1,475 / 1,646
知らぬ間に育んでいたモノ
しおりを挟む
アンブロジウスは壁や床から伸ばした糸を自身の身体や、周囲にあるシャボン玉に貼り付けその場に固定していたのだ。これだけ器用な事を出来るということは、楽譜による強化が再開されたのか。
最早アンブロジウスに月光写譜は必要ないとでもいうのか。犯人そのものではないであろうアンブロジウス。何らかの形で自我を失い使役される彼にそこまで出来る意思は、一体何処から湧いてくるのか。
「野朗ッ・・・自分であの糸を自分でッ!?」
銃弾が飛んで来た方角でミアの位置を把握したアンブロジウスが糸を解除し向きを変えると、今度はその糸をミアの方へと差し向けてきた。細く強靭な糸は距離があればあるほど肉眼では捕捉しづらい。
だがミアは既に移動を開始していた。一通りの射撃が終わったら場所を移動する。永らく培ってきたその習性にも似た行動が幸いし、手をくれになる前に回避することに成功していた。
ミアが先程までいた場所へ目を向けると、そこにはいつの間にか集まっていたシャボン玉の群れが徐々に膨れ上がり、爆発を生み出していた。彼女には見えなかったが、その場所には糸もやって来ており、周囲にある物に張り付き逃げられないように固定していた。
「危なかった・・・。あそこにいたら死んでたかもな。そういえばニノン達は?」
ミアがアンブロジウスの気を引いている間に移動したのか、それまで気を失っていたレオンと一緒にいたニノンの姿がなくなっていた。勿論そこにはレオンの持ってきていたヴァイオリンや、アンブロジウスから奪った楽譜も無くなっている。この間に既に避難したようだ。
「レオン・・・レオンッ!しっかりするんだ!目を覚まして!」
「ん・・・ぅうッ・・・」
「レオンッ!?」
ニノンの必死な呼びかけにより、何とか意識だけは取り戻したようだが、このままでは立ち上がることはおろか、演奏など到底出来ない。ニノンは自らの聖なる力にて、レオンの疲労や身体のダメージを和らげる。
「俺は・・・さっきのは・・・一体・・・」
「意識が戻ったようで何よりだ。だが休んでいる暇はないぞ、レオン君
。すまないが、身体が動くようになったら早速楽譜の演奏を頼む」
「は・・・はい、すみません。足を引っ張ってしまったようで・・・」
口を動かす暇があるなら回復に専念しろと、ニノンは余計な事を考えさせないように声を掛ける。意識がはっきりしていく中、レオンは自身に課せられた役割のことを思い出していた。
アンドレイが信じ託してくれたもの、消滅の間際に残した言葉が頭の中から離れない。演奏自体は出来ていた筈。楽譜の効果もアンブロジウスに表れていた。だがこれが本当に楽譜の効果の全てなのだろうか。
次第に指先が動くようになり始め、腕や身体にも力が入るようになる。回復を続けるニノンの前で上体を起こしたレオンは、ニノンが避難した際に一緒に持って来てくれたであろうヴァイオリンを手に取り、弦を押さえる指の感覚を確かめるように音を奏でる。
「演奏、出来そうか?」
「えぇ、“演奏するだけ”なら問題はありません・・・」
「演奏するだけ?」
ニノンは何か含みを持たせた言い方をするレオンに、その表情を曇らせる原因が何かについて尋ねる。本人もそれが何か明確に掴めている訳ではなかったが、漠然としたそのものの答えが何なのか、それが今の自分に足りないモノなのではないかと考えていた。
「彼・・・アンブロジウスにあって俺にないモノ・・・。それが足りないから楽譜の本当の力が引き出せていない・・・。そのように感じるんです」
「音楽の事は私には分からない。だから適切なアドバイスも、役にたつような助言も出来ないが、アンドレイは今の君なら自分と同じ演奏が出来ると信じて身代わりになったんだと思う」
「今の・・・俺・・・」
「アンドレイは式典や宮殿のパーティーで君の演奏を聴いている筈だろ?もしその時点で君の言う足りないモノが彼に分かっていたのなら。そしてそのままの君であったのなら、彼は君の身代わりにはならなかったんじゃないかな」
アンドレイは目的の為に狡猾に物事を判断できる人物と言うのが、ニノンの分析による彼の人物像だった。例えそれが非道な行いであっても、それを匂わせないように事を運ぶ。
そんな彼が打算的に感情に身を任せた行動を取るだろうか。身についた習性といものは、自身が意図して動かなくとも自然とその態度や行動に出てしまうもの。ニノンは自身の経験や知識から、今のレオンに掛けられる言葉を選び、少しでも彼の自信に繋がればと話をした。
ニノンの言葉が届いたのか、それまで不安や自身への苛立ちに曇っていた表情が晴れ渡り、今では少し柔らかい表情へと変わっていた。
思い返せば、この今回の一件でレオンは実にいつもの自分らしくない行動をとっていたように思える。他者に関心がなく、ただ技術を磨くばかりの音楽を奏でるだけの人形のような人生。それが音楽家達に見抜かれてしまっていたのだろう。
自分と同じく感情に乏しいと思っていたジルも、いつもとは違う表情や感情を見せてくれた。関わることのないと思っていたカルロスやクリスからは、時にはかんじょうてきになる大事さを教えてもらったレオン。
彼は彼で、この僅かな間で音楽に活かせるような大切なものを、それまで見ようともしていなかった者達との間に育んでいたのだ。
最早アンブロジウスに月光写譜は必要ないとでもいうのか。犯人そのものではないであろうアンブロジウス。何らかの形で自我を失い使役される彼にそこまで出来る意思は、一体何処から湧いてくるのか。
「野朗ッ・・・自分であの糸を自分でッ!?」
銃弾が飛んで来た方角でミアの位置を把握したアンブロジウスが糸を解除し向きを変えると、今度はその糸をミアの方へと差し向けてきた。細く強靭な糸は距離があればあるほど肉眼では捕捉しづらい。
だがミアは既に移動を開始していた。一通りの射撃が終わったら場所を移動する。永らく培ってきたその習性にも似た行動が幸いし、手をくれになる前に回避することに成功していた。
ミアが先程までいた場所へ目を向けると、そこにはいつの間にか集まっていたシャボン玉の群れが徐々に膨れ上がり、爆発を生み出していた。彼女には見えなかったが、その場所には糸もやって来ており、周囲にある物に張り付き逃げられないように固定していた。
「危なかった・・・。あそこにいたら死んでたかもな。そういえばニノン達は?」
ミアがアンブロジウスの気を引いている間に移動したのか、それまで気を失っていたレオンと一緒にいたニノンの姿がなくなっていた。勿論そこにはレオンの持ってきていたヴァイオリンや、アンブロジウスから奪った楽譜も無くなっている。この間に既に避難したようだ。
「レオン・・・レオンッ!しっかりするんだ!目を覚まして!」
「ん・・・ぅうッ・・・」
「レオンッ!?」
ニノンの必死な呼びかけにより、何とか意識だけは取り戻したようだが、このままでは立ち上がることはおろか、演奏など到底出来ない。ニノンは自らの聖なる力にて、レオンの疲労や身体のダメージを和らげる。
「俺は・・・さっきのは・・・一体・・・」
「意識が戻ったようで何よりだ。だが休んでいる暇はないぞ、レオン君
。すまないが、身体が動くようになったら早速楽譜の演奏を頼む」
「は・・・はい、すみません。足を引っ張ってしまったようで・・・」
口を動かす暇があるなら回復に専念しろと、ニノンは余計な事を考えさせないように声を掛ける。意識がはっきりしていく中、レオンは自身に課せられた役割のことを思い出していた。
アンドレイが信じ託してくれたもの、消滅の間際に残した言葉が頭の中から離れない。演奏自体は出来ていた筈。楽譜の効果もアンブロジウスに表れていた。だがこれが本当に楽譜の効果の全てなのだろうか。
次第に指先が動くようになり始め、腕や身体にも力が入るようになる。回復を続けるニノンの前で上体を起こしたレオンは、ニノンが避難した際に一緒に持って来てくれたであろうヴァイオリンを手に取り、弦を押さえる指の感覚を確かめるように音を奏でる。
「演奏、出来そうか?」
「えぇ、“演奏するだけ”なら問題はありません・・・」
「演奏するだけ?」
ニノンは何か含みを持たせた言い方をするレオンに、その表情を曇らせる原因が何かについて尋ねる。本人もそれが何か明確に掴めている訳ではなかったが、漠然としたそのものの答えが何なのか、それが今の自分に足りないモノなのではないかと考えていた。
「彼・・・アンブロジウスにあって俺にないモノ・・・。それが足りないから楽譜の本当の力が引き出せていない・・・。そのように感じるんです」
「音楽の事は私には分からない。だから適切なアドバイスも、役にたつような助言も出来ないが、アンドレイは今の君なら自分と同じ演奏が出来ると信じて身代わりになったんだと思う」
「今の・・・俺・・・」
「アンドレイは式典や宮殿のパーティーで君の演奏を聴いている筈だろ?もしその時点で君の言う足りないモノが彼に分かっていたのなら。そしてそのままの君であったのなら、彼は君の身代わりにはならなかったんじゃないかな」
アンドレイは目的の為に狡猾に物事を判断できる人物と言うのが、ニノンの分析による彼の人物像だった。例えそれが非道な行いであっても、それを匂わせないように事を運ぶ。
そんな彼が打算的に感情に身を任せた行動を取るだろうか。身についた習性といものは、自身が意図して動かなくとも自然とその態度や行動に出てしまうもの。ニノンは自身の経験や知識から、今のレオンに掛けられる言葉を選び、少しでも彼の自信に繋がればと話をした。
ニノンの言葉が届いたのか、それまで不安や自身への苛立ちに曇っていた表情が晴れ渡り、今では少し柔らかい表情へと変わっていた。
思い返せば、この今回の一件でレオンは実にいつもの自分らしくない行動をとっていたように思える。他者に関心がなく、ただ技術を磨くばかりの音楽を奏でるだけの人形のような人生。それが音楽家達に見抜かれてしまっていたのだろう。
自分と同じく感情に乏しいと思っていたジルも、いつもとは違う表情や感情を見せてくれた。関わることのないと思っていたカルロスやクリスからは、時にはかんじょうてきになる大事さを教えてもらったレオン。
彼は彼で、この僅かな間で音楽に活かせるような大切なものを、それまで見ようともしていなかった者達との間に育んでいたのだ。
0
お気に入りに追加
297
あなたにおすすめの小説
Another Of Life Game~僕のもう一つの物語~
神城弥生
ファンタジー
なろう小説サイトにて「HJ文庫2018」一次審査突破しました!!
皆様のおかげでなろうサイトで120万pv達成しました!
ありがとうございます!
VRMMOを造った山下グループの最高傑作「Another Of Life Game」。
山下哲二が、死ぬ間際に完成させたこのゲームに込めた思いとは・・・?
それでは皆様、AOLの世界をお楽しみ下さい!
毎週土曜日更新(偶に休み)
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。
視力0.01の転生重弩使い 『なんも見えんけど多分味方じゃないからヨシッ!』
ふつうのにーちゃん
ファンタジー
転生者グレイボーンは、前世でシュールな死に方をしてしまったがあまりに神に気に入られ、【重弩使い】のギフトを与えられた。
しかしその神は実のところ、人の運命を弄ぶ邪神だった。
確かに重弩使いとして破格の才能を持って生まれたが、彼は『10cm先までしかまともに見えない』という、台無しのハンデを抱えていた。
それから時が流れ、彼が15歳を迎えると、父が死病を患い、男と蒸発した母が帰ってきた。
異父兄妹のリチェルと共に。
彼はリチェルを嫌うが、結局は母の代わりに面倒を見ることになった。
ところがしばらくしたある日、リチェルが失踪してしまう。
妹に愛情を懐き始めていたグレイボーンは深い衝撃を受けた。
だが皮肉にもその衝撃がきっかけとなり、彼は前世の記憶を取り戻すことになる。
決意したグレイボーンは、父から規格外の重弩《アーバレスト》を受け継いだ。
彼はそれを抱えて、リチェルが入り込んだという魔物の領域に踏み込む。
リチェルを救い、これからは良い兄となるために。
「たぶん人じゃないヨシッッ!!」
当たれば一撃必殺。
ただし、彼の目には、それが魔物か人かはわからない。
勘で必殺の弩を放つ超危険人物にして、空気の読めないシスコン兄の誕生だった。
毎日2~3話投稿。なろうとカクヨムでも公開しています。
150年後の敵国に転生した大将軍
mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。
ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。
彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。
それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。
『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。
他サイトでも公開しています。
だって私、悪役令嬢なんですもの(笑)
みなせ
ファンタジー
転生先は、ゲーム由来の異世界。
ヒロインの意地悪な姉役だったわ。
でも、私、お約束のチートを手に入れましたの。
ヒロインの邪魔をせず、
とっとと舞台から退場……の筈だったのに……
なかなか家から離れられないし、
せっかくのチートを使いたいのに、
使う暇も無い。
これどうしたらいいのかしら?
Sランク冒険者の受付嬢
おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。
だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。
そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。
「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」
その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。
これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。
※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。
※前のやつの改訂版です
※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。
練習船で異世界に来ちゃったんだが?! ~異世界海洋探訪記~
さみぃぐらぁど
ファンタジー
航海訓練所の練習船「海鵜丸」はハワイへ向けた長期練習航海中、突然嵐に巻き込まれ、落雷を受ける。
衝撃に気を失った主人公たち当直実習生。彼らが目を覚まして目撃したものは、自分たち以外教官も実習生も居ない船、無線も電子海図も繋がらない海、そして大洋を往く見たこともない戦列艦の艦隊だった。
そして実習生たちは、自分たちがどこか地球とは違う星_異世界とでも呼ぶべき空間にやって来たことを悟る。
燃料も食料も補給の目途が立たない異世界。
果たして彼らは、自分たちの力で、船とともに現代日本の海へ帰れるのか⁈
※この作品は「カクヨム」においても投稿しています。https://kakuyomu.jp/works/16818023213965695770
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる