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全てが消え去るその前に
しおりを挟むそれでもクリストフの隙を作るには十分だった。静かだったところに、一斉に周囲から物音が自分を囲むようにすれば、誰でも身構えるもの。ましてそれが、互いの生存を賭けた戦いの真っ只中であれば尚の事だろう。
瓦礫の音に紛れ影から姿を現し、気配と物音を殺して低い体勢から全力のアンダースローで、黒い人物を貫いた物と同じ槍を投げ放つ。
しかし、ここまで段取りを組んで仕掛けたシンの渾身の一撃も、クリストフに命中することはなかった。
狙いは正確だった。投擲のフォームを崩した訳でもなく、シンのパフォーマンスは完璧と言っていいほど整っていた。つまり外した要因はクリストフ側にあるという事になる。
迫る槍を紙一重のところで回避するクリストフだったが、僅かに彼の衣服を破りそこから覗かせる肌からは血が流れていた。その事からも、彼自身は生身である事が窺える。
余裕な様子を見せる回避だったが、通り過ぎていった槍を見送るクリストフの額には汗が滲んでいた。彼にとっても、シンの一撃を避けられたのは奇跡に近かったようだ。
ではどうやってかれはえ、完全なる死角から放たれた投擲を避けることが出来たのか。それは彼の十八番でもある“音”だった。
そもそもシンを探そうと、音の振動を使ったソナーを使っていたクリストフ。姿の見えぬ相手に、何らかの殺気のようなものを感じたクリストフは、攻撃を仕掛けてくる事を先読みし、音のソナーを捜索から防御に切り替えていたのだ。
実際には防御としての役割は無いものの、視覚情報で得られない範囲に音の振動の範囲を絞りより長距離に、そしてより鮮明にその精度を研ぎ澄ませていた。そこに音楽によるバフ効果も加わり、瓦礫が周囲に現れる中で槍を投擲するシンの動きを察知することに成功していたのだ。
力強く動く物体の反応に、これがシンであると確信したクリストフが直様横に一歩踏み出し身体を傾けた事により、一命を取り留めた。
「何ッ・・・今のも躱すのかよッ!?」
「最も警戒すべきは、貴方のその”能力“のようだ。ならばモノトーンの世界は貴方にとって好都合なものとなるという訳か・・・。スピードやパワーでは貴方を捉えるのは難しいと見ました。策謀には策謀を・・・そして貴方の苦手そうな豊富な色彩の世界で迎え撃つとしましょう」
クリストフが行動に移る前に、シンは近くの柱の陰に身を潜めると、再び極彩色の景色に変えられる前に、自らの影の中へと飛び込んでいったシン。影が視認出来なくなるのなら、その前に影の中に飛び込んで仕舞えば、中に居る間は身を潜められる。
真っ暗な空間の中で息を潜めるシン。しかしクリストフの齎す共感覚の力は、そんなシンのスキルにも影響を及ぼした。影の中は光が失われ、目を開けていても景色を見ることは出来ない。
その代わりに、WoFの世界には空気中に漂う魔力がある。それを見ることで物の位置や生物の場所をある程度特定する事が出来るのだが、その景色にまで目に強い刺激を与える濃い色が侵蝕するように染み出してきた。
「スキルにも影響をッ!?マズイ、早くここから出ないとッ・・・!」
影の中が完全に侵されて仕舞えば、出口が分からなくなってしまう。そうなる前にまだ暗い部分を探し、影の中からの脱出を図る。
大急ぎで影の中から飛び出したのはシンだったが、今度はその瞬間をクリストフによって狙われていた。彼は意図的に影の侵蝕を図り、シンが出てくるであろう出口を特定出来るように制限していたようだ。
「お返し、ですッ!!」
「くッ・・!?」
飛び出してきたシンに、身体能力を強化する楽曲を聴きながら強烈な蹴りを放つクリストフ。辛うじて両腕で受け止めるも、その一撃は大型の獣による突進のように重く、シンの身体は宙を飛び礼拝堂の壁に吹き飛ばされてしまう。
空中で体勢を変え、何とか壁に着地出来たシンはそのままアンカーを離れた位置にある柱に撃ち出し、物陰に転がり込んだ。
「なんて馬鹿力だよッ・・・まるで獣だな」
まだ防いだ腕が痺れている。握り締める拳の感覚が妙に弱々しい。自身の負ったダメージに気を取られていると、シンが見を隠している柱の両側にキラリと光る何かが視界に入る。
それはピアノ線のように細いワイヤーのような物のようだ。それが段階的に感覚を開けて並べられているのを見て、良からぬ想像をしてしまったシンは床に寝そべるように体勢を低くする。
するとそのピアノ線は、双方がクロスするように動き出し、間にある物を鋭い斬れ味の刃で切り裂くように切断した。あのまま柱に寄り掛かっていたら、今頃シンの首は床に転がっていたかも知れない。
青ざめながらそのワイヤーが消滅するのを見ていたシンの視界に、まるでホラー映画のワンシーンのように、崩れる柱の後ろから顔を覗かせるクリストフが、獲物の生死を確認するようにやって来ていた。
「よく分かりましたね。戦い慣れていると分かるものなのですか?」
「お前の殺気が強過ぎるだけだろッ!」
シンの前に現れたクリストフに向けて、アンカーを撃ち出すようにナイフを投擲する。身体を逸らしてそれを避けたクリストフがシンに視線を戻すと、彼は反対の腕に取り付けられたガジェットで、彼から離れるようにアンカーを巻き取り、既に床を滑るように移動を始めていた。
「そろそろ逝って下さいよ。貴方が戦う理由なんて、他の誰かから聞けばいいだけじゃないですか」
「お前には分からないんだよ。奴らはそうそう交渉に応じるような者達じゃない。俺達を使って何かを企んでいるんだ。お前も利用されているに過ぎない」
「それでも構わない・・・。例え彼が悪魔だったとしても、俺はそれに縋らずにはいられなかった。もう一人の力ではどうにも出来ない事だったんだ。理解されなくても、俺はこの思いを貫きますよッ!!」
最早説得に応じるつもりは微塵も無いようだ。確かにクリストフの言うように、WoFの世界を巡ればいつかは誰かから異変について話を聞ける日が来るかも知れない。
だがそれまで彼らがシン達のような、WoFのイレギュラーを放っておくとも思えない。娯楽として楽しんだ後、用事が済んだ後に始末される事は大いに想像できる。
何かを企んでいる彼らが目的を果たす前に、少しでも真相に近づかなければ、折角紡いできた人々との繋がりも関係性も、何もかもが無意味であるように消えてしまうようで怖かったのだ。
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