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罪人への慈悲
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普段から冷静に物事を判断する彼にとっては、珍しい反応だ。だが一人で行かせるのは危険だ。アンスティスの様子を見たロバーツは、直ぐに彼の後を追わせる者を探した。
「マズイッ!ウォルターは曲者だ。このままでは・・・。誰かッ・・・」
そう口にしようとした時、ロバーツの腕を何かが引っ張った。その力はあまりに弱々しく、赤子に袖を掴まれたかのように慎重に扱わなければ、怪我をさせてしまいそうだった。
「ロバーツ・・・。お前が行ってくれ。誰よりも信頼しているお前が良い・・・。そしてアンスティスを止めてくれ。ウォルターのことは放っておいてやってくれ・・・」
どんな困難へも立ち向かう力強さに、用意周到に準備を整え作戦を練る叡智に満ちた彼の声が、まるで嘘のように聞こえる。爆煙に喉を焼かれた影響が出て来たのか、それまでよりもデイヴィスの容態は悪化しているように見える。
そして彼が口にした言葉に、ロバーツは驚きを隠せなかった。自分の海賊団を放棄し、妹の所在を確かめる為に各地を奔走したデイヴィス。その彼に、この世の地獄かのような光景を見せた者を見逃せと言ったのだ。
ロバーツの中には、そんな考えは毛頭もなかった。仲間達への裏切り行為や、親友にここまでの仕打ちをしたウォルターには、それ相応の対価を支払わせるつもりでいたからだ。
要するに、ウォルターとそれに追従する者達、手を貸す者達の殲滅だ。ただ殺すのでは物足りない。彼の中に芽生えた煉獄のように燃え盛る怒りの炎は、ウォルター一人の命で鎮めることは出来ない。多くの供物を欲していた。
「今、なんて言った・・・?奴を見逃せと?お前はそれでいいのか!?目的を奪われ、こんなことまでされて・・・。それでもアイツが憎くないと!?」
デイヴィスはロバーツの腕の中で、静かにゆっくりと首を横に振る。謎の言葉を残し、消えていったコートの男がくれた猶予は、仲間達にそんなことをさせる為に与えられたものではない。
海賊として様々な略奪や報復をしてきたからこそよく知っているのだ。憎しみの連鎖はより大きな悲劇を巻き起こし、悲惨な結末へと誘う悪魔の囁きなのだと。今の自身がまさにそうだと、この後に及んで漸く悟りが開けた。
「ウォルターの怒りの灯火は、俺がつけた地獄への篝火だ・・・。それを手放すことなく、こんなところまでアイツは持ってきた。ならばその火に焼かれるのは、俺でなければならない。俺だけでなければ・・・。唯一の家族を巻き込んでしまったが、奴も大事なものを犠牲にされている・・・。どちらかが折り合いをつけないと・・・」
「俺はッ・・・!俺は・・・お前の願いなら叶えてやりたいと思ってる。だが奴がしでかした事にはケジメをつけさせなければッ・・・。皆への示しにもならんぞ!」
次第にヒートアップし、熱くなるロバーツの顔に手を伸ばすデイヴィス。それを掴み、彼の訴えを聞こうとするロバーツ。本来ならその胸元を掴みあげ、殴って目を覚まさせてやりたかった。しかし、身体はもう彼の言うことを聞かない。精一杯伸ばした手も、最も容易く囚われてしまう。
「ロバーツ!もう行け!間に合わなくなるぞ!」
側で戦っていたアシュトンが、ロバーツの後ろ髪を引かれるような背中を押す。キングの船団の元へ、幾つもの船が集まってくる。それがシー・ギャングの者達のものであるのか、暗殺計画の下に集まった海賊達のものであるのかは、その中に紛れるウォルターを援護しに来たものなのかは定かではない。
