自分の力で目的を成し遂げ、満足する生涯を送れたのであれば、マティアスにとってもそれが何よりだったのではないかと思えた。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話
嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。
【あらすじ】
イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。
しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。
ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。
そんな一家はむしろ互いに愛情過多。
あてられた周りだけ食傷気味。
「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」
なんて養女は言う。
今の所、魔法を使った事ないんですけどね。
ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。
僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。
一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。
生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。
でもスローなライフは無理っぽい。
__そんなお話。
※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。
※他サイトでも掲載中。
※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。
※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。
※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる