World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
534 / 1,646

空白の時の中で・・・

しおりを挟む
 妹と大して歳の変わらぬキングの船員達にデイヴィスは、レイチェルのことを尋ねていた。彼女も彼らと同じく奴隷として捕まり、取引されそうになっているところをキングに助けてもらったのだという。

 助けてもらうと言っても、意外な事に力技で解決したわけでは無いようだった。キングの力と組織であれば、奴隷交渉の場をそのまま抹消することも可能だっただろう。

 だが、敢えて力技に出なかったのは、今後の貿易で何かの役に立つかもしれないからだった。正規の取引では受け渡せないものでも、そのような裏のルートを使えば高額で取引することができる。

 そういったルートは幾つも確保しておくに限る。いつ潰れるかも分からぬルートだけでは、心許ない。キングの組織とは、何も綺麗な取引ばかりで大きくなった組織ではないのだから。

 彼らはキングに引き渡され、酷く絶望したそうだ。何でも、奴隷となった彼らの中に、キングの組織のことを噂で聞いた者がいたのだという。その者によれば、キングのところに引き渡された奴隷はろくな運命を辿らないと言う。

 しかし、実際にキングの元へ来てみればどうだろう。まるで道具のようにこき使われることもなく、きちんとした食事も出された。宛ら客人かのようなもてなしをされた。

 確かに雑用はさせられたが、噂に聞くような酷く辛い作業はなく、掃除や食事の準備、学問や武芸の教養など、貧しい家庭に生まれた者にとっては、元の家よりも優れた環境が用意されていたのだ。

 それでも、心が落ち着くことはない。見慣れた景色に微笑ましい団欒の光景、それらは彼らにとって二度と戻らぬ日々なのだから。だか、同じ境遇に晒された者同士で、心に空いた穴を埋めることは出来そうだった。

 それぞれ個人差はあれど、それは時間が解決してくれる。共に過ごす彼らとの思い出や、キングの語る世界の物語に触れ、徐々に前を向いて足を踏み出して行くのだ。

 ある程度の教養と、身を守る手段を身につけた彼らは、実を成した者から、キングの取引した家へと引き渡されていった。このままキングの船に乗せておく訳にもいかず、長居して仕舞えば彼らは“人に使われる“事に慣れてしまう。

 それでは何の為に救ったのか分からなくなってしまう。そして取引相手も、キングによって慎重に選ばれた相手であり、彼らの身の安全も保障されていた。

 子宝に恵まれぬ家庭へ、事情により後継がいなくなってしまった者達家庭。ただ闇雲に奴隷として引き渡すのではなく、双方の今後にとって実りのある取引をしていたのだ。

 キングが奴隷として売り飛ばすのは、他の海賊船で捕らえたどうしようもない者達や、救いようのない者達。そして子供であっても、人の道を外れたような者達へは、容赦なく商品としていた。

 レイチェルがキングの船に来た時も、彼女の瞳に輝きはなく、虚な表情で自身の運命にただ絶望しているかのようだった。時間はかかったが、漸く話せるくらいに回復した彼女からは、共に暮らしていた家族の話がよくされていた。

 兄がいるようで、よく外を駆け回り共に遊んでいたのが、記憶に残る思い出だったそうだ。その兄は隠れんぼが得意で、毎回彼女は降参を余儀なくされていた。とても面倒見のいい兄で、彼女もそんな兄のことが大好きだった。

 キングの船に引き取られた彼らは、互いにそのような立場になった経緯を語らないし聞かない。嫌な記憶という獣を、なるべく表に出さないよう、心の奥底にある牢獄に押し込んでいる。

 それはキングや、彼らの面倒を見ていたシー・ギャングの構成員からも、そのように言われていたということもあった。誰よりも彼らはそれを理解している。だからこそ、過去の辛い記憶やトラウマには敏感になり、互いに触れないようにしていた。

 レイチェルは兄のように、面倒見のいい子に成長した。後からキングが引き取って来た子供達の面倒を見ては、ここでの生活や決まりごとなどをよく教えてくれたそうだ。

 その働きは、構成員達の間でも評判がよく、キングの耳にも届く程だった。そしてある日、キングからこのまま船に残るかという提案が出された。レイチェルは記憶にある唯一の家族である兄を思い出すのだという。どこかで生きているかもしれない兄に、出来ることならもう一度会いたい。

 それが彼女の願いだった。ならばこのまま船に乗っていた方が、兄を探しやすいだろうと、キングは自身の船にレイチェルを乗せる事に決めた。

 奇しくも、兄妹揃って思いは同じだったのだ。彼らから妹のその後と、成長の過程を聞きながら、極寒の嵐のような辛い日々を過ごしていなかったのだと知り、デイヴィスの表情は優しくホッとしたようなものへと変わっていった。

 何より彼らは、傷ついたデイヴィスに対し、とても優しく丁寧に応急処置を施してくれた。その事からも、レイチェルが彼らに慕われていたことが窺える。彼女は自分が思っていた以上に立派だった。いつまでも兄の後ろをついてくるような子ではなかったのだ。

 デイヴィスは誰よりも人の痛みを知る彼らに囲まれ、妹レイチェルの過ごした日々の話を聞きながら、静かにその瞳を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無人島Lv.9999 無人島開発スキルで最強の島国を作り上げてスローライフ

桜井正宗
ファンタジー
 帝国の第三皇子・ラスティは“無能”を宣告されドヴォルザーク帝国を追放される。しかし皇子が消えた途端、帝国がなぜか不思議な力によって破滅の道へ進む。周辺国や全世界を巻き込み次々と崩壊していく。  ラスティは“謎の声”により無人島へ飛ばされ定住。これまた不思議な能力【無人島開発】で無人島のレベルをアップ。世界最強の国に変えていく。その噂が広がると世界の国々から同盟要請や援助が殺到するも、もう遅かった。ラスティは、信頼できる仲間を手に入れていたのだ。彼らと共にスローライフを送るのであった。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

自重知らずの転生貴族は、現在知識チートでどんどん商品を開発していきます!!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
無限の時空間の中、いきなり意識が覚醒した。 女神の話によれば、異世界に転生できるという。 ディルメス侯爵家の次男、シオン・ディルメスに転生してから九年が経ったある日、邸の執務室へ行くと、対立国の情報が飛び込んできた。 父であるディルメス侯爵は敵軍を迎撃するため、国境にあるロンメル砦へと出発していく。 その間に執務長が領地の資金繰りに困っていたため、シオンは女神様から授かったスキル『創造魔法陣』を用いて、骨から作った『ボーン食器』を発明する。 食器は大ヒットとなり、侯爵領全域へと広がっていった。 そして噂は王国内の貴族達から王宮にまで届き、シオンは父と一緒に王城へ向かうことに……『ボーン食器』は、シオンの予想を遥かに超えて、大事へと発展していくのだった……

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

テンプレを無視する異世界生活

ss
ファンタジー
主人公の如月 翔(きさらぎ しょう)は1度見聞きしたものを完璧に覚えるIQ200を超える大天才。 そんな彼が勇者召喚により異世界へ。 だが、翔には何のスキルもなかった。 翔は異世界で過ごしていくうちに異世界の真実を解き明かしていく。 これは、そんなスキルなしの大天才が行く異世界生活である.......... hotランキング2位にランクイン 人気ランキング3位にランクイン ファンタジーで2位にランクイン ※しばらくは0時、6時、12時、6時の4本投稿にしようと思います。 ※コメントが多すぎて処理しきれなくなった時は一時的に閉鎖する場合があります。

檻から抜け出す鑑定士 ~魔物学園で飼育される少年は、1日1個スキルを奪い神も悪魔も魔王も従えた世界総帥となる~

祝井愛出汰
ファンタジー
魔物の学校の檻の中に囚われた鑑定士アベル。 絶体絶命のピンチに陥ったアベルに芽生えたのは『スキル奪取能力』。 奪い取れるスキルは1日に1つだけ。 さて、クラスの魔物のスキルを一体「どれから」「どの順番で」奪い取っていくか。 アベルに残された期限は30日。 相手は伝説級の上位モンスターたち。 気弱な少年アベルは頭をフル回転させて生き延びるための綱渡りに挑む。

社畜だけど転移先の異世界で【ジョブ設定スキル】を駆使して世界滅亡の危機に立ち向かう ~【最強ハーレム】を築くまで、俺は止まらねぇからよぉ!~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ファンタジー
 俺は社畜だ。  ふと気が付くと見知らぬ場所に立っていた。  諸々の情報を整理するに、ここはどうやら異世界のようである。  『ジョブ設定』や『ミッション』という概念があるあたり、俺がかつてやり込んだ『ソード&マジック・クロニクル』というVRMMOに酷似したシステムを持つ異世界のようだ。  俺に初期スキルとして与えられた『ジョブ設定』は、相当に便利そうだ。  このスキルを使えば可愛い女の子たちを強化することができる。  俺だけの最強ハーレムパーティを築くことも夢ではない。  え?  ああ、『ミッション』の件?  何か『30年後の世界滅亡を回避せよ』とか書いてあるな。  まだまだ先のことだし、実感が湧かない。  ハーレム作戦のついでに、ほどほどに取り組んでいくよ。  ……むっ!?  あれは……。  馬車がゴブリンの群れに追われている。  さっそく助けてやることにしよう。  美少女が乗っている気配も感じるしな!  俺を止めようとしてもムダだぜ?  最強ハーレムを築くまで、俺は止まらねぇからよぉ!  ※主人公陣営に死者や離反者は出ません。  ※主人公の精神的挫折はありません。

処理中です...