World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,541 / 1,646

本当の正史を世界へ

しおりを挟む
「えっ・・・?」

 足に力が入らず、膝から崩れるクリストフ。その腹部には避けた筈のシンの槍が突き刺さっていた。吐血しながら腹部を貫いている槍を力無く握る。

「何故そこに・・・まさかあの一瞬で・・・?」

 背後を見ると、そこにはクリストフのすぐ後ろに立ち尽くすシンの姿があった。クリストフは前方の柱の陰に隠れていると思っていたが、それはシンが仕掛けたフェイクだった。

 柱から見えていた人影は、シンが人の形に保ちその場に残していた影にすぎず、本体はそこには既にいなかった。ならばシンはどうやって一瞬の内に、クリストフの背後に回ったのか。

 槍を投げた直後に素早く移動したとも考えられるが、人程の大きさのものが素早く移動すれば、その移動に伴い生み出される風を読まれて、攻撃自体が避けられてしまう可能性があった。

 故にシンは槍を投げ、クリストフが見ていた柱の陰に潜んでいたというところまでは確定していた。つまりクリストフがシャボン玉の能力を解除し、周囲に音の衝撃を放つまでは柱の陰に隠れていた事になる。

 しかしその後クリストフは、槍の軌道からシンが投擲した位置を割り出し視線を向けていた。人一人くらいなら隠れられるだろう柱の幅では、その直後に移動したとしてもクリストフに姿を見られていた筈。

 姿を見られる事なくクリストフの背後に回るには、シンの十八番である影の中を通るしかない。ここからはシンにとっても予想だにしなかった展開となった。

 クリストフが能力の解除によって力を解き放ち、シンの投擲を防いだことが彼に幸運を呼び寄せた。

 能力が解除された事により、シンの影を用いたスキルが解放され、影の中を移動することが可能になったのだ。そしてシンはクリストフに直接触れ、一度影をリンクさせていた。

 これにより離れた位置からでもクリストフの影に移動できるようになっていたのだ。そこでシンは、最後に柱の陰に人影を作り、クリストフを騙す為の罠を張った。

 まんまとその影をシンだと思い込んだクリストフが、既に背後に回り込んでいたシンに気が付かず、囮の方に向かったところを見送ると瞬時に影から飛び出して、別の槍で彼の腹部を貫いた。

 この時シンが何故クリストフの急所を貫かなかったのか。それは彼にクリストフを殺すという意思まではなかったからだろう。

「さぁ、早く元の世界に戻れ。そうすればお前は死なないんだろ?」

 クリストフが何らかの能力で作り出している今の世界。これは本来あったかも知れない世界線の一つなのだと言う。つまりクリストフの言うところの、彼の一族から能力を奪ったバッハが、このWoFの世界で音楽の父として伝わった世界というもの。

 その世界線を変える為にクリストフは長い間計画を練り、その生涯を賭けて準備して来たのだ。ここで死んで全てを無駄にするよりも、もう一度この世界線を捨て、現実に世界に帰り別の機会を伺うのが得策だろう。

 しかしクリストフの表情は重く、なかなか他の者達を送ったという現実世界へ戻ろうとはしなかった。

「・・・・・」

「どうした?勝負は付いた、早く戻らないとお前のその身体では・・・」

 シンがわざと急所を外したのはクリストフを殺さない為だったが、腹部に突き刺さったその傷は決して軽い傷などではなかった。このまま放置すれば死にも繋がる危険な状態になってしまう。

「もう、戻れない・・・戻る訳にはいかないんですよッ!」

 傷口の痛みに、膝で立っていることすら出来なくなり、床に自身の血液で染まった手をついて持ち堪える。

「馬鹿なことを言ってる場合か!そのままじゃ本当に死ぬぞ!?」

 彼に現実世界へ戻る意思が無いと思ったシンは、直ぐに駆け寄り手持ちの回復薬を使おうとするが、槍が刺さったまま自力で立ち上がるクリストフの、痛々しい姿でありながらも死をも覚悟した壮絶な様子に思わず足が止まる。

「勝負が付いた?じゃぁコレも、わざと外したってのか?・・・ハッ、じゃぁはなから勝負になんてなって無かったなッ!」

「何を言ってッ・・・!?」

 そこでシンは初めて礼拝堂内が、妙に静かになった事に気がつく。クリストフとの戦闘が始まった時には、確かにバッハの霊体達が月光写譜の演奏をしていた。視線をオルガンの方へ向けると、視界全体がぼやけるような光に包まれ始める。

「手を抜いたのがアンタの“敗因”だよ。俺の目的は達成された・・・もう戻る必要も無い。どの道俺はこの世界線と共に消えて無くなる。その代償に俺達の血筋が脚光を浴びるんだ・・・」

「どっどういう事だ!何が始まるッ!?」

 シンの身体は指先から徐々に光の粒子へと変わり消えていく。

「安心しなよ。まだこの世界線に残ってる連中も一緒に“あっち”へ送ってやるから・・・」

 黒いコートの人物が持ちかけて来た取引。それはクリストフとの戦いに決着を付ける事だったが、その勝敗の方法に相手を殺すという条件はなかった。故に勝負さえ付けば、クリストフも止められて世界の異変についても聞き出せるとシンは考えた。

 だがその時点で、クリストフが言うように既に勝敗はついていたのかも知れない。クリストフは初めから死ぬつもりで、世界に埋もれた本来の歴史を世界に残そうとしていた。

 シンはクリストフ・バッハに敗れたのだ。それは覚悟の違いもそうだったが、そもそもこの街、この地に積み重ねて来た思いが決定的に違っていた。黒いコートの人物も、シンとクリストフを戦わせて何かを確かめようとしていた。

 もしかしたら、このWoFの世界にやって来たぽっと出のイレギュラーが、ストーリーという既に決められたものを書き換える力があるのかを、試そうとしていたのかも知れない。

 恐らくこれまでに会って来た黒いコートの人物達と、さっき礼拝堂に現れた人物は別人なのだろう。他の場所ではシン達の存在がストーリーを変える結果を生み出している。

 それをあの人物が知っていたのなら、或いはその時点でシン達は始末されていたのかも知れない。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...