だがウォルターなら、敵から奪った船をそのまま利用するくらいのことは考えそうなものだ。森に隠れるには草木を利用する。船団の中に隠れるには敵船を利用するのは常套手段だ。
「あっ・・・あぁ、デイヴィスを頼むッ!」
「ロバーツッ・・・!」
ロバーツと代わるようにデイヴィスを引き継いだアシュトンの腕の中で、枯れる声で全力の声をあげるデイヴィス。その声は、走り出そうとしたロバーツの足を止め、アシュトンに言葉を贈る機会を与えるよう訴えた。
「信頼する我が友よ・・・。約束だぞ・・・」
まるで、これで最期かのようなデイヴィスの言葉に、ロバーツの握った拳は骨が軋むほど力強く握りしめられ、友を思う清い血を流した。これ以上デイヴィスにかける言葉が見つからなかったロバーツは、振り返ることなくその場を後にし、ウォルターとアンスティスが辿った道を辿っていった。
「感謝するよ・・・アシュトン。お前が背中を押さなければ、取り返しのつかないことになるところだった・・・」
「こんなこと、聞くべきではないかもしれないが・・・。ロバーツはアンタとの約束を守ると思うか?」
「分からない・・・。嘗ての俺が逆の立場なら、決してウォルターを許すことはなかっただろうな・・・。ロバーツならどうするのか・・・。それとも結末はもう・・・決まっているのかな?」
何か引っかかるような言葉を残し、デイヴィスの表情はどこか安らかになった。ロバーツも、根っこの部分では仲間を思う気持ちは、嘗てのデイヴィスと変わらない。
そして、デイヴィス海賊団解散後もロバーツと繋がりがあったアシュトンには、ロバーツがデイヴィスとの約束をどうするのか、少しだけ分かっていたような表情を浮かべる。
「・・・そうだな・・・。アンタが望む結末へ向かうことを祈ってるよ」
そう言うとアシュトンは、彼の上半身を壁に寄り掛からせ、助けたキングの船員達に彼の面倒を任せた。ロバーツを見送り、再び戦場へ赴くアシュトン。彼らを守りつつ、政府の海賊達の猛攻を仲間達と共に刃を振るう。
「マズイッ!ウォルターは曲者だ。このままでは・・・。誰かッ・・・」
そう口にしようとした時、ロバーツの腕を何かが引っ張った。その力はあまりに弱々しく、赤子に袖を掴まれたかのように慎重に扱わなければ、怪我をさせてしまいそうだった。
「ロバーツ・・・。お前が行ってくれ。誰よりも信頼しているお前が良い・・・。そしてアンスティスを止めてくれ。ウォルターのことは放っておいてやってくれ・・・」
どんな困難へも立ち向かう力強さに、用意周到に準備を整え作戦を練る叡智に満ちた彼の声が、まるで嘘のように聞こえる。爆煙に喉を焼かれた影響が出て来たのか、それまでよりもデイヴィスの容態は悪化しているように見える。
そして彼が口にした言葉に、ロバーツは驚きを隠せなかった。自分の海賊団を放棄し、妹の所在を確かめる為に各地を奔走したデイヴィス。その彼に、この世の地獄かのような光景を見せた者を見逃せと言ったのだ。
ロバーツの中には、そんな考えは毛頭もなかった。仲間達への裏切り行為や、親友にここまでの仕打ちをしたウォルターには、それ相応の対価を支払わせるつもりでいたからだ。
要するに、ウォルターとそれに追従する者達、手を貸す者達の殲滅だ。ただ殺すのでは物足りない。彼の中に芽生えた煉獄のように燃え盛る怒りの炎は、ウォルター一人の命で鎮めることは出来ない。多くの供物を欲していた。
「今、なんて言った・・・?奴を見逃せと?お前はそれでいいのか!?目的を奪われ、こんなことまでされて・・・。それでもアイツが憎くないと!?」
デイヴィスはロバーツの腕の中で、静かにゆっくりと首を横に振る。謎の言葉を残し、消えていったコートの男がくれた猶予は、仲間達にそんなことをさせる為に与えられたものではない。
海賊として様々な略奪や報復をしてきたからこそよく知っているのだ。憎しみの連鎖はより大きな悲劇を巻き起こし、悲惨な結末へと誘う悪魔の囁きなのだと。今の自身がまさにそうだと、この後に及んで漸く悟りが開けた。
「ウォルターの怒りの灯火は、俺がつけた地獄への篝火だ・・・。それを手放すことなく、こんなところまでアイツは持ってきた。ならばその火に焼かれるのは、俺でなければならない。俺だけでなければ・・・。唯一の家族を巻き込んでしまったが、奴も大事なものを犠牲にされている・・・。どちらかが折り合いをつけないと・・・」
「俺はッ・・・!俺は・・・お前の願いなら叶えてやりたいと思ってる。だが奴がしでかした事にはケジメをつけさせなければッ・・・。皆への示しにもならんぞ!」
次第にヒートアップし、熱くなるロバーツの顔に手を伸ばすデイヴィス。それを掴み、彼の訴えを聞こうとするロバーツ。本来ならその胸元を掴みあげ、殴って目を覚まさせてやりたかった。しかし、身体はもう彼の言うことを聞かない。精一杯伸ばした手も、最も容易く囚われてしまう。
「ロバーツ!もう行け!間に合わなくなるぞ!」
側で戦っていたアシュトンが、ロバーツの後ろ髪を引かれるような背中を押す。キングの船団の元へ、幾つもの船が集まってくる。それがシー・ギャングの者達のものであるのか、暗殺計画の下に集まった海賊達のものであるのかは、その中に紛れるウォルターを援護しに来たものなのかは定かではない。
だがウォルターなら、敵から奪った船をそのまま利用するくらいのことは考えそうなものだ。森に隠れるには草木を利用する。船団の中に隠れるには敵船を利用するのは常套手段だ。
「あっ・・・あぁ、デイヴィスを頼むッ!」
「ロバーツッ・・・!」
ロバーツと代わるようにデイヴィスを引き継いだアシュトンの腕の中で、枯れる声で全力の声をあげるデイヴィス。その声は、走り出そうとしたロバーツの足を止め、アシュトンに言葉を贈る機会を与えるよう訴えた。
「信頼する我が友よ・・・。約束だぞ・・・」
まるで、これで最期かのようなデイヴィスの言葉に、ロバーツの握った拳は骨が軋むほど力強く握りしめられ、友を思う清い血を流した。これ以上デイヴィスにかける言葉が見つからなかったロバーツは、振り返ることなくその場を後にし、ウォルターとアンスティスが辿った道を辿っていった。
「感謝するよ・・・アシュトン。お前が背中を押さなければ、取り返しのつかないことになるところだった・・・」
「こんなこと、聞くべきではないかもしれないが・・・。ロバーツはアンタとの約束を守ると思うか?」
「分からない・・・。嘗ての俺が逆の立場なら、決してウォルターを許すことはなかっただろうな・・・。ロバーツならどうするのか・・・。それとも結末はもう・・・決まっているのかな?」
何か引っかかるような言葉を残し、デイヴィスの表情はどこか安らかになった。ロバーツも、根っこの部分では仲間を思う気持ちは、嘗てのデイヴィスと変わらない。
そして、デイヴィス海賊団解散後もロバーツと繋がりがあったアシュトンには、ロバーツがデイヴィスとの約束をどうするのか、少しだけ分かっていたような表情を浮かべる。
「・・・そうだな・・・。アンタが望む結末へ向かうことを祈ってるよ」
そう言うとアシュトンは、彼の上半身を壁に寄り掛からせ、助けたキングの船員達に彼の面倒を任せた。ロバーツを見送り、再び戦場へ赴くアシュトン。彼らを守りつつ、政府の海賊達の猛攻を仲間達と共に刃を振るう。
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